第四話「一触即発」
突然、ガシャンという激しい音を立て、触れてもいないはずの彼の周囲の窓ガラスがひとりでに砕け散る。
その前後には何の予備動作も無く、魔法が放たれた形跡も――そもそも、彼含め、誰一人として動いた様子すら見当たらなかった。
「ハッ……来いよ、
微動だにせず、悠然と構えたままこちらを睨み付けてくる不良少年を前に、教員である彼は呆れを露わに目を細め、深い溜息をつく。
「――っはあぁ……、ああもう、どいつもこいつも……」
そんな悪態は騒然とした現場に一瞬で溶け、誰の耳にも届かない。今日は厄日か何かなのだろうか――などと、取り留めもない事を腹の中で独りごちては、心底仕方なく、渋々と言わんばかりに戦闘態勢に入った。
どこからともなく涼しい風が吹き抜けた
少年はそれを戦闘開始の合図と取ったのか、ニヤリと不敵に口角を吊り上げ笑う。もう、こうなってしまった彼を止める
若き
◇
セントーレア学園内、会議室。
普段、生徒達が利用する通常の会議室とは異なり、その一室は主に教員達が重要な会議をする時の為に開放されていた。
時刻は昼下がり。空気の入れ替えを行うべく窓を開けていることもあり、他の階層や中庭からは、午前の授業を終えた生徒達の賑やかな話し声が微かに聞こえてくる。
粛々と会議の準備を進める学園長のノエルを筆頭に、
――そんな静まり返った会議室に、不意に飛び込む慌ただしい足音。
「すっ、すみません! 遅くなりました!」
程なくして、ガラリと勢い良くドアが開け放たれる。すると、瞬く間にその場所は窓から流れ込んだ風の通り道となり、慌てた様子の彼の長い前髪を穏やかに撫でた。
「おー。ナツ君、おつかれ〜」
既に席に着いていた一人の教員が後方を振り返り、間延びした口調で彼に声をかける。
背中まで包み込む少し色素の薄い緩やかな金髪に、透き通るような青い瞳。楕円形の太眉が印象的な彼女は、
「……あ、ありがとうございます。オサキ先生」
うやうやしくそれを受け取った彼は、何やら疲れ切った様子でフラフラと席に腰を下ろし、ようやく一息つく。そして、先に隣の席に座っていた同僚――厳密には少し先輩にあたる男性教員に軽く
「お疲れ様です。……あれっ、
挨拶を返すと同時に、隣の彼が不思議そうに問う。“ナツ君”や“石蕗先生”と呼ばれたその教員は、戸惑いつつも室内を見回した。
「あっ、えっ、――あ、あれ……!? 付き添っていただいた私の方が遅れてしまったとばかり思って、急いで来たのですが……!」
「……うん? 付き添った……? 何かあったんです?」
まるで困惑が伝染するかのように、尋ねた彼まで心配そうに眉をひそめる。ええと、と言い淀む教員の次の言葉を待つも、先輩教員はふと何かに気が付いたらしく、おもむろに猫耳の生えた彼の頭へと手を伸ばした。
「って、何だこれ。 …………ガラス
指先で摘んだ“それ”をまじまじと眺めながら、彼は
「――――あっ!? そ、それはその、」
慌てた黒猫の教員が何らかの弁解をしようと口を開く。……が、その言葉は不意に介入してきた者によってあっさりと話題ごと
「んー?
