第6話   安威本、武知の諸事情

 安威本は運転手の手首をガムテープで拘束したあと、運転手のジャケットの内ポケットに、用意した紙片をねじ込んだ。


 紙片には、中国マフィア〝神龍〟のボス黄志明うぉんしみん名義で「月子は預かった」という明朝体の文字が打たれていた。


 意識のない男の体を坂から下に蹴り落とすと、男の体は面白いように転がって、三メートルほど下の側溝にスッポリはまり込んだ。


「最初の一歩は大成功だ。警部の椅子は、もう目の前だ」

 武知が白い歯を見せた。


「もともとオレたちの〝察官人生〟は順風満帆の滑り出しだった。またエリート・コースに戻るんだ。な、タケ」

 安威本は親指を立てた。



 安威本も武知も、大学卒業後、国家公務員Ⅱ種合格。〝準キャリア〟で採用された。

 準キャリは中堅幹部候補なので、いきなり巡査部長である。


 巡査部長は交番なら交番長、所轄でも主任職。

 給与も巡査より一万円前後の一号俸多い。


 入庁時点でいきなり警部補というⅠ種合格の〝キャリア〟は別格として、一般の警察官の中で〝準キャリア〟は、エリートである。

 二人の警察官生活は、巡査部長昇格という、一山クリアーしたところから始まっていたのだが……。


 武知は、安威本からガムテープを受け取った。


「オレたち、三十五にもなるのに、巡査部長のままなんて、どうにもカッコがつかないからな」


 武知は、月子の体を素早くガムテープでぐるぐる巻きにしはじめた。

 手際が良い。

 剛毛の生えた熊のようにごつい手は、見かけより器用だ。


「アイもオレも、警部補、警部へと、ドンドン、出世できるはずが、現実は甘くなかったよな」


 二人は浪速大でともに空手部所属だった。

 お互い刑事志望ということで意気投合し、四年になって、学外の専門学校の〝地方上級・国家Ⅱ種合格コース〟に通った結果、奇跡的に一発合格にこぎつけた。


「二人とも、あそこで燃え尽きたんだよな。ペーパーテストはもうまっぴらだ。参考書を見ただけでヘドが出らぁ」

 安威本は、地面を蹴った。

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