第6話 奇跡の価値は。
『……さて、改めて今日の仕事っスけど―――さっきも言ったように、とある人の命を救ってもらうっス』
「はいはい、でも詳しいことは言えないんでしょ?」
『そっスね。けど、現場に到着したらその人が死にそうになってるみたいなので、それを助けて今後も死なないようにして欲しい、という依頼になってまス』
「……今後も?……ああ、なるほど、そうね、そういうことね」
その言葉で全てを察したミミィ。
誰かに命を狙われているとかだと、そもそも神託の範疇じゃないし、言葉だけで救えるものではない可能性が高い。。
つまりこれは――――自分で命を投げ出そうとしている人間の命を救い、今後もそんな事をせずに生き続けるように説得しろ、という話なのだ。
「……めちゃめちゃ面倒じゃないのよ……」
『ええ、ですから、ミミィさんに頼むんス』
「……そうね、それは納得だわ」
レリアの方に視線を向けると、ベッドの上でスマホを見ながら早くもウトウトしていた。
あの子はたまに鋭い言葉を放つこともあるけれど、基本的には口下手で、しかも人見知りだ。 そりゃこの仕事は私よね……なにより、出来る出来ないじゃなく、やらせたい仕事じゃない。
ミミィは深くため息を吐くと、気合を入れなおし、ドアの前へと歩を進める。
以前と同じように手を動かすと、ドアが光を放ち準備完了だ。
「―――じゃ、行きますか…!」
ふんっ!と鼻息荒くドアを開けると――――海のはるか上空だった。
足元の雲に乗れそうな気がしたが、そんな訳が無いので当然落ちる。
「―――またなの!?」
奇跡を使い浮遊し、周囲を見回す。
片側は一面海、反対側は人気のない海岸。
砂浜だけではなく、高い崖や崩れかけた木造の海の家、二階以上の建物がほぼ存在しない緑の多い風景が周囲を囲んでいる。
「……どこなのよここ……どっか田舎の海岸っぽいけど……」
光るドアはある程度の時間と場所を自由に行き来することが出来る。
余りに便利なので普段使いさせてくれとミミィは再三にわたって懇願しているが、仕事を受けた時に指定の場所と時間に行く用途でしか使わせてもらえない日々が続いている。
まあ、いくらでも悪用できそうなので当然の仕様であるとも言える。
部下に対する信用が無い!と憤ったこともあったが、レリアに「でも絶対悪用するよねー?」と言われて否定できなかったので、その話はそこで終わったのだった。
「……んで、誰を救えって?こんなところに人なんて――――」
改めてしっかり周囲を見ると――――人が居た。
「――――は?」
今まさに崖から落下している人が――――
「ちょっ……!!!」
おそらく一秒と経たずに海面に落下して命を落とすであろうその状況に、慌てて奇跡を使う。
「瞬間移動!!」
落下する人間の真下に入り、何とかキャッチ……しようとしたが、重力によって加速した人間の重さを支えられない……!
「肉体強化!!」
本日3回目の奇跡で何とか抱きとめることには成功したが、既に海面が目前に迫っていて、上昇までは間に合わない!
「あーもう!!物質変化!!」
海面に到達するとほぼ同時に、周囲の海の水を柔らかいクッションのような物質に変化させることにより、なんとか受け止めるのに成功した。
ウォーターベッドのような冷たくて柔らかくなった海にぷかぷか浮かびながら、受け止めた人間を確認する。
気を失っているのか、目を閉じたままだが、しっかり呼吸しているのは確認できた。
20代後半くらいの、黒髪セミロングの女性。かなり整った顔をしている。
「あら美人……先月から繰り越してた分の奇跡ポイントほぼ使い切っちゃったけど……まあ、命を助けられたから良しとするしかないわね……」
奇跡ポイントが携帯のパケットみたいな仕組みになっているのは、そういう時代だからとしか言いようがない。
人間たちの生み出した便利で好評な仕組みは、天界だって使いたくなるというものだ。
「あー……久々に体力使ったら凄い疲れたんだけど……このままって訳にもいかないわよねぇ……寒いし」
クッションのようになっているとはいえ水は水、そして今いるこの時間はどうやら夕方のようで水が冷たく感じる。
「季節もいつなのよこれ……木々は緑だから春かしらね……?」
気怠そうに女性を抱いたまま飛び上がり、安全な場所を探す。
目に入ったのは、海の家。
崩れかけてはいるが家としての形は保たれているし、なにより床と壁と屋根がある。
これから入り組んだ会話を……神託を告げて命を大切にと説得するには丁度いいだろう。
外だと誰に見られるかもわからないし。
見られないように姿を消す事も出来るが、もう奇跡ポイント使いたくない、というのが正直なところだったりするミミィさんです。
「おじゃましまーす……」
一応声をかけるが、当然のように誰もいない。
中に入るとボロボロのソファが放置してあったので、それを奇跡で少し綺麗にしてそこに女性を寝かせる。
ソファを綺麗にするくらいなら奇跡ポイントの消費は少ない。これが1だとしたら、姿を消すのは100、というくらいに違う。
それでも、ピカピカの新品にはせずに、とりあえず汚れをとって寝かせられるくらいにしかしなかったのは、ミミィの貧乏性故である。
今しか使わないのにピカピカにすることもないだろ!という話である。
「よし、とりあえず……スマホでも見ながら目を覚ますのを待つかぁ」
無理やり叩き起こすのは、なんとなく女神っぽく無いもんね!と心の中で言い訳しているが、実際は仕事中なのにダラダラとスマホ見る、という背徳的行為にワクワクしているのだった……。
「―――はっ、ここは…どこ!?……えっ!?!?!?!?!?」
目を覚ました女性が周囲を見回すと……羽の生えた女神っぽい人が空中に浮かんだまま寝転んでスマホを見ているのが目に入った。
あまりにも意味の分からない光景に口をパクパクさせていると、女性が目を覚ましたことに気づいたミミィが一瞬「やべっ…」という顔をしたが、何事も無かったかのようにゆっくりとスマホを服のポケットへとしまい、空中で横から縦になり、ゆっくりと手を広げた。
「―――目が覚めましたか、人間よ……」
「……いやいやいや無理無理無理!!神々しい感じ出そうとしても無理ですって!!!」
意外と女性はツッコミ気質だったらしい。
「無理が通れば道理が引っ込む。人間の言葉です。そして私は女神……道理の外にいる存在だから無理が通るのです」
「……そうなのかな……なんか、わかんないけどなんか違う気がする!」
「言いくるめられなさい」
「そんな事言われて素直に言いくるめられる人いないよ!?」
ここで上手く言いくるめられたら、そのまま「死ぬな」と行けるんじゃないかと甘い見通しを持っていたミミィは大きくため息を吐いた。
「じゃあそれはいいです」
「いいんだ……ってか、あなた……なに?さっきなんて言ってた?女神?」
「はい、女神です。どこからどう見ても、女神でしょう?」
ミミィは両手を広げ、可能な限り優雅に空中で一回転しつつ、必要以上に羽をアピールする。
「まあ……そう、ですね。浮いてるし、美しいし、羽生えてますし……女神ですね」
「いやぁ、それほどでも」
他はともかく「美しい」は素直にうれしくなってしまうミミィさんです。
「でも、なんで女神様がここに……というか、わたしはどうしてこんなところに――――」
そこまで言葉を紡いだ瞬間、不意に女性の動きが止まった。
先ほどまではまだ寝起きでうつろだった瞳が大きく見開かれていき、記憶が蘇る。
「――――女神様……どうしてわたしを助けたんですか……?」
さあ、ここからが本当の仕事の始まりだ。
ミミィは心の中で深呼吸して、気合を入れなおした――――
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