会議の準備を一通り終えた学園長のノエルが、追加の資料を手に、ゆっくりと二人のもとへ歩み寄ってくる。
「お疲れ様です、学長。……す、すみません、騒がしかったですよね」
「いやあ、こっちこそごめんよ。盗み聞きをするつもりは無かったんだけど……気になっちゃってねえ」
“天陽”、唐突に彼女からそう呼ばれた彼が少したじろぎつつ答えた。その名を聞くに、あの立入禁止区域で学園長からの着信を受けた際に男が名乗ったものと合致する。
鬱蒼とした雑木林の中でも見失わないであろう長く鮮やかな金髪に、獣耳を
何より、ノエルとの距離感――見て取れる関係性や
「君達、二人で水源の調査に向かってくれていたじゃないか。にもかかわらず、分からないとなると……戻る時は別行動だったとか? ――まさか喧嘩でもした!?」
「いやいやいや、子供じゃないんですから。そんなわけ――」
「え、そうだったんですか!? リツカ先生!」
「石蕗先生まで! 何に対しての“そうだった”なのかは分かりませんが、ちょっと、一旦落ち着いてください……!」
二人からの質問攻めに遭い、たじたじになるリツカ。話す内容をまとめるためか、ゆっくりと深呼吸をすると、困ったような表情を浮かべながら言葉を続けた。
「それが……ですね? 入相先生、学園に戻るなり、私に“先に会議室に行っててくれ”というような事を言ったんですよ」
「ほう?」
先ほどの様子とは打って変わって、ノエルも隣の彼も目を丸くし、真剣に話に聞き入っている。午後の穏やかさを象徴するように、窓辺では暖かい風で薄手のカーテンが緩やかに波打っていた。
「――で、その後に、“ナツメ先生の様子も見てから行くつもりだったから”、と……」
「えっ……ええええ!? ヒトキ先生が、そのような事を……!?」
黒猫の教員――改め、ナツメが驚きの声を上げる。……と、同時に、何か思い当たる節でもあったのか、ぽつりと独り言をこぼした。
「ああ……だからあんなにテキパキとあの場を――」
眼鏡越しに、彼の薄黄色の目が後ろめたそうに細められる。リツカはそんなナツメの様子を
「ですので、私はてっきり二人が合流しているものだと……」
「なるほどねえ。……それで石蕗君、何があったんだい?」
つい先ほど、リツカが
「も、申し訳ございません……! 実は――」
意を決したように、ナツメは自身の膝の上に置いていた拳に力を込め、どこか怯えた様子で話し始めた。
「
「あー…………」
俯き、目元に涙を浮かべながら、ようやく事の顛末を打ち明けるナツメ。諸々の事情を察したためか、それを聞いたノエルとリツカの声が綺麗に重なる。
「ま、まあその、お気になさらないでください。“彼”については、なにも石蕗先生だけの責任ではありませんし……むしろ担任だからと、いつも任せきりにしてしまって申し訳ないといいますか……」
「そ、そうそう! 天陽君の言う通りだよ! 何しろ、あの子の本来の教育責任者は私だからね!
「学長ー……、それ、堂々と言うことではないような気が……」
ノエルの発言を脱力した口振りで指摘するリツカだったが、そこで何かに気が付いたらしく、はたと真剣な表情に戻り、改めてナツメに問いかけた。
「……それで、石蕗先生? その件と入相先生には何の関係がおありで……? というか、あの人は今どこに――」
彼がそこまで言いかけた時、不意にガラガラと音を立てて会議室のドアが開く。
「お……遅くなりまし、た…………」
「!? ヒトキ先生!?」
噂をすれば何とやら。ナツメが慌てて席を立ち、その声の主のもとへ一目散に駆け寄る。
ひどく疲れ切った様子で、息も絶え絶えに会議室へやってきた彼こそが待ち人――ヒトキ本人に他ならなかった。
◇
「リツカ、君は先に会議室に行ってなよ」
「えっ? ヒトキも来るんじゃないのか?」
――
「俺はこれから会議に向けて報告内容を簡単にでもまとめなきゃならないから、遅くなると思うんだよね」
まだ午前の授業が終わって間もないためか、彼ら以外に人影は無い。二人は調査で酷使した身体を引きずるように、ゆっくりと階段を登ってゆく。
「それなら俺も手伝うが――」
