第34話 捕らわれ

 とりあえず、落ち着いてはきたが……ここは巡洋艦の中だな。この壁の色はGSL209じゃない。

 いまは椅子に座らされている。手前には机。室内には乗組員と思われる者が一名いるが、なにも言ってこないのでただの監視役らしい。むこうにドアがあるが、当然出られないだろう。

 手錠が食い込んでいる手首が痛い。これ、もし誤解でやったのなら大問題だが……それでもここまでするだけの「なにか」があるのか。


 だれかが乱雑にドアを開けて入ってきた。そしてもっと乱雑にドアを閉めたのは、明らかに威圧目的だ。ここのドアは、あえての手動か。

 状況は明白、いまぼくは軍に取り調べられるところなのだ。とてつもない状況だが、それでも相手が来てくれたおかげで話はできる。どうしてこんな対応をとったのか聞けるし、ぼくが潔白であることも話せる。この際ありがたく思おう。

 顔に強烈な光を向けられる。わかったわかった、ちゃんと対話をする。だからそういうのはやめてくれ。


「きみはGSL209船長で間違いないな」


 相手は見えないが、とりあえず光のほうに向かって答えるしかない。


「はい、間違いありません」


 基本的な確認を交わす。あえてこちらからは何も聞かない。主導権は向こうにある。ぼくが聞きたいことは、どうせ向こうが言ってくるだろう。


「それで、きみは義勇団員か」


 ――ああ


 さっそく疑問は解決した。


 ぼくがもと義勇団員であることが知られている。団員以外の人間にとって、現役の団員なのか脱走員なのかは関係ないだろう。ぼくはいま、義勇団員の捕虜として扱われているらしい。

 でも、どうして知られた? ぼくはなにも言わなかったし、船内にもそれを示すものはなかった。どうして――


「質問に答えろ! おまえは義勇団員なのか!」


 いけない、口ごもっている場合じゃない。

 嘘をついてもいけない、ばれたらもっとまずくなる。


「……正確には、義勇団の脱走員です。現在は義勇団の指揮下にありません」


 相手はしばらく黙った。すこし予想外の答えを聞いて、記録をとりつつ次の質問を用意しているのだろう。


「胸に識別番号があると聞いている。調べさせてもらう」


 そう言うなり、シャツのボタンをはずされた。そう、そこには義勇団時代の名前がまだ記されている。


 いま、「聞いている」と言ったか。

 誰かがそう言ったのを聞いたのか。誰が言った?


 ――なるほど、そうか。

 これはぼくの失策だった。


 遭難者たちはあとで降ろすべきだった。あいつらにはこの胸の刻印を見られていたのだから。この艦に乗り込んですぐ、誰かがしゃべったに違いない。

 遭難者の存在は知らせずに機密情報だけ軍艦に渡し、彼らは閉じ込めたまま民間の港に入って、そこで降ろしてすぐ出港すべきだった。

 義勇団員として軍に捕らえられている状況……これはまずい。

 しばらく静かな時間が続いたが、これはおそらくぼくの胸の記号を記録していたのだろう。

 次の質問がきた。


「きみは救助した宇宙船TSL2198の乗員に暴行を加えた。それについてはどうか」


 暴行――か。思いきり心当たりがある。


 だが、こんな人命など軽視される世界で、しかも船舶乗っ取りを企てた相手に暴力をふるっても、罪にさえ問われないはず。何をいまさら。

 文句のひとつも言いたくなるが――


「その通りです」


 しかしあくまで質問は、暴行を加えたかどうか。それであれば、答えはこれしかない。


「遭難船船長の背中を刃物で刺したのは事実か」


 それは正直、理性を失っている最中だったので記憶が薄いが、たぶんやっている。ナイフで背中を刺している場面をうっすらと覚えている。


「事実です」


 そのまま、負傷者ひとりひとりについての事実確認が行われていく。ぼくが「事実です」としか答えないので、乱暴なことはしてこない。ぼくのほうも、それらは事実なのだから、そう答える以外にない。


