第42話:野営
聖都を出てしばらく歩き続け、日はすっかり昇っていた。
人里を離れた途端、辺りは静かな山道へと変わり、自然の息吹を感じる。
とはいえ、まだ気を抜けない。
魔物や追っ手にいつ襲われるかもわからないし、道に迷う危険だってある。
「ここいらで少し休憩しよう。野営できる場所を探さねばのう」
ハルがゆったりとした口調で言う。
「じゃあ、俺がちょっと周囲を見てくるよ。イリスとモモはどうする?」
イリスはどこか不満そうだが
「仕方ないわね。あんたが怪我しないように援護してあげるわよ」と言ってくれた。
モモは笑顔で「私も手伝います!」とやる気満々だ。
少し山道を踏み分けたところに、ちょうどいい崖下のスペースを発見し、そこを野営地とすることに決まった。
荷物を降ろして簡単なテントを立て、火を起こす。
まだ昼には早いけど、疲労がたまる前に休むに越したことはない。
「……あれ? なんか足音が近づいてくるような」
モモが片手に剣を握り、さっと構えた。
その動きがあまりにも自然で無駄がない。まさに“勇者”という感じだ。
すると、木々の間から現れたのはイノシシのような魔物――グラムボアだ。
体長は二メートル以上あり、牙をむき出しにこちらへ突進してくる。
「うわっ、本当に出たよ、魔物か……!」
「私がやります!」
モモが一歩前へ踏み出すと、鋭い振りで魔物の牙を受け流し、すかさず側面に回り込む。
剣の一撃がグラムボアの分厚い皮膚を斬り裂き、そのまま大きな悲鳴とともに倒れ込んだ。
「すごっ……一撃で仕留めたのか?」
俺は思わず唖然としてしまう。
その速度と的確さは、昨夜の騎士相手の動きともまた違うレベルだ。
「いやあ、レイさんやイリスさんに迷惑かけないようにって思ったら、うまくいきました!」
はにかむモモに拍手を送りたい気分だが、しっかり見張りも続けなくちゃいけない。
「モモ、ありがとう。こんな魔物相手に見事だよ。
……あ、イリス、そっちの茂みからも何か来てる!」
イリスが漆黒の魔力を集中させ、闇弾を撃ち放つ。
飛び出してきた二匹目のグラムボアを一瞬で蹴散らした。
「フン、こんな雑魚はお呼びじゃないわね。そっちはもう片付いた?」
「うん、大丈夫そう!」
ハルは手を打って「よし、いい連携だったのう」と微笑んだ。
「モモがこれだけやれるなら、わしも安心じゃ。
レイ、お前ももっと頑張らんと置いていかれるかもしれんぞ」
「うっ……そうだな。モモに負けないようにしなきゃ……」
その後、魔物の気配が消えたのを確認して、ようやく腰を落ち着ける。
小さな焚き火を囲み、乾いたパンと水を口にしながら、これからの行動を相談する。
「暗黒王国を目指すには、山道と荒野を越える必要がある。場所によっては強い魔物が出るらしいのう。イリス、お主が道を知ってるんじゃろ?」
「昔、少し通ったことはあるわ。けど国境付近は荒れ果ててるし、危険地帯よ。
ま、そのくらいしか情報はないわね」
ハルが小さくうなずくと、俺は右腕の紋様を見つめた。
「危険だとしても、そこに父さんの秘密があるなら行くしかない。
……モモ、今後もっと大変になるかもしれないけど、いいのか?」
モモはまっすぐな瞳で答える。
「はい! 私、まだ修行中の身ですけど、どんな場所だってついて行きます。
レイさんと一緒なら、必ず乗り越えられます!」
その言葉に思わず胸が熱くなる。
イリスも少し呆れたように鼻を鳴らすが、嫌な顔はしない。
「ま、あんたたちがやる気なら付き合ってあげるわ。どうせ放っておけないし」
焚き火がパチパチと音を立てる中、強い思いが宿っていくのを感じる。
(モモの才能は本当に高い。俺もこの右腕の力を制御して追いつかなきゃ。
両親の謎を解明するため、大司教の企みを止めるためにもっと強くなるんだ!)
「よし、明日はもう少し奥へ進んでみよう。ただ、暗黒王国にはまた面倒な連中がいるかもしれないな……」
「それでも進まなきゃ意味がない。わしも全力で手伝うぞ」
ハルの頼もしさに、イリスも「私だってお荷物になる気はないわよ」とうなずく。
こうして夜が近づく山道の野営地で、俺たちは次の行程への決意を固めた。
危険ばかりだろうけど、もう後戻りできない。
父さんと母さんの正体や、この右腕の謎を知るために。
――明日に備えて静かに目を閉じる。
しかし、その夜更け、森の奥から不穏な唸り声が微かに響いてくることに、まだ誰も気づいていなかった。
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