「いーよ。君にはさっき、魔力酔いの介抱させちゃったでしょ。そこまで面倒見てもらうのはさすがに気が引けるって」
そう言いながらフラリと屋内へ入っていく彼の、襟足辺りで結えられた
「い、いや、それとこれとは別じゃないか……?」
「同じ同じ。世話かけたんだから」
それに――と、ヒトキが自身の下駄箱に外履きを入れながら続ける。
「ついでだし、ナツメ先生の様子も見てから行くつもりだったんだよ。俺達がいない間に、何も起きてないとは限らないからね」
「そ……そっか。まあ、そういう事なら……」
ヒトキは正直、あまり納得のいっていなさそうなリツカの方を眼帯で覆われていない側の目でちらと見やる。その視線が彼とぶつかると、困ったような、呆れともいえるような――それでいて、普段よりも少し柔らかい表情を浮かべて言った。
「君、ただでさえ昔から正義感も使命感も強いじゃん。……ま、好きでやってるのかもしれないけど、もう少しくらい肩の荷を下ろしたってバチは当たらないんじゃないかな」
「っえ、俺はそんな……、いやでも、君が言うんなら、そう……なんだろうか……?」
「……自覚無かったの? はあ、ほんっとにお人好しだよね」
やれやれと言わんばかりに、本日二度目の“お人好し”という言葉が投げかけられる。ただ、それは一度目の呆れ混じりの怒声とは異なり、至って穏やかなものだった。
「――だから、さ。気休めにもならないかもしれないけど……せめて俺にくらいは、そんなに気い遣わなくて良いんだよ?」
「っ、」
心配のはずが逆に気遣われ、リツカは言葉に詰まる。ぽかんとその場で固まる友人の様子を見て、思わず、ふはっ、と吹き出すヒトキの声が小さく響いた。
「んじゃ、また後で〜」
校内へ向き直った彼はそう言うと、ひらりと片手を振りながら、颯爽と教室の並ぶ廊下の方へと去っていった。
昇降口に人影は無かったものの、さすがに教室前の廊下には授業を終えた大勢の生徒達がいる。
……が、その様子は何だかおかしい。談笑ではないどよめきの声、時折聞こえる怒声、爆発音、悲鳴――推測するまでもなく、嫌な予感がした。
「何の騒ぎですか?」
「――あっ、入相先生……! そ、それが……」
人だかりの
「た、助けてください! イツキさんとリコさんが!」
「授業中にすごい音がしたと思ったら、ふ、二人が……廊下で、喧嘩を始めて……!」
またか――とヒトキは内心うんざりする気持ちを飲み込みながら、ふと、ある人物の身を案じる。
「分かりました。危ないですから、皆さんは他の階に避難してください」
廊下は割れた窓ガラスの破片や焼け焦げて砕けた木片に石片、土埃等で酷く散らかっており、更には壁にも至る所に巨大な焦げ目が付いている。言わずもがな、大惨事だ。
一部の生徒達が避難をしたことで、目的の場所までの道が開ける。彼は平然と教室の前まで歩くと、おそらく爆発で吹き飛んだであろう、入り口のドアだった場所に空いた大穴を覗き込み、その人の名を呼んだ。
「……ナツメ先生ー? 大丈夫ですかー?」
問題児は教室内ではそれほど暴れなかったのか、窓ガラスが割れ、机や書類が散乱している以外に目立った被害は無いように思えた。
「いたら返事してくださ――」
足の踏み場もない室内に数歩踏み入ると、ふと、倒れた机によって大きく黒板側に傾き、さながら簡易シェルターのようになっている教卓が目に留まる。壁との間に出来たその隙間には、頭だけを教卓の中に隠し、怯えきった様子で蹲る人影が見えた。
「な、ナツメ先生……?」
恐る恐るといったようにヒトキが片膝をついてしゃがみ込み、声をかける。すると突然、その人物はまるで親を見つけた迷い子の如く、わあっと彼に泣き付いた。
「ヒトキせんせえええーー!!」
「おわッ……!?」
勢い任せに飛び付かれ、後ろに倒れそうになる身体をどうにか体幹と気合いで彼の体重ごと支える。尻餅でもつこうものなら、痛いのは言わずもがな、ガラス片が刺さって流血沙汰になる――それだけは勘弁願いたかった。
「ごめんなざいいぃ〜! わた、私のせいで、こんなっ、こんな事に……っ、ぐすっ、ひぐ、」
「お……落ち着いてください。大丈夫、なんとかしますから、ね? とっ、とりあえず離れて……! 重い! 重いですって……!!」
