第33話 過去話・御法川三度 前

「全力で小学生の頃の遊びがやりたい」


 御法川みのりかわさんは唐突にそう言った。


 いつもの公園のいつものベンチで、なんだか黄昏たような顔をして座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。


 僕はいい加減、彼女が何の前触れもなく話を切り出してくるたぐいの人間だということを理解していた。ゆえにそのことに関してはもうつっこむことをしない。


「やればいいんじゃないんですかね」


 投げやりにそう答えると、御法川さんは身を乗り出すようにして、


「そうか! 協力してくれるか! うんうん。君ならそう言ってくれると思ってたよ」


 そう言って、僕の肩を馴れ馴れしく、ぽん、と叩いてくる。


 どうやら、投げやりな発言が良いように取られて、いつの間にか頭数に数えられているらしい。


 今更拒否するのも面倒で、一応尋ねてみる。


「……それで、何やるんですか?」


 小学生の頃の遊びといってもいろいろあった。


 二人で遊べるものだけでも、消しゴム飛ばしとか、ゆびすまとか、名称不明の「指で五を作って消していくゲーム」とか。


 御法川さんは不意に胸の前で両手を二回叩き、指を組む動作を繰り返した。


「これやろうこれ」


 僕は首をかしげる。彼女の動作が何を意味しているのか、さっぱり理解できなかったからだ。


「これって言われても……なんですか、それ。独自開発の遊びかなにかですか」


 本気で何をしたいのかわからず尋ねてみたのだが、御法川さんは大げさなくらいに身を逸らして驚く。


「ええ、知らないのかい!? 小学生の頃クラスで流行っていただろう!?」


 そう言って、信じられないものを見るような目で見てくる。


 そう言われても、知らないものは知らない。


 いまどきメンコやベーゴマで遊ぶような子どもはいないわけで。地方のローカルな遊びも加わってくるとなると知らない遊びがあるのは別段不思議な話ではない。


 しかし、御法川さんは心底信じられない顔でしきりに首をひねり、


「はー、これがジェネレーションギャップってやつなのかねえ。いまどきの若い子って……」


 などと、ぶつぶつ呟いている。どうやら、彼女の世代では広く知られた遊びらしい。


 このままでは話が進まないと思い、尋ねた。


「それで、どんなルールの遊びなんですかそれ」


 おそらくは手遊びの一種なのだろうとは思う。手を二回叩いていたことからリズムを取って遊ぶゲームなのだろうとも推測できる。しかし、わかることと言えばそのくらいだった。


 御法川さんは偉そうに答える。


「仕方ない。お姉さんが懇切丁寧に教えてあげようじゃないか」


 小学生の遊びで偉そうにすることでもないだろうに。


 とはいえ、いちいち突っかかる必要もないので、僕は大人しく教わる姿勢を取った


 御法川さんは、もう一度先ほどの二回手を叩いて両手を組む動作を僕に示す。


「『寿司じゃんけん』とか『CCレモン』とか、呼び名はいろいろあるんだが。まあ言うなれば変則じゃんけんみたいなものでね。基本の手は――」


 指を組む動作、胸元に腕を当ててクロスする動作、某かめはめ波のように両手を突き出す動作の三つを作る御法川さん。


「『溜め』、『バリア』、『攻撃』。この三つ。これを手拍子二回のリズムを取りながら手を出して勝敗を決する遊びというわけさ」


「……名前からすると、相手が溜めの手を出したときに攻撃をすれば勝ち、ということですか?」


「その通り。そして、攻撃には一回の溜めが必要。かといって溜めは攻撃から無防備になる。バリアは攻撃を防げるが、いつまでも守ってばかりでは攻めに転じられない。そこに駆け引きが生まれるわけだな」


「なるほど……」


 一見したところよくできたゲームのように思えた。しかし、すぐにひとつの欠陥に気付く。


 僕はそのことを指摘した。


「でも、このゲーム、バリアが有利すぎませんか? じゃんけんと違ってお互いその気がなかったら永遠に決着がつかないですよね」


 じゃんけんの良いところは、いつかは決着がつくところだった。しかし、このゲームの場合、バリアを破る手段をお互いが持ち合わせていないために、バリアを出し続ければ勝てもしないが負けもしないという状況に陥ってしまう。


 サッカーのPKや将棋の千日手や持将棋の際のやり直しなど、ゲームというのは引き分けにならないようなルールが用意されているものだ。その点で言えば、このゲームは欠陥を抱えていると言えた。


 僕の疑問に、御法川さんは良い質問を受けた教授のような顔でニンマリと笑みを浮かべながら答えた。


「なかなか鋭いね。確かに君の言うとおりだ。しかし、そこはぬかりなく、四つ目の手が解決してくれる」


「四つ目の手?」


 聞き返すと、御法川さんは左手を皿に、右手をピストルの形にして構えた。ガンマンスタイルである。


「これが四つ目の『強攻撃』。三回溜めてようやく使用が解禁される。強攻撃は相手が強攻撃で相殺してこない限り、必ず勝利できる強力な手だ」


「……案外考えられてるんですね」


 確かに強攻撃があれば、バリアを続けているだけでは負けが確定してしまう。ゆえに積極的に攻めて行く必要が生まれる。


「小学生の間で長年研鑽を積んで来た遊びだからね」


 なぜか得意げな御法川さん。


 そして、細かな勝負方式が決まった。


「勝負は三回。最初からいろいろ条件足すと君に悪いから、一回ごとに新しい『手』を追加する。そして、これが肝心なんだが、お互い全力で取り組むためにも――」


 御法川さんは、悪そうな顔で口角を上げて言った。


「勝った方には、負けた方に質問する権利を与える、そういうことにしようじゃないか!」


 なんだかノリノリの御法川さんに、僕は言った。


「賭けみたいなのは、あんまり気が進まないんですけど……」


 すると、御法川さんはパン、と手を合わせて恥も外聞もなく頭を下げてきた。


「そこをなんとか! 頼む! 大人になると誰も全力で遊んでくれなくなるんだよぉ!」


 そりゃそうでしょいい大人なんだから、とそう思う僕の肩を彼女はがくがく揺さぶってくる。


 最終的に、僕は折れ、この賭けありのゲームに挑むことになった。


 流されたという面もあったが、何の悩みもなかった小学生の頃に戻りたい、という気持ちに共感したところもあったのかもしれない。

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