第31話 名言メーカー御法川

「名言とは、砂糖菓子のようなものだ」


 御法川みのりかわさんは唐突にそう言った。


 いつもの公園のいつものベンチで、『偉人の名言100選』なるものを読みながら座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。


 御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、同じ言葉でも誰が言ったかで印象が変わることぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。


「えーと、誰の言葉なんですかそれ?」


 手に持っている本からの引用だろうと思って、僕は尋ねる。


 しかし、御法川さんは小さく首を振り、ぱたんと本を閉じてポーチにしまった。


 そして、自分の胸元を親指でトントンと叩き、


「メイド・バイ・御法川さ」


 まさかの自作宣言だった。さっきまで読んでいた『偉人の名言』はなんだったのか。


 僕は多少戸惑いながら、


「どういう意味なんですそれ。摂りすぎると身体に悪い、みたいな?」


 と尋ねてみる。


 すると、御法川さんはこちらをビシッと指差して答えた。


「いいね、それ採用」


「え」


 御法川さんは朗々と読み上げる。


「『名言とは、砂糖菓子のようなものだ。甘くて美味しいが、摂りすぎると身体に悪い』。ね?」


 ね? と言われても、と僕の戸惑いはより深くなる。


 どうにもライブ感たっぷりな名言であった。


 御法川さんは足を組み替え、楽し気な笑みを浮かべ、


「いやね、最近私は名言っぽい言葉を作るのにハマっててね」


「はあ」


 生産性のあるんだかないんだかわからない趣味だ、と僕は思った。


「ほら、季語と決まった字数で詠み上げるのが俳句だろ? これも名言っぽいという制限のもとで組み立てる一種のことば遊びみたいなものさ」


 それは俳句に謝った方が良いのでは、と少し思うがそれをのみ込み、


「名言っぽいってなんですか」


 尋ねると、御法川さんは、(メガネをかけていないのに)くいっと人差し指でメガネを上げる動作をして、初心者にものを教える先達のような口調で答えた。


「たとえば曖昧な言葉を具体的なもので喩えたりとかね。名言と砂糖菓子みたいな感じで、簡単にそれっぽくなるから初心者におすすめだ」


 まあ言われてみれば『人間は、考える葦である』なんて言葉もあるわけだから、意外と御法川さんの言うことにも一理ある、のか?


 御法川さんは話を続ける。


「あとは、何でもいいから自信満々に断言すること。『風が語るままに進め。ただし、地図は捨てるな』みたいな」


「それも、自作ですか?」


「もちろん。意味は君の解釈に任せる」


「考えてないんですね……」


 本当に御法川さんは名言『っぽい』言葉を作ろうとしているだけなのだろう。


 とはいえ、これもなんとなく言いたいことはわかる気がした。


 人間、『おすすめですよ……たぶん』と言われるよりは『自信をもっておすすめします!』と勢いよくセールスされる方がモノを買いやすい。おそらくは、それと同じことだ。


 その点で言えば、常に自信満々のように見える御法川さんはそれだけで謎の説得力を生んでいると言えた。


「語順をただ変えて繰り返すのもいい。『できたらやる、ではなく、やるからできる』とか『転んでも学び、学んで転べ』とか」


「……どういう意味なんです、それ?」


 一応尋ねるも、御法川さんは首をすくめ、


「私にもわからん」


 身も蓋もなかった。


「他にも正反対の言葉を盛り込むとそれっぽい。オクシモロンってやつさ。『完璧な計画は、動き出せば不完全になる』とか『ゴールを見失ったら、スタート地点を振り返れ』みたいなね」


 オクシモロンとは、撞着語法とも言い、『明るい闇』や『近くて遠い』などの正反対や矛盾する言葉を盛り合わせることで人の関心を惹くレトリックのことだ。


 御法川さんの作り出した適当名言も、オクシモロン効果なのか確かにそれっぽく聞こえてしまう。


「確かに、それっぽいですね……」


 思わず口をついて出た僕の言葉に、御法川さんは笑みを深め、がぜん勢いづいて、


「他にもいろいろ考えていてね。『静かな湖も、底では水が流れている』、『笑われた夢が、明日の常識になることもある』、『逃げることは悪くない。だが、逃げる先は選べ』――」


 立て板に水のように、彼女は喋りつづけた。


 その姿を、僕は半ば呆れ、半ば感心しながら見つめていた。


「韻を踏んだりして『知恵は知ること、愚かさは忘れること』。名言をパロディしたり、『すべての道はローマに通ず。でも、たまに渋滞する』」


 よくもまあいろいろと思いつくものだ。


 彼女はしばらく名言っぽいワードを連発し続け、そしてふいにだんだんその速度が鈍り始めた。


「――『鏡を覗け、そこに自分の姿があるから』。えー、『小指をぶつけ、人は痛みを知る』。あとそうだな、『歩いて進め。進めば進む』」


 そこで、僕は口を挟んだ。


「……ネタ、尽きてきました?」


 一瞬騙されかかったが、『鏡を覗け――』以下の言葉は当たり前のことをもはやそれっぽく言っているだけであった。


 ぎくり、と御法川さんは身体を縮ませ、すぐに、えへんえへん、と咳ばらいをした。


「このように、世の中に溢れている美辞麗句も、その実中身が伴っていないこともあるかもしれない。君も重々気をつけるように」


 それっぽい言葉で、御法川さんは話をまとめるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る