謝りながら泣きじゃくる彼――ナツメを辛い体勢のまま何とか
「――あわっ、あわわ、すっすみません!!」
ナツメが慌てて預けていた体重を元に戻すと、解放されたヒトキもゆっくりと仰け反っていた上体を起こし、よれかけた衣服を整えつつ深く息をついた。
「何があったのか――は、見れば分かるので一旦省きますね。大丈夫ですか? どこか怪我とかしてません……?」
物陰に身を隠していたためか、ガラス片や土埃にまみれながらも彼に大きな外傷は無い。その認識通り、ナツメ本人も無言で何度も頷いた。
「すみません、遅くなって。……では、私はあの子達を止めてきますので――」
そう言って立ち上がろうとするヒトキの上着の裾を、不意にナツメが掴む。
「ま……待って、ください……! 私も、一緒に、」
涙目でこちらを見上げる黒猫の彼と目が合う。なにも見捨てるわけじゃないんだから……と、思わず
「ナツメ先生はここに隠れていてください。下手な場所より安全でしょうし」
事が済んだら迎えに来ます――それだけ告げた彼は廊下へ一歩踏み出すと、走り出す前のように少し身を屈める。刹那、背中から大きな翼がバサリと生え、そのまま長い廊下を一直線に飛び去っていった。
この学園の廊下は通常の建造物に比べ、どこも天井が高い。彼のような空を飛べる種族に対する配慮か否かは定かではないが、今はそれが有り難かった。
まばらな人影――まだ避難をしていない生徒達の頭上をしばらく滑空すると、この一連の騒ぎを起こしたであろう人物の声が耳に入る。
「いいの〜? 下手に動いたら、君ごとドカーンだよ? キャハハ!」
「こんのクソアマ……!」
互いに距離を取り、相手を挑発する女子生徒と彼女に敵意を剥き出しにする男子生徒。ヒトキは着地点に狙いを定めると、両者の間に割り込むように勢い良く舞い降りた。
「――わお! ひーちゃん先生!」
着地と共に
「貴方達……!」
教員の彼は呆れを滲ませ、黒いセーラー服の女子生徒をキッと睨む。しかし、それすらもいつもの事として慣れているのか、彼女はあっけらかんと笑うばかりだった。
「違うよ〜。別に壊したくて壊したんじゃなくって、なっちゃん先生がツッキーにいじめられてたからぁ」
「あ?」
少女と喧嘩をしていた男子生徒がドスの効いた声で威圧する。その彼こそが、不良少年かつ学園一の問題児――
ヒトキは頭が痛くなるのを感じつつ、こちらも
「姫沙羅さん、あれ、ちゃんと解除してくださいね」
彼が視線で指した先には、イツキを取り囲むように複数の地雷が設置されている。……が、それらはいつの間にやら水泡に包まれ、誤って爆発しないよう処置がなされていた。
「あらら、湿気っちゃった! これじゃあドカーンとはいかないかもねえ」
「だから、やめてくださいって……!」
はぁい、とリコが変わらぬ調子で返事をした後にパチンと右手の指を鳴らす。すると、床の地雷群は煙のように跡形も無く消えた。
「詳しいお話は後ほど伺います。……今はこの場から離れてください」
「りょ!」
ヒトキに言われるがまま、彼女は軽やかにその場から退散してゆく。後のことを考えると非常に気が滅入るが、ひとまず、事態は収束したかのように思えた。
「てめっ……逃げんのかよ!」
周囲に敷かれていた地雷が消え、緊迫感から解放されたイツキがリコの背中に向かって叫ぶ。まだ勝負はついていない――言葉の裏側にはそんな不満が渦巻いているようだった。
「また今度ね〜!」
まるで遊びの約束でも取り付けるかのような、彼女の明るい声が廊下にこだました。勘弁してくれ、とヒトキは思わず
「では相楽さん、貴方も――」
一人は素直に説得に応じてくれた。残すは彼一人――そう思い、イツキの方へ向き直った、その時。
「……あぁ? 勝手に終わらせてんじゃねえ」
「…………っえ、」
突然、ガシャンという激しい音を立て、触れてもいないはずの彼の周囲の窓ガラスがひとりでに砕け散る。
その前後には何の予備動作も無く、魔法が放たれた形跡も――そもそも、彼含め、誰一人として動いた様子すら見当たらなかった。
「ハッ……来いよ、
微動だにせず、悠然と構えたままこちらを睨み付けてくる不良少年を前に、教員である彼は呆れを露わに目を細め、深い溜息をつく。
