第12話 占い師御法川さん
「占い師になりたい」
いつもの公園のいつものベンチで、落ち着いた黒のワンピースにグレイのカーディガンの私服姿で座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。今日は風が少しばかり吹いていて、彼女の長髪がなびいていた。
御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、カップラーメンを常食していると百年後にはほとんど死ぬことぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「水晶とかタロットとか使う奴ですか?」
一応、尋ねておく。
御法川さんはうむ、とうなずいた。
「いやね、この前、駅近くの通りに易者のお姉さんがいてね。なんだかいいなあって思ったんだよね」
「何がです?」
「雰囲気が」
「雰囲気……」
「というわけで今回は――」
前振りを終えた御法川さんはポーチをがさごそと漁り、中から小箱を取り出した。水晶やタロットカードを納めるには、小さすぎる箱だった。
「なんですか、これ」
尋ねると、御法川さんは宝物を披露するときの子どものように声を潜めて、
「私謹製の占い道具。その名も『星を見る人』さ」
ぱかりと箱を開いて、中に納められているものを僕に示した。
パッと見たところ、中にはサイコロやおはじき、ビーズで作られた子犬などと雑多な小物が入っているように見える。
「えーと、『星を見る人』ってなんですか?」
僕はふたたび尋ねる。小箱の中身は、何度見ても園児のおもちゃ箱か何かのようにしか見えなかったからだ。
僕の頭の中が疑問符で埋められているなか、御法川さんは得意顔で説明を始めた。
「ほら、昔の人って、夜空に浮かぶ星を見上げて、多くの星座を作っただろ?」
「まあ、そうですね」
古代において、農業の時期を測るために、天文学は学問の中でも重要な地位を占めていたはずだ。そのため昔の人は星の位置を憶えやすいように絵柄を当てはめたのだと僕は思う。
御法川さんは頭の中で描いた星々を紡ぐように、中空で指をさまよわせる。
「こう、星と星を繋いだ線を見て、考えるわけだ。『あー、なんかこの形、オリオンに似ているなー』と」
ちなみにオリオン座は、砂時計っぽい図形に棒人間っぽいひょろりとした線が二本にょきっと生えている星座である。
いや、これはちょっとオリオンには見えないよね、と僕は学校の校外学習で赴いたプラネタリウムにて、昔の人の想像力のたくましさに慄いたものだった。
「で、私もそれにあやかって『星を見る』ことにしたわけだ。こうして、地面かなにかにテキトーに振りまいてだね」
小箱の中身を無造作に、ベンチの上へとぶちまける御法川さん。
当然、ガチャガチャと小物は跳ね散らし、いくつかのものは地面へと落ちてしまった。
あー、片づけが大変そうだ。
しかし、御法川さんは満足げにうんうんとうなずいてベンチに広がった小物たちを眺める。
「落ちた小物の位置からインスピレーションを発揮して、人の運勢を占うわけだ」
そう聞いて、僕は納得した。
なるほど、ちょっと変則的なリソマンシーのようなものか、と。
リソマンシーとは要するに石占いのことで、投げ込んだ石の配置を読み取って行う占いの一種である。
詳しいやり方まではさすがに知らないが、彼女のそれは石の代わりに家にあった小物を使っているわけだ。
あらためて、ベンチの上にぶちまけられたそれを眺める。
サイコロの上に、器用にビーズの子犬が乗っている。
「えーと、この場合、どういう結果になるんですかね?」
御法川さんは真剣な表情で盤面を見つめ、おごそかにこう言った。
「芸術点が高い」
それは違うと思います。
「ま、そういうわけで、私がすご腕占い師をやるから、君はその客第一号になってくれたまえ」
一抹の不安を覚えながらも、まあ御法川さんが楽しそうならいっか、と僕は相手をするのだった。
――カランガチャン。
一度ぶちまけた小物を回収して、御法川さんは再びベンチの上へとビーズやサイコロを放る。
なにやらいっぱしの占い師のように神妙な顔をして、散らばる小物の位置から内容を読み取る。
