第33話 みんなで喜びを分かち合う

 緑色が中心の色とりどりの野菜や、血の赤が新鮮な肉のかたまり、茶色とこげ茶色が多いキノコの山。

 バザールは、俺の心を浮き立たせるんだ、俺以外の人も同じなんだろう、すれ違う人の表情が熱をびている感じだ。


 大勢の人が作り出すこの熱気が好きなんだ、まるで町の心臓みたいじゃないか。

 ドクンドクンと絶えず動き、四方へ熱を送り出している。


 ただし今日の俺の目的は、バザールを探訪することじゃない、この町の名物である甘いお菓子を買うつもりなんだ。

 以前この町に滞在してた時、〈いろは〉に何回も買ってきたことがある、俺の中では実績があるお菓子だ。


 北側の入口近くに目当ての店があったはずだ、探しながら歩くと、プーンと甘い匂いが漂ってきた。

 〈クシュニーク〉という名前で、〈古都ダウラ〉の名物の一つらしい。

 筒状に焼いた薄いパンなんだが、筒の表面に砂糖がまぶされて、空洞の筒には甘いジャムがぶち込まれている。


 〈いろは〉は美味しいと言ってペロリと食べてしまうけど、俺は一口しか食べたことが無い。

 甘すぎて一口で十分なんだ、販売している店には悪いけど、これよりも隣で売っている素朴な味がするクッキーの方が百倍ましだと思う。


 「おはよう。 〈クシュニーク〉がほしいんだ」


 「あっ、お客さん、お久ぶりですね。 他の店に浮気してたんですか? 」


 はぁ、浮気ってなんだよ、人聞きの悪いことを言うな、ちょっとデリケートな言葉なんだよ。

 それにしても、よく俺の顔を覚えているよ、イケメンだからだろう。


 「浮気は絶対にしてないね。 南の方へ旅をしてたんだ」


 「ははっ、そうでしたか。 浮気じゃ無くて良かったです」


 もう浮気って言葉は止めようよ、聞くとなぜか心臓がピクンとしてしまう、俺は小心者なんだよ。


 「ははっ、はぁー、〈クシュニーク〉を17個ちょうだい」


 17個にしたのは、団員33人の半分ってことだ、33個にしなかったのは、さすがに多過ぎると思ったからだ。

 それ以外の理由はない。


 「はい、分かりました。 少々お待ちくださいね」


 若い女の店員が元気良く返事をして、お菓子を紙に包んでくれている、ハツラツとした動作が小気味いい。

 なんだこの感想は、いつから俺はおっさんになったんだ。


 それに少し前なら、店員の胸やお尻をジロジロ見てたはずだ、目の前で動いているんだからな。

 だけど、昨日二発出したから、ジロジロじゃなくてチラチラですんでいる。


 今後も継続して発散出来るため、心の余裕が生まれているんだな。

 俺の心はスケベが中心で回っているのか、自分でも少しどうかなと思う。


 「はい、17個もお買い上げありがとうございます。 持ちにくいですよね。 袋はいりますか? 有料ですけど」


 17個は持てなかったので、袋に入れてもらった粗末そまつな袋だったが、代金はお菓子5個分もする。

 ビニール袋がほぼ無料だった元の世界は、マジでありがたかったんだな、〈いろは〉がどうしても帰りたいという気持ちが良く分る。

 分かる部分が、ちょっとセコいけどな。


 拠点の荷運びの受付にやってきた、元ゴリゴリの剣士は、今日も足を引きずりながら、大きなハスキーボイスで、指示を出している。

 怒鳴っているようにも聞こえるが、そうじゃないと思う、たぶん。


 頑張っているな、半分以上筋肉のようだけど、おっぱいが大きい、そこも頑張っていると思う。


 「やあー、この前ぶりだな、〈イサ〉。 伝言をありがとう。 これはお礼なんだ」


 俺は元ゴリ剣士こと〈イサ〉に、17個の〈クシュニーク〉を差し出した。


 「あっ、ロバのあんちゃんか。 良い服を着てるから、見間違えたじゃないか。 それに気安く、あたいの名を呼ぶんじゃない」


 着てる服で顔が変わるって、そんなのおかしい。


 「いや、顔はそのままだよ。 いつもどおりのイケメンだろう? 」


 「けっ、昼間から寝言を言うなよ。 あっ、そうだ、いけねぇ。 あんたは〈いろは〉局長の旦那さんだったな。 あたいは育ちが悪くってよ、口が悪いのが治らないんだ、許してくれよ」


 「ははっ、気にするなって。 それより、甘いものは平気だったかな。 お礼は〈クシュニーク〉なんだよ」


 「平気もなにもあるかよ。 〈クシュニーク〉は大好物だ。 嫌いなヤツなんていないだろう? 」


 「俺は甘いものが苦手なんだ」


 「旦那さんは、やっぱ、おかしいんだな。 変わったお人だ」


 「いいや、俺は極めて普通の人間だ。 それは良いとして、好物で良かったよ。 17個あるから腹一杯食べてくれ」


 「ふふっ、17個は食べられないな。 ほら見てみろよ。 甘い匂いに釣られて、ジリジリとみんなが近づいて来てるだろう。一人で食ったら、総攻撃されちまうよ。 うちの団はみんなで喜びを分かち合うんだ」


 荷物の整理をしていた団員が、確かに俺と〈イサ〉を取り囲むように近づいてきている。

 〈クシュニーク〉くらい、いつでも買えるだろう、喜びってなんだ、大げさすぎるよ。

 それに仕事をサボって良いのか、まだ休憩時間じゃないはずだ。


 〈イサ〉はケラケラと笑っているが、俺は包囲される前に、さっさと逃げ出すことにする。

 理解出来ないから怖いんだよ。


 またバザールに戻り、辛い汁なし麺を汗が噴き出すのもかまわず食べた、たまに食べると本当に美味しいんだ、でも後で尻にくるのが難点である。

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