「――っはあぁ……、ああもう、どいつもこいつも……」
そんな悪態は騒然とした現場に一瞬で溶け、誰の耳にも届かない。今日は厄日か何かなのだろうか――などと、取り留めもない事を腹の中で独りごちては、心底仕方なく、渋々と言わんばかりに戦闘態勢に入った。
どこからともなく涼しい風が吹き抜けた
少年はそれを戦闘開始の合図と取ったのか、ニヤリと不敵に口角を吊り上げ笑う。もう、こうなってしまった彼を止める
若き
雷の魔力を身に
――そして、少年が間合いに入るとほぼ同時に、ヒトキの周囲を漂っていた水の球体が全て破裂し飛散した。
本来、まともに受ければ致命傷にもなり
目が眩みそうな
「チッ……!」
会心の一撃を上手いこと
もはや接近戦となった今、両者を隔てるものは何も無い。流れる水は決まった形を持たない――それを表すかの如く、彼は更なる少年の猛攻を次々と無傷で受け流してゆく。
「いい加減、
容赦無く浴びせられる蹴りや拳を
「嫌だね。アンタこそ、さっさと負けを認めたらどうだ? 参りましたって……な!」
イツキはそう言うと、殴り掛かった際に受け止められ、ヒトキの手のひらに
再び彼めがけて
「――――っ!?」
瞬時に全てを察したヒトキが目を見張る。そんな僅かな隙すら逃さず、イツキの身体はバチバチと激しい雷光に包まれた。
自身を囲む水の球体、それが幾度となく破裂した事による水浸しの廊下や壁、逃げ場の無い屋内――そして、そんな空間に放たれる強力な電撃。答えは明白だった。
「はははッ! 今日こそ焼き鳥にしてやらぁ!」
勝ちを確信したのか、不良少年が楽しげに笑う。その様子は、既に勝ち負けなどどうでも良く、この戦いに
肌に触れる空気からも痺れるような感覚が伝わり、早くどうにかしろと決断を急かす。……しかし、教員の彼とて無策なわけではない。
「はあ……どうぞ? ――出来るものなら」
「…………あ?」
分かりやすく挑発に乗ったイツキの魔力が増幅する。ただでさえ激しかった
そんな雷の魔力と共鳴したのか、割れた窓からは不意に突風が入り込み、壁や床の水を巻き上げる。ヒトキは天災さながらのその惨状を前に、ただただ静かに、ある一点だけを見据えていた。
「――――食らえッ!」
十分な時間をかけて限界まで装填された魔力――暴風を
それは次の瞬間には突き当たりまで到達し、大きな爆発音と共に、レンガ造りの壁をいとも
衝撃の余波により、一帯は霞がかかったように白く煙っている。僅かに残された床の水溜りも電気を帯びて発光しており、その威力の高さを物語っていた。
そんな中、ある違和感に、イツキはゆっくりと周囲を見回す。
「…………?」
――そう、先ほどまで戦っていたはずの
あれだけの攻撃を受けて無事で済むとは考えにくい。しかし、
放った雷撃の横幅は廊下とほぼ同じだった上、この狭く開けた室内では、逃げ隠れ出来るような場所など無いように思えた。
咄嗟に教室にでも逃げ込んだのだろうか? そう考えたイツキは、魔力をほとんど使い果たしたことで脱力した身体を引きずり、フラフラとした足取りで窓ガラスの割れた
そして、彼が雷撃を放った方向へ向き直った、その直後。
「ぐぁ…………っ!?」
突然、首の後ろに鈍い衝撃を受ける。
完全に油断をしていた事と、立っているのもやっとな状態であった事が重なり、それが何なのかを確認する間も無く、そのまま意識を手放した。
「っと……」
支えを失った身体は硬く冷たい床に落下するかのように思われたが、前のめりに倒れ込むイツキをヒトキが片腕で受け止める。それから、ぐったりとして動かない少年の鼻付近に、空いている側の手の甲を軽くかざした。
息があることを確認すると、彼自身も張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、その場にへなへなと座り込んだ。
「し……ぬかと思った〜…………」
嵐が去り、ようやく静けさの訪れた校内の長い廊下で、問題児を腕の中に抱えた教員が力無く呟く声だけが響いた。
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