第5話 伊川の“女”誘拐作戦決行
堤防の上を小さな光がこちらに向かって来る。
ライトの間隔や高さからいって乗用車だ。
「来たぞ。タケ。いよいよゲームスタートだ」
安威本は根元まで吸い切ったタバコを地面に投げ捨て、靴で揉み消した。
ヘルメットの紐を締めなおす。
計画が成功すれば、世界は一変する。
安威本は武者震いを感じていた。
「いよいよ一世一代の大博打の始まりだ。警部さま昇進だ」
武知は艶々したオールバックの髪をサッと撫でつけてから、ヘルメットをかぶった。
赤色燈を点灯し、のっそりと車を下りる。
「このゲームを決めて、一気に出世だ。な、タケ」
安威本は肩にかけた懐中電灯のスイッチを入れた。
「特進。特進。万年巡査部長は卒業だ。クク。警部になってこれ以上女にモテたら、体がもたんな」
武知が口辺をゆがめて笑う。
「明日、本郷組組長の葬式があるだろ。全国の大物親分が全員集まると、うちの課長は増員をかけて張りきっているけど、伊川だけは、間違いなく、〝都合により欠席〟だな。ククク」
車はさらに接近してきた。
ナンバーに間違いない。
月子が乗った三代目セルシオ後期型だった。
安威本は走ってくるセルシオに警笛を吹き、停車させた。
赤く光って点滅する検問停止棒で、脇道へと誘導する。
おもむろに運転席に近寄って、ガラスをコツコツとノックした。
暗い中、ヘルメットにサングラスである。
肩に付けた懐中電灯は相手に向いているので、逆光になる。
顔は判別できないはずだが、安威本は、街灯の光の陰に入るよう心がけた。
「お急ぎのところ、すみません。検問です。免許証をお願いします」
安威本の言葉に、髪を短く刈り込んだ三十男が窓を開けた。
「検問ですか。ご苦労さまです。けど……残念ながら一滴も飲んでいませんし、違反もなーんにもしていませんけどねえ」
ヤクザらしい、ねばっこい口調である。
肌荒れした四角い顔が、小ばかにしたような薄ら笑いを浮かべている。
男が免許証を出そうと、ジャケットの胸ポケットをまさぐった瞬間。
後ろに隠し持っていたスタンガンのスイッチをオンにした。
安全装置は既に外してある。
威嚇するような派手な音と、目を射るストロボの閃光。
男は驚き、反射的に逃げようとするが、シートベルトが阻止した。
「逃がすか。死ね」
男の首筋にスタンガンを押し付けた。
「ケケッ。物騒なものが、簡単に買えるってのは、怖いな」
安威本は、スタンガンを、さらに押しつけた。
暴力団からの押収品の中から無断で拝借してきた百十万ボルトの超強力タイプである。
「くたばりやがれ」
安威本は百十万ボルトを、運転手の首元にぐいぐい喰いこませた。
押し付けるほど効果がある。
後部座席に居た月子は、飛び上がり、悲鳴を上げた。
声はかすれ、怪鳥の鳴き声のようだった。
月子がすばやくドアを開け、車外に転がり出る。
いざとなれば、男の本性が出るらしい。
「おっと。逃がさんぞ」
武知のほうがさらに早かった。
月子の腕をつかむ。
ごつい体で、車のボディとの間に挟みこんで動けなくした。
月子の顔が恐怖で歪む。
車のルーフ越しに、スタンガンを放り投げた。
武知が巧みにキャッチし、月子の右脇腹に、グイと押し当てる。
月子は壊れた人形のようにぶっ倒れた。
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