第12話 バッドエンド三人衆同時攻略ハーレムルート縛られプレイ初日

 マグノリアとノエルとアイビーのルートに入ってしまった。


(悪夢だ)


 もう何が何だかわからない。

 ダンジョンボス一体撃破の報酬にしては破格すぎるしいらなすぎる。

 というかこんな簡単にルートって入ってしまうものなのか?


(もうちょっと時間かかるもんだろ普通はぁ……!)


 『尻ア』ヒロインズのルート分岐は、本来なら共通ルートである一章が終わってから始まる。それ以前はある程度の好感度を稼げたりはするものの、本格的にルートが確定するのは二章の開始以降のはずだ。……はずなんですけどね。


「カルマ様ぁー、ご飯ができましたよぉー」


 そんな悪夢の一日を越え、翌朝。


 呑気な声に呼ばれてダイニングに向かうと、メイド服を着た美少女が二人いた。澄ました顔だがあぶなっかしい手つきで料理を運ぶ白髪のメイドと、不安そうな表情でそれを見守りつつ自身は手慣れた様子でテーブルを片付けるグレーの髪のメイド。


 本編を知っていると違和感しかない光景にもう薄っすら意識が遠くなる。

 その原因である主人公絶対殺すマン、兼、新人メイドことノエルが俺に気づいて控えめな笑みを浮かべた。


「お、おはようございます。ご主人様……」

「……おーん」


 囁くような挨拶に曖昧な返事をする。

 違和感がすごい。原作にもノエルがメイドになるルートなんて無かった。お前アサシンだろ。毒殺目的以外でその服着ることあるのかよ。


 隣ではなぜかシーラが得意げな顔をしていた。


「おはようございますカルマ様。どうぞお食べください。今日の料理は自信作ですよ」

「シーラが作ったのか?」

「いえ。私の指示を受けたノエルです」


 じゃあその得意げな顔はなに?

 今日並んでいるのはホテルで出てくるような朝食だった。クロワッサンのようなパンがあり、他に卵やサラダや湯気を立てている暖かそうなスープもある。昨日も結局ノエルの料理を頂くことになったが、とんでもなく美味しかった。


 スープを飲もうとしたら、背後から「あ……」と小さい声が聞こえる。ちらっと見るとノエルが期待と不安がない混ぜの目で見つめてきていた。……重い。食事のたびにこの視線を受けてたら食べづらいことこの上ない。

 でも作ってもらったのに食べないわけにもな……。


 スープから一口すくって口へ運び――、


「う、美味ぁ……っ!」

「ほ、本当ですか! えへへ……嬉しいです」

「よかったですねノエル。体は私が、胃袋はノエルが捕まえておきましょう」


 つい感想が口をついて出てしまって、ノエルが手を合わせて喜んでいた。シーラの言っていることはよくわからないので華麗にスルーだ。お前にいつ体を捕まえられた。


 しかしノエルを喜ばせるのにも注意しなければならない。下手に好感度を上げたらバッドエンドが近づくのだ。かといって好感度を下げるような行動も怖い。一挙手一投足にビビってしまう。ノエルにの判断を下されたらデスまっしぐらなのだ。今はと勘違いさせたまま関係を維持するしかない。


「……そういえばノエル、お前ここにいていいのか?」

「ど、どういうことでしょう」

「一人で他人の家に泊まったら誰か心配するだろ?」

「そんな……」


 言葉が止まったのでなんだと思って顔を上げたら、ノエルがじーっと俺を見つめていた。


「私の心配だなんて……やはりご主人様はいいひと……」

「い、いや……まぁいや……」


 好感度が上がる幻聴が聞こえる。肯定も否定もしづらい。一般人にこのややこしいコミュニケーションは難しすぎる。


「朝からここに来るのって大変じゃないの?」

「大丈夫です。昨日はありがたいことに……シーラ先輩のお部屋に泊めていただいたので」

「……え?」

「ええ。私が泊めました」


 挙手したシーラが、もう片方の手を頬に当てて目を伏せる。


「とても有意義な時間でした。いいですねカルマ様、慕ってくれる後輩というのは……」


 やたら肌がつやつやしてると思ったがそういう理由なのか。なぜか二人は相性が良いらしい。やってくれたな。これではノエルに帰れとも言えないし、いざという時シーラに追い出せとも言いづらくなってしまった。


「ノエルちゃんにはいつでもお部屋を一つ使ってもいいと言ってあります。我が家のカスメイド共は消え去りやがりましたからね。お部屋は大量に空いているのです」


 どうですか仕事しましたよ、とふんふん鼻息を荒くするシーラに俺はどんよりした目を向けた。お前、何してくれとんねん。何もせずとも悪化していく状況に鈍い胃の痛みを感じていたら、そんなシーラがふと何かを手渡してくる。


「あ、そういえばカルマ様、お手紙が届いていましたよ」

「手紙?」

「学園からだそうです」


 巻物形式で謎に高級感のある手紙である。開いてみると、『やあ少年。リステリア魔法学園の学園長セシリアと言う。孫から君のことを聞いた。ぜひ婿として迎え』と書かれていたのでそこまで読んで止めた。見なかったことにしよう。


 一個わかるのは、俺の知らぬ間にどんどん外堀が埋まっていってるということだ。


 ああ、胃が。


「……とりあえず二人とも、食事がまだだったら一緒に食べてくれ。見られてると居心地悪いし」

「そうですか、では遠慮なく」

「し、失礼します……!」


 三人でもぐもぐ朝食をとりつつ、今後のことを考える。


 俺はバッドエンド三人衆同時攻略ハーレムルートに入ってしまった。考え得る限り最悪に近い流れである。『尻ア』のプレイヤーに聞いたら大体が無理ゲーと言うであろう。縛りプレイにしても縛りすぎてる。絶対ドMタグの烙印を押されるレベルだ。


 けど、希望はある。


 ルートに入ったとはいえ、まだそれぞれの個別イベントまで話は進んでいないのだ。フラグが立つのは個別イベントの経由が絶対必要なのだ。そもそも本編すら始まっていないし、物理的に開始できないイベントもあるだろう。なら挽回のチャンスはそれなりにある……はずだ。


 俺がやるべきは出来るだけ個別ルートを進めないこと。

 ただそうすると――間違いなく天敵となる奴が一人いる。 


 そう思った瞬間に、死神のベルのようなノックが鳴った。


「やあカルマ! 怪我の調子は良さそうだな!」


 突然の来客にシーラとノエルが目を瞠っている。

 俺はなんとなくそんな予感がしたのでただがくりと肩を落とした。

 やっぱりまずはお前が来るよなぁ!


「えー、どうしたんだマグノリア」

「うむ。今日はいい天気だったのでな。カルマを誘いに来た」

「ちなみに、どこへ……?」


 マグノリアが晴れやかな笑顔で言った。


「もちろん、修行だ!」

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