第12話  〈魚料理の宿スビエ〉

 「それは、〈魚鬼〉の肉を持っているからだよ」


 「なるほどな、少年は頭が良いな」


 「お父さんが漁師だったから、匂いで分かるんだ。 それと僕の名前は〈サニ〉って言うんだよ」


 「そうか。 それで〈サニ〉はどうして宿を聞いたんだ」


 「うちは民宿をやっているんだ。 お母さんが作ってくれる〈魚鬼〉料理は、すごく美味しんだよ」


 路上でマントを売っている変な子供だけど、〈サニ〉は俺が変質者になって困っていた時に、ただ一人声をかけて助けてくれた。

 

 一種の恩人だ。


 一晩くらい泊まってあげるのが、すじって言うものだろう、料理も美味しいらしいから問題は無い。


 「そうなのか。 それじゃ〈サニ〉のところへ泊まってみるか」


 「やったあー、こっちだよ、早く来て」


 んー、あまりにも〈サニ〉が嬉しそうだから、かなり心配になってしまう、どんな民宿なんだろう。



 〈魚料理の宿スビエ〉という看板が、かたむいたまま放置されている。

 〈スビエ〉って何の意味があるんだろう、平民は苗字が名乗れないはずだし、人の名前かな。


 連れてこられた〈サニ〉の民宿は、想像どおり問題だらけだった、それも一杯ある。

 まず建物がボロい、寝ている間に壊れても何も不思議じゃない、かなり危険な建物だと思う。

 歩くたびにギシギシって鳴るんだぞ。


 それに〈サニ〉のお母さんも、かなり危険だと思う。

 顔がやつれて土色になり、体もガリガリに痩せているため、一瞬ゾンビに見えてしまったほどだ。

 俺は吃驚びっくりして「ひゅぅ」と思わず小さく悲鳴をあげてしまったよ。


 宿の雰囲気も暗いし、着ている服もボロボロだから、そう思えるのはしょうがない。

 ザ貧乏がこの宿にはあ」れている感じだ、この親子はどんな暮らしをおくっているのか、想像も出来ないな。


 「あら、〈サニ〉、この方はお客様かしら」


 か細いけど、見かけよりは若い声だ、この世界は子供を産むのが早いから、俺と変わらない歳かもしれないな。


 「そうだよ、お母さん、うちに泊まってくれるんだ。 マントも買ってくれたんだよ」


 「あぁ、ありがとうございます。 古い宿ですが、掃除は行き届いております。 どうぞ中へ入ってください」


 お母さんが驚いているのがまた心配になる、俺はいつぶりの客なんだろう、数年は無かったんじゃないのかな。


 「マントを売ってもらって、こちらこそ助かりました。 俺の名前は〈ゆうま〉です。 一晩だけですけど、よろしくお願いします。 宿帳に書きましょうか」


 「私はこの宿のあるじで〈サト〉と申します。 それと宿帳なんですが、数年ぶりのお客様ですから、どこに片づけたのか…… 」


 うわぁ、〈サト〉さんは、話している途中で体力がつきたのか、床にへたり込んでしまったぞ。

 おいおい、この宿は大丈夫なのか、かなり大丈夫そうじゃないな。


 「あっ、お母さん。 マントが売れたお金で、スープを買ってくるね」


 〈サニ〉は、銅貨とコップを握りしめて、勢いよく外へ駆け出していった。

 〈サニ〉が直ぐに動いたのは、〈サト〉さんが倒れたのは初めてじゃないからだろう、原因が分かっているらしい。


 スープを買ってくるって事は、〈サト〉さんは空腹で動けないのか、いや、空腹を通りこして栄養失調寸前になっているんだろう。


 〈サニ〉もせているし、しっかりしている割に身長が低いのは、栄養が足りずに成長しきれなかった可能性もあるな。


 「はあ、はぁ、こんなことで、お客様すみません」


 「ははっ、良いんですよ。 しばらく休んでください」


 これは困ったぞ、俺はとんでもない親子に関わったみたいだ、違う宿にした方が絶対に良いと思う。

 でもな…… 。


 〈サニ〉が買ってきたスープを〈サト〉さんはゴクゴクと飲んで、少しはマシな体調になったらしい。


 ヨロヨロと立ち上がり台所でお湯をかして始めた、ただそのまきが変だ、どう見ても海に流れ着いた流木にしか見えない。

 木の根の部分なんだろう、ウネウネとしてひん曲がっているから、薪にするのは難しい形だ。

 海岸で拾ってきたに違いない、それも他の人が拾わなかったものだと思う。


 「お客様、お茶をれている間に、お部屋にご案内します」


 「お兄さん、こっちだよ」


 〈サニ〉に案内された部屋は、悪い部屋じゃ無かった、それどころかベッドとイスには色鮮やかなキルトがかけられている。

 大きな窓にかかっているカーテンは、黄色とオレンジが交互に使われたパッチワークで出来ていて、豪華とは言えないがとても暖かみがある。


 お日様の光がそれを通して、部屋の中で踊っているみたいだ、たぶん蜜柑色みかんいろをした光の妖精なんだろう。


 〈いろは〉に見せてみたいな、きっと気に入ると思う、〈これ良いよ、素敵〉と言いながら俺に抱き着いてくるぞ、きっと。


 「お兄さん、お茶を飲んでよ。 僕がんできた薬草なんだ」


 「おぉ、そうか。 今いくよ」


 「お茶が買えなくて、自家製の薬草しかないのですが…… 。 この薬草は心を落ち着ける効用があるのですよ」


 「ほぉ、そうなんですか。 ご馳走ちそうになります」


 ちょっぴり苦いハーブティーは、〈サト〉さんが言う効果があるのか、俺には分からないが、あると言っているんだから、あるんだろう。


 そんな気がする、〈サト〉さんは、俺と違って嘘をつくような人じゃない。

 子供に食べさせるため、体を壊してまで我慢が出来る人だから、そう思う。


 俺はこの親子に同情してしまったのだろうな。


 「ちょっと苦いでしょう」


 「そうですね。 ただ良薬は口に苦しと言いますから、薬草って感じですね」


 「それはそうです、ふふっ、薬草ですからね。 あと昼食と夕ご飯はどうされます。 料金はいただきますが、作る事は出来ます」


 〈サト〉さんが俺の目をじっと見ている、宿で食べてほしいんだな、その方がもうかるからな。


 「それじゃ、〈魚鬼〉を調理してもらっても良いですか。 後は、ん-、お金は出しますので、この町の名物を食べてみたいです」


 俺がこう言ったのは、同情だけじゃない、〈サト〉さんの目がとても綺麗だったからだ。

 苦しい中でも、真っ正直に生きている人だけが持てる美しさがある。


 そんな目が輝くのを見てみたいと思ったからだ。

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