第5話 デジャブ?

 声が遠のき、木々の中で一人になる。


 第一ポイントは、スタート地点から道なりに谷を上がったところ。最初に現れる分岐。先輩たちが他チームと差をつけてくれた。こちらが有利な状況だ。焦ることは無い。自分を落ち着かせる。


 まずはまっすぐ登山道に沿って走る。巨岩と小さな滝が現れる。地図には『源氏の滝』とある。滝の脇に石段があって、登るとお堂が現れる。地図では卍マーク。開けた明るい道を走る。傾斜はきつくない。まだほかのチームの気配はない。送電線が頭上でクロスする。そこから道はゆるやかに右へ曲がっていく。右、右……。


「――あった!」


 そうこうしているうちに、一つ目のポイントを見つける。右手の尾根にとりつくための分岐から少しそれたところ。木々の間から、白と橙の三角柱が見えた――が、別のものも見えた!


「やぁ」

「なんで藍ちゃんがここにぃいいいいいい⁉」


 絶叫する。あたしより数歩先に第一ポイントへたどり着いたのは、白いノースリーブ。帝王寺中一年・広瀬藍ちゃんだった。デジャブか? 背後に気配は無かったはず。てっきり、もっと後ろにいるからだと思っていたが……。


「天気がいいからね、上を向いて走ってきたよ」


 藍ちゃんは爽やかな笑顔をこっちへよこし、すぐさまあたしに背を向けて走りはじめる。ショートボブの毛先が揺れる。見上げると、木々の間から送電線が見える。おそらく藍ちゃんは頭上の送電線でおよその距離を測って一直線に道なき道を走ってきたのだ。


「くそっ!」


 あたしもすぐに第一ポイントのコントロールユニットにカードをかざし、彼女の背中を追う。第一ポイントで逆転されてしまったという結果は、スタート兼ゴール地点にいる先輩たちにも知られてしまっているはずだ。失望、されただろうか? 暗いイメージが浮かぶ。模擬戦の時と同じことが起こっている。それぞれの先輩と修業し、頑張ってきた。風子先輩と基礎体力訓練。燐先輩と読図訓練。卓美先輩と鬼ごっこ訓練(?)。


 今日、その先輩たちが他のチームに差をつけてくれた。それが、たった数分で、崩れた。あたしが、台無しにした……。


「うわぁあああああああああああああ」


 一人で悲鳴を上げる。


「――オラァ!」


 その後、気合とともに自分で自分の頬をビンタする。ママにも打たれたことないのに! 自分で! パシコーンという小気味良い音が響く。小鳥たちもビビッて一瞬振り返ったほど。


「まだ……まだ――負けてない!」


 小さな声でつぶやく。自分に言い聞かせる。走馬灯見てる場合じゃなかった。こんなところで諦めては、先輩たちに会わせる顔がない。


 沢沿いの道に戻り、息を整えながら、一瞬地図に目を通す。第二ポイントへ行くには、この道を通るしかない。ただ、この道は細くて狭い。たとえあたしに上りで藍ちゃんに追いつく脚力があったとしても(もちろん実際には無いが)、追い抜きが困難だ。おそらく藍ちゃんはそこまで見越して、第一ポイントへのわずかな距離で仕掛けてきた――そしてここで、一気にあたしを突き放すつもりなのだ。


「すぅー、はぁー」


 考えたって仕方がない。今は追いかけないと。


 第二ポイントはこの沢の出どころである池のほとり。つまり水の流れをたどっていくのが最短ルートであり、迷いようもない。濡れた道を走り、橋の下を通る。橋の上は車道らしい。通り過ぎると一気に視界が広がる。斜面を駆けあがるとウシガエルの声が響く池に出る。


「おっ」


 爽やかな笑顔とすれ違う。第二チェックポイントにカードをかざして、すぐに彼女を追う。


「待てコラ」


 卓美先輩に影響されたのか、口が少々悪くなる。


 次のチェックポイントは交野山山頂。めちゃわかりやすい。単純に登りの体力を試される区間だ。池を後にして、現れた車道を安全第一で横切ると、尾根道に入る。一段、一段、踏み出す。心が急く。身体は悲鳴を上げる。なかなか距離は縮まらない。ぶるぶる頭を振って、雑念を追い払う。マイペースだ、マイペース。姿勢は、風子先輩の背中を意識する。背中に一本の棒を入れたイメージ。体重移動はバランス良く。速すぎもせず、遅すぎもせず、止まらず、一定のペースで。


 気がつけば、視界が開けていた。なだらかになった尾根道を、藍ちゃんが走っていくのが見えた――よかった。まだそんなに離されたわけじゃない! 額の汗を腕で拭い、生まれたての小鹿みたいに震える自分の脚を、その拳でぶん殴る。もうちょい頑張ってくれよ、あたしの脚!


 暑い、汗とか土とか汚い、お風呂入りたい、ベッドで寝たい……初めて山に登った時に感じたネガティブな感情たち。それが今はまったく出てこない。血液が沸騰しているみたいに、身体が熱い。蒸気が出ている気がする。汗でも涙でも、出たければ好きなだけ出ればいい。泥だらけになっても――今は勝ちたい! 負けたくない!

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