第13話 服が笑っています

 「すみません。 気をつかわせてしまいましたね。 お恥ずかしい事です。 その代わり腕によりをかけて美味しいものを作ります」


 「はぁ、無理はしないでください。 普通で良いですから」


 張り切りすぎて、倒れたりされたら、こっちが困ってしまう。

 

 「そうはまいりませんわ。 〈魚鬼〉の料理ならまかせてください」


 〈サト〉さんにもプライドがあるのだろう、栄養が足らなくて痩せ過ぎの体から、負けてなるものかと気迫が伝わってくる。

 冒険者は鬼と名がつくものと戦うが、〈サト〉さんにとって宿の仕事がそうなんだ、ゆずれない矜持きょうじがそこにあるのだろう。


 「へぇー、それは楽しみですね。 あっ、そうだ。 このへんで服を売っている店はないですか」


 「うーん、このあたりには無いですね。 市場に行くしかないと思います。 そう言えばずっとマントを着られていますね。 おけしましょうか? 」


 「いゃあ、それがやぶけているんですよ」


 「まあ、それはお困りですね。 古くて変ですけど、主人の服で良ければ着られますか? 」


 変て、どういう事だろう、だけどビリビリになった物よりはマシに違いない、ここは甘えさせてもらおうか。


 「すみませんね」


 〈サト〉さんが持ってきてくれた服は、マント同じパッチワークで出来た物だった。

 ただし、マントと違い明るい色が使われている、かなり派手な服だと思う、サイズは少し小さめだが、何とか着られる。


 ただ、これは 〈サト〉さんが旦那さんのために、愛情を込めて一針一針縫ぬったった物のはずだ、俺が着ても良いんだろうか。


 「この服は手作りですよね。 旦那さんの、こんな良い服を借りても良いのですか? 」


 「そんな。 良い服では無いのですよ。 端切はぎれを縫っただけの物です。 それに主人は亡くなりましたから、もう着る人はいません。 もしよろしければ、もらってやってください。 そのほうが服も喜ぶと思います」


 服も喜ぶか、たぶん〈サト〉さんは、パッチワークで作った服が好きなんだな、デザインとかに自信を持っているんだと思う。

 俺はごちゃごちゃして派手だとしか思っていないけど。


 「良いんですか、こんな素敵な服をいただいて? 」


 「うふふっ、もちろんです。 私の服を評価していただいたんですもの。 服が笑っていますわ」


 服が笑うはずがないけど、〈サト〉さんは笑っているな、笑顔になると綺麗な人だと分かった。

 少しドキッしてしまう。


 「宿代がまだでしたね。 今払っておきます」


 「後でも良いのですが」


 「いやー、忘れっぽい性格なんですよ」


 俺は銀貨5枚を差し出した、三分の一でも十分のはずだけど、この親子がお腹一杯食べる姿を見たかったんだ。


 「えっ、こんなにいただけません」


 「ははっ、そんなもんですよ。 服代も入っていますし。 そうだ、〈サニ〉、市場へ案内してくれよ。 この町の名物が何か教えてほしいな」


 〈サト〉さんが、これ以上何か言ってこないうちに、外へ出かけることにしよう。

 一旦出したお金を、グチャグチャ言われるのは、俺のちっちゃな矜持が傷ついてしまう。


 「ふふっ、お兄ちゃん、僕に任せてよ。 バッチリ案内してあげるね」


 町の中心よりも少し海側に、〈ツィアの町〉の市場がある、バザールって言うヤツだな。

 大きな通りと交差する何本もの路地に、簡単な屋根をつけた露店がひしめき合っている。


 大勢の人が出す、喧騒けんそうと熱気に圧倒されてしまう、なんてエネルギッシュなんだ。


 露店に売られている、色鮮やかな野菜や果物、まだ血がしたたっている肉や新鮮な魚の数々に、眩暈めまいをおこしそうになる。


 色彩の氾濫はんらんだよ、なんて混沌こんとんとしているんだ。

 大量の視覚情報を、俺の脳が処理しきれない。


 「はぁー、こんなに混んでいるんだ。 これじゃ買えないよ」


 「ははっ、今日は特別混んでいるみたいだね。 たぶん、聖ラメンサ様のお祭礼だから、おそなえ物とか、ご馳走を買いに来ているんだと思うよ」


 聖ラメンサ様とは、確か大河〈ラメンサ〉の現身うつしみで、河の近くに住む人が信仰している女神様だったな。

 〈サニ〉の家は貧しいから、祭礼には無縁だったらしい。


 「へぇー、そうなのか。 それじゃ俺達もお供え物とご馳走を買ってみるか」


 「えっ、知らないの。 そっか、お兄さんも、子供の時にお祭礼が出来なかったんだね」


 〈サニ〉はなぜか同情してくれているが、単に異世界の風習に詳しくないだけなんだ。

 まあ、細かいことは放っておこう、それよりも、ご馳走の方が百倍大切だ。


 〈サニ〉に手を引かれて、俺が迷子にならないようにだ、人混みをヨタヨタとかき分けて目当ての露天を何個所かめぐった。

 もうこれは戦争だよ、ヘトヘトになってしまった。


 「あははっ、〈ゆうま〉はだらしないな。 このくらいで、へばってしまったの? 」


 んー、いつのまにか名前呼びに変わったな、俺に慣れてきたんだろう。


 「人ごみに酔ったんだ。 大勢の人は苦手なんだよ」


 「町の人じゃないんだね」


 「そうさ、俺は冒険者だからな。 人がいる場所には用がないのさ」


 「ふーん、そっか。 お供えも買ったし、ご馳走も買ったし、もう帰ろうよ。 お母さんがお昼を作って待っていると思う」

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