第7話   暴力団担当四課の刑事の矜持?

 安威本はセルシオのトランクを開けた。


「好きな刑事の仕事さえしていたら満足だった。『生涯〝一刑事でか』とイキがっていたけど、三十五になる今になって、焦っちまったんだよな」


 武知がセルシオのトランクから要らないものを放りだす。

 工具やらウェスやらが土手下に散乱する。


「ノンキャリでも、三十くらいで巡査部長に昇任する。同期に、追いつかれちまった。それどころか、追い抜いて、警部補になっている奴もいる」


「だから、大手柄を立てて〝特進〟するしかないわけだ。また前のように大きな顔をしてやるんだ」


 武知が、薄笑いを浮かべながら、月子の華奢な体をヒョイとつまみ上げ、セルシオのトランクに放り込んだ。


「ペーパーテストで昇進するより、実績で勝負だ。刑事は刑事らしい昇進の仕方をしなきゃな」 

 安威本の心も熱くなる。


 パトカーのトランクを開けた。

 中には、ケース買いした液体洗剤と、ダンボール箱二つ入っている。

 他に古びた旅行用カバンが二つ。


「タケ、警部は、察官全体のたった五パーセントほどだ。警部に昇進したら、大いばりよな」

 捕らぬ狸の皮を勘定して口もともほころぶ。


 武知が、洗剤の入ったダンボール箱を軽々と手渡してきた。


「趣味と実益で一石二鳥てこのことだ。なあタケ」

 言いながら、セルシオの後部座席の足下に箱を突っ込む。


「オレたちの共通の趣味は〝暴力〟だ。暴力を使って出世するとは、美味し過ぎるだろ」

 右の口角だけ吊り上げた武知が、他のダンボール箱を手渡してきた。


「オレたちは、有り余っている闘争本能の捌け口に警察を選んだ。合法的に暴力を行使できる〝天国〟だからな」


 二人そろって暴力団担当の四課を選んだ理由は、〝気持ちよく〟有形力を行使できるからだ。


 一課は、殺人や強盗を扱うので、新聞にも大きく取り上げられて派手なようだが、犯人が絶対的な〝悪〟とは限らない。


 被疑者の動機に、大いに同情の余地があったり、精神的に病んでいたり。

 しかも逮捕時に相手が抵抗しなければ、制圧と称して暴力をふるうことも出来ない。


 だが、ヤクザ相手では違う。


 暴力団にほんのこれっぽっちも理はない。

 擁護するものは居ない。

 世間の誰もが納得してくれる恰好の攻撃目標だった。


「オレはあいつら全員をぶち殺したい。そうだろ。タケ」


 存分に暴力をふるえるときの快感は、何ものにも替え難い。


 いつも、体中を熱い血潮が駆け巡り、居ても立ってもいられなくなる。


 セックスよりも暴力。

 三度の飯より暴力。


 人生における快楽のトップは暴力という二人だった。 


 絶倫男の武知は少し違うにしろ、少なくとも安威本は暴力至上主義である。


 大きな悪、しかも弁明の余地のない悪。

 そういう悪を徹底的に叩き潰すことこにこそ、カタルシスを感じることができた。

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