「現在、きみの船を調べている途中であるが――船内から、拳銃3丁と戦闘用ナイフ1本が見つかっている。きみは我々にそれを申告していないが、なぜ黙っていたのか」


 え、拳銃3丁とナイフ? そんなもん積んでないぞ。


「いえ、搭載していません。どこから出てきたのですか」


 思わずこちらから質問してしまった。


「嘘をつくな。きみが使っていたはずの船長室から発見されている。金庫の中にまとめて置いてあったようだが」


 ――あ、それはあいつらから押収したやつ! しまった船長室の金庫に放り込んでいたのか。忘れていた。

 軍の調査だ、徹底的に船内を調べただろう。船長室もひっくり返すように探されているはず。

 さすがに自室金庫内に武器を置いていて、知りませんでしたというのはおかしいだろう。これは嘘をついた扱いになってしまう。立場がまずくなる。


「自室にこれだけの武器を隠しているのは、自衛用にしてはさすがに過剰だろう。もともと、人に危害を加えるつもりで所持していたのではないか」


 そりゃあそう思うだろう。ぼくだって相手の立場だったら、そう思う。

 本当はあいつらが持っていたやつなのだが……あいつら、痛めつけられたことへの報復として、多少事実を曲げて話しているんだろう。

 嘘をついているのはあいつらで、ぼくが正しいのだが……それぞれの立場は民間人と、義勇団員。後者は当然、信頼されない。ぼくが本当のことを言っても、嘘あつかいにされる。何を言っても、もう意味はない。

 だが――ぼくは自ら認めるほどの馬鹿正直。ここは本当のことを言うまでだ。


「申し訳ありません、それらについて失念していました。その武器類は船の乗っ取りを企てた彼らが所持していたもので、制圧後に押収し、自室金庫内に保管していたものです」


 どうだろうか……おそらく信じられはしないだろうが。


「それはなかなか都合のよい発言ではないかな。彼らは武器を持っていなかったと申告しているし、乗っ取り行為もきみが捏造したもので、彼らは不当に監禁されたと証言している」


 あいつら――

 ああ、やっぱり救助なんてしなければよかった。無視して通過していればあいつらは勝手に焼け死んで、ぼくはなにも苦労せずに目的地に着いたろう。義勇団との戦闘もなかったろう。

 もしそうしたらリリィも焼け死んでいたが……いやそもそも、彼女が救難信号など出さなければよかったのだ。


 彼女はたしかに人間としてはいい人だったが、その彼女のせいで義勇団にぼくの存在が露呈し、さらにいまこんなところで取り調べを受けている。これまでずっと守り続けた秘密が、こんなにもあっさりと、ぼく以外の人のせいで――

 く……なにが「リリィ」だばかやろう。ちょっとかわいい女の子が乗ってきたからって、調子こいて名前をつけ合って。あんな人なんか目に止めなければ……ぼくがあんな人に気の迷いを起こさなければ……

 リリィは、いや85Kは、どうせまた新しい船に乗ってここを出ていく。こんなみじめに捕まっているぼくなど何か月かすればほとんど忘れるだろう。どうして85Kは自由で、ぼくは捕虜になってるんだ。


「反論しないのであれば事実とみなすが、よいか」


 しまった、黙っちゃだめだ。

 あいつらの言ったことは事実じゃないが、それをどうやって説明する?


 ――そうだ、いちおう証拠はあるんだ。


「操舵室ボイスレコーダーの記録を確認してください。その時の音声記録が残っています」


 レコーダーの記録時間はかなり長い。まだあのときの音声が残っているはずだ。

 相手は黙った。レコーダーの記録について確認か指示をしているのか。


「……よろしい、確認する」


 よし、これで捏造の汚名はすすげる。


「だが――」


 まだ、何かあるのか。


「きみが義勇団員であるという事実は変わらない。人間に対するきみの残虐な行為も、それを証明している」


 ……ああ。

 乗っ取りの件は解決できても、これは無理だな。義勇団員というだけで、普通は処刑ものだ。


「きみは、何人殺した?」


 いや、殺害はぎりぎりしていない。


「いえ、暴行は事実ですが、殺害はしていません」


――ドン!


 な、なんだ。

 これまで静かに尋問していたのに。


「おまえ、人殺しを自覚してもいないのか。今回は殺さなかったらしいが、これまで好き勝手に人を殺しただろう、よくいい子ぶって『殺害はしてません』なんて言えるな!」


 ああ、義勇団時代のことか。

 それなら、おおむねこの人の言う通りだ。反論の余地などない、たしかにあまり自覚なく人殺しをしていた。


「おれの娘はな、修学旅行で乗っていった船を襲われて、中の人間は全滅した。残った船体は、おれが見分したんだよ。うちの娘の死体、ありゃあただ殺したんじゃない。脳も心臓も引きずり出されて、ナイフで突き刺してあった。おまえそれを殺人じゃないとおもってんだろ!」


 ……そうだな。もう殺した人数もその顔ぶれも覚えていないが、ぼくだって脳みそくらいはきっちり破壊するだろう。


「この艦にだって、そうやって家族もなにもかもなくした奴が大勢乗ってるんだ。軍規で禁じられてなきゃあ、おまえなんか手足をもいで吊るし切りにしてやるところだ。今度はおまえが殺される側だぞ、人の苦しみをよく思い知れ!」


