第30話 外からの視点
「外から見てみないとわからないことってのはある」
いつもの公園のいつものベンチで、背もたれに盛大にもたれかかって空を見上げて座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。
御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、とりあえず『アイキャントスピークイングリッシュ』は誰でも話せるのと同じぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「岡目八目みたいな話ですか」
第三者の方がものごとをはっきり認識できるといった意味の、囲碁由来の四字熟語である。
なんだか大仰なことを言っているななどと思いながら発した僕の言葉に、御法川さんはこちらに向き直るとうなずいて楽し気な笑顔を浮かべた。
「最近、多文化交流のボランティア活動に参加したことがあってね」
「へえ、なんか大変そうですね」
今の世はグローバル社会。
とはいえ、学校のALT相手でしか海外との接触のない狭い世界に生きている僕としては、なかなかハードルが高そうな活動のように思えた。
そんな僕を見てか、御法川さんは先人の余裕とでも言いたげな様子を隠そうともせず、少しだけ声を高くして言う。
「そうでもない。けっこう気楽なものだよ。公民館の一室で、湯飲み片手に日本在住の外国メンバーが寄り集まって楽しくおしゃべるするだけだからね。井戸端会議多国籍風みたいなものさ」
料理名みたいに言うな。
「それで、外から見てみないとわからないってのは? 井戸端会議で何か聞いたんですか?」
尋ねると、御法川さんは答えた。
「日本に来て驚いたこと、っていう話題になってね。フランス在住のクロエさん曰く」
そこで、僕の知らないそのクロエさんとやらの物真似をしているのか、頬に手を当ててわざとらしい微笑を浮かべる。
「『てっきりスポーツや日常系アニメのそういうBGMだと思ってたけど、ホントに公園から同じ音がして驚いたわ。これが蝉の声なのねえって』」
そう言うと、彼女は表情を戻し、
「とのことらしい」
「ああ、そういえば聞いたことあります。日本の夏のアニメ特有の音だって」
蝉の声を聞くと、夏を舞台にしたアニメを連想する人は多い。蝉は別に日本だけの生き物ではないが、どうもここまで大きく多様な音というのは珍しいことらしい。
「すっかり当たり前になっちゃってたけど、蝉の声も日本の風物詩なんだねえ」
御法川さんはしみじみとそう言った。すぐに話を続ける。
「他にもリトアニアから来たエリカスさんは、たぬきが実在していたことに驚いていたね。それまで日本のゲーム会社が作った架空の動物だと思ってたんだって」
おそらくは、某有名アクションゲームで、木の葉を入手すると変身できる「たぬき」のことだろう。太い尻尾で敵を薙ぎ払うタイプの強化フォームだ。
「スマホで撮った写真を故郷にいる姪に送ったらすごい興奮してたって教えてくれてね」
「そんなパンダみたいな」
ちっちっち、と御法川さんを舌を鳴らして指を振る。
「実際、どっかの国では日本の狸とトレードで、大変貴重なコビトカバって動物を送ってくれたこともあるらしいよ。国によってはパンダレベルだ。信楽焼きのイメージしかなかったけど、出世したもんだよまったく」
ちなみに、たぬきは雑食性であるために、日本では害獣としても有名である。
さらに話は続き、
「それで、今度は『日本の風景』を描いてみようって流れになって、皆好き好きに富士山とか東京タワーとか京都の街並みとか寺社仏閣とか画用紙に描き出してたんだけどね」
「それっぽい面子ですね」
挙げられた風景はとりあえずパッと思い浮かぶような面子であるように思えた。そこに意外性はまったくない。
しかし、御法川さんは急に話のトーンを変え、表情を消し、まるでこれから怪談でも始めるのかという雰囲気を纏って言った。
「隅っこの方では参加者の子どもたちも何人かで顔を突き合わせて絵を描いていたんだ。私は何を描いているのか気になってふらりとそちらに歩み寄った。そして思わず身体をこわばらせた。ビビッてしまったんだ」
「え、と、何にです?」
尋ねると、両手で顔を覆い隠すようにして、わざとらしく恐々と震えた声を発する。
「子どもたちは、みな一様に、黒のクレヨンを手に、画用紙にグリッド線みたいな感じで縦横の直線をシャッシャって引いてるんだ。みんな迷いがなく一心不乱にシャッシャってね。真っ白の画用紙に、黒の線だけがクモの巣のようにどんどん引かれていく。子どもたちが何かに取りつかれているようにしか見えなかった。ぶっちゃけちびりそうだった」
大人なんだから我慢してくれ。
「それで、子どもたちは何を描いてたんですか?」
尋ねると、怪談御法川さんの調子は長続きせず、いきなりもとの口調に戻って、
「電線なんだってさ」
「電線?」
「日本の風景といえば電線! ってその子どもは私に教えてくれたよ。空にあんなにまで大量の電線があるのが珍しいらしくってね。彼らはシャッシャと電線を描いていたってわけさ」
「へえ」
僕は少し視線を横にずらす。言われてみれば、ちょっと見まわせばどこにでも電線があることに気付く。
「確かに、当たり前すぎて見過ごしてたかもしれませんね」
僕の言葉に、御法川さんは嬉しそうにうなずいた。
「そうだろうそうだろう。あれ以来電線を見ると妙に意識しちゃってさあ、あ、カラスが止まってるな、とか――」
楽し気に話を続ける御法川さん。
人が人と話すのは、そうした気づきを得るためなのかもしれない、と僕は思った。
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