第4話 木々の疾風

「あの二人って、どういう関係なんだろう?」


 二人が出発してから、あたしは準備体操しつつ、緊張感に打ち震えつつ、ふとそんなことを漏らす。


「新聞部データベースによると、因縁の関係とあるね」


 畷くんが応答する。なんかそこだけ情報薄すぎない? というかそれ、情報源あたしでは? あの日の昼休みから更新されてないな。


「小学生のときに、二人とも地域の陸上クラブに入ってたって言ってたけど」


 風子先輩による追加情報。


「二人とも……?」


 卓美先輩が陸上をやっていたっていうのは、何度か聞いたけれど、持田先輩もいっしょだったとは。なんでまた二人ともオリエンに転身したのだろう? これは――怪しい!


「片思い……やろなぁ」


 これまた風子先輩だ。


「どっ、どどどどど、どういうことですか?」

「持田さんはな、卓美がオリエンやるってゆうたから、自分もオリエン部に入ったらしいねん」


 すっかり体力回復したらしい風子先輩は、意味深な笑みとともに、そんなことを言う。


「それで帝王寺中学の四天王……しかもそのトップになるなんて、生半可な努力ではできなかったでしょうね」


 畷くんの補足が入る。


「陸上の時は、持田さん、一度も卓美には勝てなかったと聞きます。まぁ、卓美情報なので誇張かもしれませんが」


 息の整いつつある燐先輩が入ってくる。


「それで、『片思い』ですか」


 ただ勝ちたいがために陸上からオリエンまで追いかけてくるなんて、暑苦しい片思いもあったものだ。


「それだけかなぁ……?」


 風子先輩の表情が気にかかったが、そこに本田先生の声が割って入る。


「楠木中、第二ポイント通過!」

「え、はや!」


 思わず叫ぶ。だってついさっき出発したと思っていたのに、いつの間にか第二ポイント。第一ポイントの通過聞いてなかった……。


「で?」


 あたしは新聞部一年生に向かい合う。


「『で』とは?」


 キョトンとする畷くん。


「だから、卓美先輩にもあるんでしょ? 恥ずかしい二つ名みたいなやつ」

「よう聞いてくれました。木村卓美先輩は、とにかく速い。とにかく猛スピードで道なき道を突き進むことから、『木々の疾風オフロードスプリンター』と呼ばれているッ‼」

「――『木々の疾風オフロードスプリンター』⁉」


 ふーん、いいじゃん。


「楠木、帝王寺、同時に第三ポイント通過!」


 あれ?


「追いつかれちゃってますけど!?」


 かっちょいい二つ名はどうした?


「あちゃー」


 と風子先輩。


「やってしまいましたね」


 やれやれ、と燐先輩。


「作戦失敗ってことですか?」


 ぶっちぎりの一位で戻ってきてもらわないと、アンカーはあたしなのに! 部長だし、イケメンだから、勝手にめちゃくちゃすごい人なんだと思っていたけど、実はそんなに……なのか?


「まぁ、たぶん大丈夫やで」

「卓美は、追いつめられた方が速くなりますから」

「え……?」


 先輩たちの謎コメントにポカンとしたその瞬間。


「楠木中第四ポイント通過――第四走者、準備してください」


 本田先生のアナウンス。


「ほんとだ……」


 第四ポイントは卓美先輩が先に通過。さっきの失礼な思考は取り下げ。さすがあたしの卓美先輩。


 いよいよだ。深呼吸する。一か月ちょいの修業を思い出せ。学んだことを、今度こそ活かすんだ。自分に言い聞かせる。風子先輩と燐先輩が、あたしのそばに立った。


「ファイトやで!」

「落ち着いて。大丈夫です」


 木陰から、卓美先輩が現れる。相変わらずのスピードでこちらへ向かってくる。あたしは、身体を前へ向ける。顔と右手は後方へ。


「おっしゃぁあああああ! 行け、天‼」


 風子先輩、燐先輩、卓美先輩から、今あたしの手に、バトンが受け渡される――

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