 これは尋問じゃないな、この人の個人的な発言だ。

 そして、これも事実なのだろう。この人のほかにも義勇団に家族やら友人やらを殺された人は大勢乗り組んでいるはず。義勇団が殺した人間はそれくらい多いのだから。

 しばらく荒い息の音が聞こえていたが、しだいにおさまってきた。


「おまえはこのまま連行する。指示に従い、反抗するな。反抗とみなされる行為をみせた場合、その場で射殺する」


 うん、それが順当な措置だろう。


 顔に向けられていた光は消され、ぼくは艦内を連行されていった。


・・・・・・


 ぼくは営倉だか何だかの部屋に投げ込まれ、勢いよくドアを閉められて施錠された。


 とりあえず、簡素な寝台らしきものはある。

 ぼくはそれに座って、反対側の壁をぼけっと見ていた。


 この軽巡洋艦は、どれくらいの速力が出るだろう。ぼくはどこか、かなりしっかりした収容所か何かに入れられるはずだ。なにせ義勇団員だ、何をするか分からないのだから。さていつごろ到着するのかな。

 あの場に残してきた「GSL209」は、ぼくの宇宙船「ポーラー・スター」号はどうなっているだろう。おそらく船内ありとあらゆる場所を開けられて中身を出されて、ぼくの安息の場所は荒らされきっているだろう。このあと、だれか軍人でも乗り込んで操船するんだろうか。義勇団船舶のサンプルとして、あとで調査でもするんだろうな。


・・・・・・


 軽巡洋艦に乗って航行中、一度だけ再度の尋問があった。ぼくはすっかり忘れていたが、持っていると言った「機密データ」について確認されたのだ。船内システムにそれらしきものはなかったぞ、と。

 おそらく船内はめちゃくちゃにされているだろうし、船内システムも勝手に見られているわけだ。なんだかもう「秘密の部屋」を隠すつもりも失せてしまった。

 部屋の場所と解錠方法、装置の起動方法。あと認証コードも伝えて、生体データもとられた。これであの装置は起動し、「機密データ」も見ることができる。

 きっと驚くだろうな、義勇団の使用する全ての暗号表が入っているのだから。

 それと同時に、ぼくが現役の義勇団員であると確信もするだろう。そんなデータを持っているのだから。民間船乗組員に偽装した秘密偵察員とでも思うはずだ。


 正直な話、ぼくがここから脱出するのはたやすい。

 義勇団員というのは基本的に人間だ。へんな特殊能力はない。義勇団が強いのは、船や装備のちからと圧倒的な物量、そして団員の命を考慮しない強硬な作戦があるからだ。

 通常、団員そのものはただの人間だ。だからこそ、彼らはこんな薄っぺらな扉で監禁したつもりになっている。

 だがぼくは数えるほどしかいないとされる「異能持ち」。能力を出してちょっと扉を押すだけで、扉は吹っ飛ぶだろう。

 この艦の乗組員全員と戦って、みんな殺してやる自信もある。それから外壁を破壊して宇宙空間へ。単身での宇宙飛行はぼくの得意分野だ、「GSL209」へ帰ることなど造作もない。


 だけど――


 軍とはあくまで平和的に接触するつもりだった。遭難者と機密データを渡して、それで接舷を放して港に向かう予定でいた。

 手錠をかけられ連れていかれたときも、何か誤解されているだけだと思って、普通の人間のふりをしてついていってしまった。

 あのときから、向こうはこちらを義勇団員と思っていたのだ。

 そういうことであれば、あの後ぼくの同意もとらずに船内を引っ掻き回したはず。船長室の金庫が破られているのがその証拠だ。

 ああ、あのときぼくの「異能」を使って阻止していれば。そうすればぼくの安息の場所は守られたはずだった。

 いまここを出て船に戻っても、それが何になるだろう。荒らされきった船内をみて、床に膝をつくという演出でもすればいいだろうか。


 はあ、もうだめだな。

 どこでまちがえたんだろう。ぼくのなにがいけなかったんだろう。


 ――いや、はじめからいけなかったんだ。義勇団員としてはじめて人を殺したときから、もういけなかったんだ。


 安息だなんて、ぼくが思っちゃいけない。


 このまま捕まっていようか、ほかに行くところもないし。

 でも、軍が義勇団員をいつまでも生かしておくはずがない。尋問のときに言われたとおり、この艦にはたいせつな人を義勇団員に殺された人が大勢いる。港に入れば、宇宙ステーションにも地上にも、おんなじ思いの人がたくさんいる。


 まず処刑だろうな、ぼくは。

 それを「異能」を使って回避して――その後は、どうする。


「……」


 このままおとなしく、殺してもらおうか。

 もう、生きる気力とやらも失せてきた。

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