第15話
今年の年末は、亜希ちゃんの家で年越しすることに。3ヶ月ぶりの我が家って感じで、嬉しいと同時にほっとする。私のパジャマやお茶碗、箸も買ってくれていたのに、随分間が空いてしまった。私は、亜希ちゃんたちにお礼のプレゼントがしたくて、描いた絵をキーホルダーにできるサイトを見つけて、ピンクゴールドやシルバーで色違いのキーホルダーの制作をお願いしていた。4人だから、四葉のクローバーと、葉の一枚一枚に小人のような私たちが顔を出す絵。
納品されてきたものを見たら、想像以上でとても素敵。何でも初めてのことは不安が先にあって躊躇してしまう私だけれど、本当にやって良かった。それと、有名なケーキ屋さんのケーキも持って、大みそかに亜希ちゃんの家に向かった。
“おかえりなさーい”
玄関でお出迎え。
私も「ただいまー!」
と言って、みんなとハグをする。
心の底からの嬉しい安堵感。まだお母さんとお父さんに会うのは2回目なのに、元々の家族だったような気持ちになる。
ケーキを渡した時も「こんなに気を遣って」なんて言われなかった。
“わー!ありがとう。ご飯の後にいただきましょうね”
と、我が子が帰ってきたように接してくれることが、何よりも嬉しい。リビングに行くと、私が描いた5㎝角の油絵が窓際の壁に飾られていた。それ用に棚も作ってくれていて、インテリアのようになっている。
唯一ある、私の本当の家族の良い思い出。実の父母も、私の絵を喜んで飾ってくれていたっけ……。
お母さんが、私の背中に手を回して話す。
“私が見たいって言っていた、みなみちゃんの絵。願いを叶えてくれて、本当に嬉しかったわ。お弁当を開けるのがいつも楽しみなのよ。この棚が埋まる頃には、みなみちゃんも亜希もどうなってるのかしら。将来が楽しみよ!でもね、これをプレッシャーに感じちゃダメよ。新しい何かを見つけて、絵を描く事を辞めたくなったらいつでも辞めていいの。みなみちゃんは人に気を遣いすぎるから…。それが、あなたの良いところなんだけどね。やりたいことを思う存分楽しみなさい!二人とも、まだまだ若くて夢があって何だか羨ましいわー”
最初の方は、本当に下手で自分では恥ずかしい。そして、亜希ちゃんの恵まれた環境に嫉妬していたことも、同時に恥ずかしくなった。そして、もうすぐ30歳になる私を、「若いから羨ましい」だなんて…。私が気を遣いすぎるところも「良いところ」だなんて…。
自分で自分に植え付けてしまった劣等感は、違う視点から見れば“羨ましい”になったりもする。自分ではどうしても嫌いなところも、誰かは「良いところ」と思う。自分の思い込みの世界は、自分を傷つけるばかりだったと気が付いた。
夕飯は、またお母さんが豪華な手料理をめいっぱい準備してくれていた。
「ごめん笑。やっぱり作りすぎちゃった!」
4人では食べきれない量の料理が所狭しと並んでいた。私のお茶碗と箸。そして、亜希ちゃんと色違いのパジャマを着て夕飯を食べる。本当の姉妹みたいだねって言って、みんなでパシャパシャと写真を撮って楽しんだ。
私が作ったキーホルダーも渡す。
“いつもみなみちゃんは、私を掻き立てる!こういうのもやってみたい!!実は…、仕事を辞めて、グラフィックデザインの仕事一本に絞ろうと思ってるんだ”
突然の亜希ちゃんの告白。仕事も休みがちになっていたから、なんとなくは感じていた。とても寂しいけれど、絶対に亜希ちゃんなら大丈夫!私は喜んで応援をした。
「明日は、初詣に行こう!亜希ちゃんのこれからを神様にお願いしに行かなくちゃ!ね。みんなで行こう」
私の意見に、みんな喜んで賛成してくれた。早く寝ないとねと、12時を前に解散することに。お父さんは、まだまだ飲みたりなさそうだったけど、お母さんに叱られて渋々片付けの手伝いを始めた。
私たちは、亜希ちゃんの部屋に布団を引いて寝る準備をする。
亜希ちゃんの部屋は、この前来た時よりも仕事部屋って感じで、書類の束が沢山あった。
二人で布団を引き終わって、また亜希ちゃんのポートフォリオを見せてもらう。
“亜希ちゃんの絵、本当に好き。素敵な絵が増えたね。仕事辞めちゃうのは寂しいけど応援してる!正直、その才能が羨ましい。ちゃんと大学にも行ってるし、お客様もたくさん増えたんでしょう?自分の好きなことで食べていけるって、憧れるよ”
“前はさ、商業用のデザインばかりしていたんだよね。それしか出来ないと思っていたし、たくさんの人に見られるって、なんかかっこいいじゃん!って。でも、いざ仕事をしてみて自分の障害のせいで出来ないってなった時、正直耳が聞こえないことを恨みまくってたんだ。当たり前に出来る事が出来なくて、欠陥だらけの人間って感じでずっと苦しかった。PC開くのも嫌になってた。でも、みなみちゃんが自分の事を告白してくれて、辛い環境でも楽しそうに前進していく姿を見て、凄い!かっこいいって思ったの。今は、耳が聞こえないこともオープンにしているけど、そんなの関係なくデザインをお願いされる。「大好きな彼氏と別れたけど、仲が良かった頃の二人で笑っている絵が欲しい」とか「愛犬と家族の絵を描いて欲しい」とか。たくさんの人じゃなくて、誰かの心に残る絵が描けることがとても嬉しくて。そして、絵が届いた人から直筆で喜びの手紙が届いたりするの。不特定多数に喜ばれることばかり考えてた自分がバカみたいだって思った。これで食べていけないと途中で出来なくなっちゃうだろうから、ある程度はお金は必要だと思うけど。裕福になりたいとかじゃない。でも、本気でやりたいって思ったんだ。みなみちゃんが気付かせてくれたんだよ”
出会った頃の亜希ちゃんより、とてもしっかりした女性に成長していると感じた。そして、私の劣等感も嫉妬も焦燥感も、海斗さんが言っていたように成長の証なんだと、亜希ちゃんの言葉を聞いて、心の底から腑に落ちた。
“油絵教室で知り合った、これから美大を目指すレオっていう高校生がね、耳が聞こえないことを「良い機能だね」って言ってたんだ。嫌な事とか傷つく言葉は聞こえなくできる機能だって。私たち、人より機能が良いんだよ笑”
本当だ!と亜希ちゃんが大笑いしている。自分の力でどこまで出来るのかと肩に力が入っているように感じていた。きっと、仕事を辞める事も人一倍悩んだんだと思う。誰もが、初めての事はワクワクと同時に不安にもなるもの。天真爛漫な亜希ちゃんに戻って、私も一緒に笑った。
聞こえないけれど、除夜の鐘が、一つまたひとつと鳴っている時間。私と亜希ちゃんの煩悩も一つづつ浄化されていると感じていた。
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