第40話:次なる道へ
「ふう、ここなら少しは落ち着けるかな……」
夜明け前の聖都を必死に駆け抜けた俺、黒辻レイは、路地裏にある小さな廃屋へ仲間たちを誘導し、一息ついた。
戦いの疲労が全身に重くのしかかるが、今は何よりも安全確保が最優先だ。
「よかった……ハルさん、イリスさん、レイさんも、みんな無事で……」
そう言って顔を上げたのは、勇者家系の少女・モモ。
昨夜、聖都での混乱を知って駆けつけてくれた。
「モモもここまで無事でよかった。
あの大司教に目をつけられたかもしれないけど、合流できて本当に助かったよ」
廃屋の床に腰を下ろしているじいちゃんは少し苦しそうにしながらも、申し訳なさそうに視線を落とす。
「すまんのう、レイ……おまえたちに迷惑をかけた。
わしが捕まらなければ、こんな騒ぎにはならんかったかもしれん」
「そんなことないって、じいちゃん。みんなで助け合ったからこそ生き延びられたんだ。気にしないでよ」
イリスは腕を組んだまま、廃屋の外を警戒するように見渡す。
「そうよ。今さら誰が悪いなんて言ってる余裕はないわ。
あの大司教、まだしつこく追いかけてくるかもしれないし」
俺たちが息を整えていると、ふとモモが真剣な表情で口を開いた。
「ところで、レイさんの右腕……その紋様、普通の勇者の力と違うみたいですよね? 私も少し調べてみましたけど、あんな紋章は見たことないんです」
思わず右腕を見下ろす。
さっきまで戦っていたときの熱は少し和らいだけど、まだじんわりと疼く感じがある。
「じいちゃんも言ってたけど、どうやらこれは“勇者の力”じゃないらしい。
正体はわからないけど……」
すると、じいちゃんは渋い顔でうなずく。
「そうじゃな。わしが知る限り、勇者の力なら紋章の形が違う。
もしかすると“魔王の血”が大きく関係しとるのかもしれん」
その言葉に、イリスが敏感に反応する。
「やっぱり魔王の血……。もし父親が魔王なら、レイには相当な力が眠ってるってことよね。暗黒王国でも、魔王の血は特別扱いされてたし」
「俺もまだ信じられないけど、父さんが魔王なら、この紋様が闇の力を帯びてても不思議じゃないんだろうな……」
ハル――じいちゃんは少し考え込むように目を伏せながら言葉を続ける。
「力そのものが善悪を決めるわけじゃないが、その力をどう使うかが重要じゃ。わしにもすべてはわからんが、レイ……おまえが父母の正体を知るとき、きっとこの紋様の真意にもたどり着くだろう」
イリスは小さくため息をつきながら、窓の外をうかがう。
「ふん、それまでおとなしくしていてくれる相手ばかりじゃないってことよね。ここを出るなら急いだほうがいいわ」
そうこうしているうちに、モモが思い出したように言葉を継いだ。
「レイさんの紋様が勇者の力と違うなら、私には勇者の力の可能性があるんでしょうか……。まだまだ訓練不足ですけど、皆さんを支えたいんです」
「モモこそ本当に勇者家系の生まれだし、あの大司教に対抗するには欠かせないかもしれないな。俺はこの紋様を制御するのが精一杯だけど、モモならもっとすごい力を引き出せるはずだよ!」
モモは少し戸惑いながらも、決意を込めた瞳で答える。
「わ、私……頑張ります!
レイさんたちと一緒に、どんな困難でも乗り越えてみせます!」
そのやり取りを見て、イリスがわずかに口元をほころばせる。
「ええ、とにかく今はここを出るのが先決。
あの大司教を相手にするなら、もっと大きな力と情報が必要なんだから」
それに対して俺もうなずき、じいちゃんの容態を気遣う。
「じいちゃん、体はもう大丈夫? 無理して倒れられたら困るよ」
「わしは何ともない。昔から頑丈だけが取り柄でな。それより、おまえこそ気をつけるんじゃぞ。紋様の暴走は防げても、まだ油断はできんからな」
朝日が差し込み始める廃屋の中。
空はうっすら明るんできていて、いつ追っ手がきても不思議じゃない状況だ。
「よし、みんな。荷物をまとめて出発しよう。
こんなところでじっとしてても状況は変わらないし、一度ここを離れよう」
イリスも窓越しに外を確認し、「いけそうね」と短く言う。
モモは両手で荷袋を抱えて、「私、先に出て周りを見てきますね!」と頼もしく微笑んだ。
俺は右腕をさすりながら、ぎゅっと拳を握りしめる。
(いつか必ず、この腕の謎を解いてみせる。モモが真の勇者として覚醒すれば、俺の魔王の血との違いもはっきりするはず――)
そう心に誓い、俺たちは廃屋の扉を慎重に開け、早朝の聖都の路地へ足を踏み出した。
夜明け前の闇は晴れつつある。
だが俺たちの旅は、これからが本番。
魔王と聖女の謎、紋様の正体、大司教の計画――
すべてを解明するまで、俺は立ち止まらないと決めたのだ。
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