第2話 宇宙忍者サスケ
「昔好きだったテレビアニメで、『宇宙忍者サスケ』ってやつがあってね」
長い黒髪で前髪をぱっつりと一直線に切り落とした、スタイルの良い美人の御法川さんは、今日も公園のベンチで暇そうにしていた。
御法川さんがいきなり話を切り出してくるのは、リンゴが樹から落ちるぐらいに当たり前の現象であったために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「聞いたことないですね。どんな話なんですか?」
「毎話毎話現われるアクダイカーンの手下の悪い奴らを宇宙忍者のサスケがちぎっては投げちぎっては投げする、まあスペースアクション活劇みたいなものかな。海外製で明らかに間違った日本観のもとに製作されたぶっ飛び忍者っぷりが面白くて面白くて」
御法川さんは、話しているうちにそのシーンを思い出しでもしたのかブフッと多少下品に噴き出して笑う。
それが果たして製作側が意図した楽しみ方なのかどうかは判然としないが、彼女の様子を見るに相当愉快な作風なのだろう。僕も多少は興味が出てきた。
「主人公のサスケはね、宇宙忍者として銀河を股にかける筋肉モリモリマッチョマンなんだけど、意外なことに趣味がピアノって設定なんだよ。しかも趣味ってレベルじゃなく、ほぼピアノ狂いでね。任務中にピアノを見かけると、任務ほっぽりだしてまで弾きはじめるんだけど、それが原因で敵にあっさり見つかっちゃうんだよね。ふだんは完ぺきに任務をこなすサスケが、その時だけはうろたえたような顔をして『なぜバレたっ!』ってお約束のように言うんだけどそれが面白くって――」
そういう御法川さんは、しかし、微妙な顔をして笑おうとしない。
任務を放棄するってそれ忍者的にどうなんだ、とか、それはもはやピアノ狂いというよりピアノジャンキーというのでは、とかいろいろと疑問は湧いたものの御法川さんがなにやらもの思いにふけるような顔をしていたので、僕は思わず尋ねていた。
「それにしてはあまり愉快そうな顔じゃないですね」
御法川さんが首を振る。
「そんなギャグ描写だと思って、ずっと笑ってたんだけど、実はね、物語の終盤に入ってくると状況が変わっちゃってね」
「というと?」
「単純にサスケがピアノ好きってだけだと思って笑ってたのに、実はサスケ、悪の秘密結社によって脳の大部分をサイボーグ化されて、昔の記憶を失っているって設定がお出しされてちゃってさあ。記憶には残っていないけど身体が弾き方を憶えているピアノだけが過去との唯一の繋がりで、失われた穴を埋めるように過去の記憶にどうにかして触れようとあがくように、サスケはピアノを見つけると周りが見えなくなるほど熱中してしまうってことが判明しちゃって」
「それは……ちょっと可愛そうな感じしますね」
「でしょう? めっちゃ悲しい話で、これまでバカ笑いしてたシーンが急に笑っちゃいけないような不謹慎なシーンになっちゃった感じがしてさあ。価値観の逆転現象っていうか、今自分が立っている足場が急になくなっちゃった気がして、で、なんだか怖くなって私はそれ以降の話を実は見れていないのです」
「……」
御法川さんは、悲しそうな顔をする。
僕はひと呼吸おいて、提案した。
「じゃあ、一緒に続きを見ませんか」
御法川さんは不意を衝かれたように、目を丸くする。
「君と? 私が?」
「たぶんですけど、続きが気になるけど、ひとりじゃ怖いってところじゃないですか?」
僕がそう言うと、御法川さんは照れくさそうに笑った。
「あ、バレた? じゃあ、お願いしよっかな」
そう言って、彼女は立ち上がって大きく伸びをした。
「今度は純粋に笑えるといいね」
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