第4話 安威本祥一と武知智両刑事の野望
伊川と日向が本部事務所に到着するより、三十分ほど前だった。
O市西淀川区姫島から福町あたり、淀川の堤防に繋がる坂道に、パトカーが一台、駐まっていた。
赤色燈は点灯していない。
大阪府警交通機動隊の制服警官がひとり、パトカーの天井に肘を乗せ、だるそうに立って、道路の後方、はるか彼方の闇を凝視している。
「遅い。何をしてやがるんだ。しょっぱなから縁起が悪いな」
交機(交通機動隊)の制服を着込んだ、安威本祥一は、顔をしかめながらタバコに火を点けた。
借り物の制服は身に合わず、胸の辺りが窮屈である。
警官の服装でなければ、その筋の人間が、追い込みをかける相手を待ち伏せしているとでも思われるだろう。
「禁煙を二ヶ月も続けられたのに、今朝、破っちまった。またヘビースモーカーに逆戻りだ。肺ガン一直線だな」
安威本は闇の中にタバコの煙を大量に送り出した。
身長百七十五センチ、鍛えあげた厚い胸板、均整の取れた肉体は、瞬発力が〝売り〟である。
チャームポイントのサングラスの奥の瞳からは、剥き出しの闘志が窺える。
安威本が立つ堤防の河川側は、単調なコンクリートの護岸が延々と続いていた。
町側に目を転ずると、眼下に灰色に沈んだ陰鬱な町並みがひろがっている。
安威本はせわしなくタバコをふかせた。
五キロも南西に向えば、大阪一の観光スポット、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)がある。城のようなホテルも聳え立っている。
だが、華やかな一画以外、灰色の町だった。
「なぁ、アイ。これが成功すれば、オレたち警部補を通り越して警部に特進だな」
武知智がパトカーの運転席から、ぬっと顔を覗かせた。
ドスの利いた、かすれ声で、いつも口をゆがめて話す癖がある。
武知は典型的なハンサムだが、優男ではない。
身長百八十七センチで、安威本よりさらにごつい体は、動く凶器だ。
安威本も武知も大阪府警察本部刑事部捜査四課、ヤクザ真っ青な強面ばかりで構成される通称〝マル暴〟の部長刑事だった。
ミナミを歩けば、ヤクザと間違えられ、あたふたと道を空けられる迷コンビである。
真下に見える古道具屋の店先の灯が消えた。
古い町だけに、早寝早起きの老人所帯が多く、既に消灯している家も多い。
安威本は時計を見た。
時刻は午後十時四十分きっかりである。
ターゲットは月子。
北で有名なゲイバー〝オリーブ〟の売れっ子である。
ちなみに本名は、妹尾雄太というらしい。
「月子は、モデルみたいなイイ〝女〟だな。肌もそこいらの女と比べ物にならねえ」
女に目が無い武知からすれば、女の形をしていれば、立派に〝守備範囲〟らしい。
「マブいのは整形しているからだ。肌がキレイなのも、金をかけて毎日エステ通いしているからだろ」
安威本はそんな人工的産物に何の興味もなかった。
化粧の化けものには生理的嫌悪すら感じてしまう。
「なにしろ月子は、広域暴力団神姫会二次団体、伊川組組長、伊川一博さまの〝女〟だから、お手当てをたっぷりもらっているんだ」
ヤクザは、堅気から搾り取った金で、女にもケタ違いな贅沢をさせている。
安威本は(アオキで、二着いくらの背広を買うようになってから何年だろう)と我が身に引き比べた。
「いくら調べても、他に女はいない。よほど月子にぞっこんなんだな。その値打ちがある“女”だ。うん」
武知は自分で言って自分で相槌を打った。
「まがい物の女とセックスかよ。ぞっとするな」
「伊川は極道に似合わず、華奢で女みたいな男だ。オレが思うにはな、アイ。伊川は、度を超したナルシストなんだ。自分が好きでたまらないから、自分に似た〝女〟がいいんだ。自分で自分を抱いているわけだ」
武知の説は、妙に説得力があった。
「キモッ」
安威本は道路に唾を吐いた。
「ともかく……月子がここを通って、自分の家に送ってもらっていることだけは、確かだ」
毎週日曜と木曜、S市内にあるマンションで〝お勤め〟をした帰途、月子は判で押したように、午後十時四十分前後に堤防を通る。
「とにかく待つだけだ」
「ああ」
安威本と武知はうなずき合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます