第3話   本部事務所への帰投

 道は車作高橋でY字状に分岐する。

 伊川らの車列は府道四六号線をさらに北上した。


 

 突然、伊川の携帯が、着信を告げた。


 音色は、八十~九十年代に活躍したアメリカのバンド、ニルヴァーナの代表曲〝スメルズ・ライク・ティーンスピリット〟をダウンロードしたものだった。


「――――」

 携帯を開けたとき、電話は既に切れていた。


「なんだよ」

 伊川は舌打ちした。


「組長に直に電話とは、いったい誰ですかね」

 日向が、前を向いたまま、ミラー越しに、伊川の目を見た。


 伊川の携帯に直接、コールする者は、目の前にいる日向以外、存在しない。

 伊川への用件は、秘書役である日向から上奏される習わしになっていた。


「月子を送って行った運転手からだ」

 伊川は携帯を胸ポケットにしまった。


「ふっ。月子さんを乗せて、事故に遭ったとか? そりゃ、月子さんは、偉大な組長さまの〝女〟ですからね。運転手は泡を食ってるでしょう」

 日向は鼻で笑った。


「ここから先の山中は圏外だ。もう五分もしないうちに本部事務所に着く。またかけてくるだろ。どのみち、月子絡みなら、どうでもいい話だ」

 伊川は車のシートに深く腰を押しつけた。



 再び闇の世界になった。

 車のライトに木々の影が次々浮かんでは消え去ってゆく。


 行く手に採石場の無粋な禿山が姿を現した。

 本部事務所は、採石場の三百メートル北、T市と京都府K市に接する山間の地にある。

 一~二分で到着予定だった。


「組はオヤジの代からは考えられないくらい大きくなった。構成員も十倍以上に増えて、五百十二人だ。旧市街に組事務所兼自宅しかなかったが、S市新在家、大阪市生野区、S市千里丘中にも事務所ができた。もっともっと増やそう。な、日向」


「組長、わたしは組長のためなら、いくらでも頑張ります」

 日向が力強く応える。


 中国語の標準語、広東語ともに堪能な日向は、いわゆる中国マフィアと呼ばれる連中とも親しく、覚せい剤や銃の仕入れを一手に采配していた。


(気に入らないところもあるが、日向はオレの夢を実現させてくれる男だ。しっかり働かせるため、〝体〟でつなぎ止めるのも、この際、やむなしか)

 伊川は、闇を見透かした。


「よろしく頼むぞ。日向」

 伊川はバックミラーを介して、日向と視線を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る