第44話:イリスの告白・前編
「……暗黒王国は、あんたたちが想像するよりずっと荒れてるわよ」
夜の野営地。
少し冷え込んできた空気の中でイリスが静かに口を開いた。
見つけた空き地で焚き火を囲み、疲れを癒やしている最中だった。
「そんなにヤバい状況なのか?」
俺が尋ねると、イリスは小さく鼻を鳴らす。
「魔王が政治を放棄して消えたあと、国内の派閥争いが激しくなったのよ。
強い力を持つ者が次々と頭角を現して、自分こそが正当な支配者だって争いを繰り返しているの」
モモが真剣な面持ちでうなずく。
「そういえば、聖都の歴史書に少しだけ暗黒王国の内紛が記されてました。
『魔王失踪後、王国には混迷の時代が訪れた』って……」
イリスはまるで遠い記憶に目を向けるように、一度息をついてから続ける。
「私が生まれたときには、すでに混乱は形だけ落ち着いてはいたの。
でも、次期魔王を名乗る人間や団体がいっぱいあって……
私の生まれた家も、そんな組織の一つだった」
俺は火をかきながら静かに耳を傾ける。
イリスの表情にはいつになく悲壮感が漂っているように見えた。
「それって、どんな組織だったんだ?」
「“魔王の血”を重んじる連中よ。わかりやすく言えば『魔王の血を手に入れた者が本当の支配者になる』って考え方ね。それで子供たちや孤児を集めて、魔王の血に近い奴を探したり育てたりしてたのよ」
モモがほんの少しだけ息を詰める。
イリスがそこまで詳しく話すのは珍しい。
「イリス、もしかして……」
「そう。私もその“候補”のひとりだった。魔力が強いのはそのせいかもしれないわね」
弱々しい笑みを浮かべながら、イリスが火の光に照らされる。
じいちゃんは押し黙っていたが、そっと言葉を探すように声をかける。
「その組織はお主に優しかったのか? それとも……」
イリスは少しだけ俯いて、唇を噛む。
「優しさ、ね。少なくとも、私は『使えなかったら捨てる』そんな風に思われてたんじゃないかと思うわ。……失敗したら厳しい罰を受けるし、成功すれば多少なりとも評価を得られる、そんな世界」
確かに暗黒王国の内情は厳しいと聞いていたが、思った以上に過酷そうだ。
「……だから、あんたたちと出会ったときも、最初はどう扱えばいいかわからなかったのよ。私はただ、『魔王の血を探す任務』を遂行するしかないって思ってた」
モモが一瞬言葉を失う。
そこまでの背景があったからこそ、イリスはあんなにツンケンしていたのだろうか。
「……でも今は、少し違うんじゃないですか?
イリスさんは私たちと一緒にいてくれるし、戦ってくれているし……」
「フン、そうかもね」
イリスは顔をそむけながらも、嫌な顔はしていない。
その横顔はどこか寂しげで、けれど安心感も混じっているように見えた。
「ただ、暗黒王国に行くのは覚悟しておいたほうがいいわ。私みたいな過去を背負ってる人間は山ほどいるし、“魔王の血”を求める危険な連中も普通にいるから。レイの父親が魔王だったとしても……あんたがチヤホヤされることはないわ」
その言葉に俺は少しだけ胸が痛んだ。
「それでも行くしかない。
俺は父さんと母さんの正体を確かめたいし、いつか地球に帰るためにも……」
話の途中、夜の闇が一段と濃くなっていく。
イリスが語る暗黒王国の真実。
彼女がまだ話し足りないことがあるらしく、その瞳には消えない影が宿っている。
(イリスは一体どんな体験をしたんだ?
“使えなければ捨てる”なんて最悪じゃないか……)
まだ話は全部聞けてないけど、これ以上は本人に負担をかけるだろう。
けれど、イリスがもう少し続けようとする気配を見せる。
この夜は、まだ終わりそうにない――。
「ううん、もう少しだけ話しておきたいの……。
あんたたちに秘密にしておくのも気が重いし」
イリスの小さな声に耳を傾ける。
モモやじいちゃんも神妙な面持ちだ。
――こうしてイリスの過去が少しずつ明かされていく前編が、今まさに幕を開けようとしていた。
何が出てきても受け止めたい。
仲間がいれば、きっと乗り越えられるだろう――と、俺は心の中で強く思った。
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