「ふむ、君はどうやら学業に悩みがあるようだね……」
神秘的な雰囲気を出すためか、ふだんよりゆっくりとした声音を作って、御法川さんは言う。
僕は答えた。
「いや、全然」
申し訳ないが、勉学に関してはわりと真面目にやっている方なので、今のところ悩みはない。
御法川さんは一瞬、動揺したような顔を見せるが、占い師ロールを優先したためか、すぐにしかつめらしい顔を作る。
「ふむ、今日は星の声が不安定のようだ」
それっぽい台詞を吐いて、気を取り直し、
「どうやら、恋愛に悩みがあるようだね」
神秘的な雰囲気を出すためか、かすかな微笑を浮かべて、御法川さんは言う。
僕は答えた。
「いや、全然」
残念ながら、いまのところ、好きだ惚れたとかは無縁の存在だった。
今度は、御法川さんも動揺した顔を隠そうともしない。神秘的な雰囲気を投げ捨てて、
「君はホントに学生かい!? 学業と恋愛の悩みに無縁な学生なんてこの世に存在するのかい!?」
と叫ぶ。
そりゃいるでしょ、ひとりくらい……。
どうやら、御法川さんは誰にでも当てはまるバーナム効果を利用してそれっぽいことを言おうとしていたらしい。残念ながら、僕にその手は通用しない。
度重なる失敗にも関わらず、御法川さんはまだあきらめようとはしない。
えへんえへんとわざとらしい咳ばらいをして、先ほどの神秘的な雰囲気をまといなおした。
「仕方あるまい。ではここで秘奥の未来予知でもやってしんぜよう」
仰々しくそう言って、御法川さんはベンチの上の小物の位置から未来を読み解こうとする。
僕は次には何が飛び出て来るかと、その姿をじっと見る。
そのとき、一陣の風が吹いた。
結構強い風で、ベンチの上に散らばった小物が吹かれてその位置を変えた。せっかく御法川さんが真剣に読み解いていたのに、これではおじゃんである。
「えーと、この場合は、どうなるんです?」
気づかわしげな口調で尋ねると、御法川さんは囁くような声で「『流れ星』だ」とつぶやく。
「え?」
「『流れ星』だ! これはすごいことが起こるぞ! これまで見たことのないような光景が私たちの前へと広がるだろう! なになに、えーと――」
どうも放った後で、外的要因によって位置が変わることを、御法川さんは『流れ星』と名付けているようだった。
失礼ながら、意外と凝っていると僕は思う。
にわかにテンションの上がった御法川さんは、鼻息を荒くして、ベンチの上の趨勢をあーでもないこーでもないと占っていく。
そして、彼女はおごそかにこう言った。
「四つ足の獣、水のように柔らかく肩に抱き、空を飛ぶ翼を携え、我らの前へと現れるだろう」
なんだかそれっぽい予言であった。しかし、ちょっと現実離れしすぎて占いというには突飛すぎる、とも思った。
僕は尋ねる。
「えーと、どういうことですか? 四つ足で、水のように柔らかくて、翼が生えたキメラが僕らの前に現れるってことですか?」
御法川さんは相変わらず占い師モードで、
「占い結果をどう受け取るかは、君次第だ」
それっぽいこと言いやがって、と僕は心の中で思う。
そして、御法川さんはいきなりくだけた口調に戻った。
「まあ、適当に言ってみただけなんだけど。なんだい、これ、鵺かなにかかい?」
「こっちが聞きたいですよ」
そのとき、一瞬、風がやんだ。
僕と御法川さんはなぜだか不意に顔をあげ、公園のある一点を見つめた。
逆光に照らされて、四つ足の獣が、そこに立っていた。
その身体は妙に盛り上がり、その頂点部分には明らかに翼と思しき部位を広げている。
僕らはふたりして、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、その光景を眺めていた。
それは、四つ足の迷子犬、その上に水のような柔らかさでしなだれかかるように担がれた猫、その上に我が物顔で居座る翼を携えた鳩の影だった。
どういうわけかブレーメンの音楽隊のように一体化していた三匹の動物は、少しの間をおいて、示し合わせたかのようにそれぞれ別の場所へと離散して姿を消した。
しばらくしてから御法川さんと顔を見合わせて、僕は言った。
「才能ありますよ、御法川さん」
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