第11話 不法侵入はヒロインの特権

 『尻ア』のワンシーンに、ノエルが不法侵入してくるシーンがあった。


 それはノエルが主人公に対して、か見極めるために始まるシーンだ。そのためノエルは家に監視に入るのだが、主人公は丁度風邪をひいて寝込んでいた。手を出す事は監視失格だと思いつつも、なぜだか胸が疼いて寝込む主人公を看病してしまう。そんなちょっとエモーショナルなイベントである。


「うう……まさか見破られるなんて……」


 本来なら侵入時点では主人公に正体は気づかれず、後々になって『ノエル……お前だったのか。あの時看病してくれたのは』と判明するイベントだ。しかし悠長にフラグが立つのを見逃すわけにはいかない。ここはシナリオ通りに進まないよう、きちんと指摘させてもらう。


「どうしてうちにいたんだ? ノエル」

「その……お怪我をされてて……心配で……」

「それだけじゃないだろ?」


 息を呑むノエル。うんうんそうだよね。、ノエルは俺がどちらなのかきっと判断を付けようとしている。今はまだ判断中という所だろう。原作主人公なら何もなくてもいいひとになるのだろうが、俺は怪しい。わるいひとになる前に、先に回答は渡しておくべきだ。


 渡すべき回答、それは。


(いいひとでもわるいひとでもない。……普通の人間だ)


 面白味の無いこの回答が正解である。


 原作でも【僕は普通のひとだよ】と言う選択肢として出てくるが、実は選ぶとノエルのルートはお別れエンドで終了する。あくまでノエルの世界にはしかいないのである。それ以外は有象無象として存在は薄れていく。なので早めにノエルとの関係は断てるはず……。


「そう、なんです。実は」

「うんうん」

「わ、わたし、あなたにお仕えしたくて」

「うんう……えっ?」


 のはずだったのに、思わぬ事を言われて頭に浮かべた言葉が全部飛んだ。


「お、お仕え? お仕えって何?」

「わたしを……あなたのメイドとして、雇っていただけませんか?」


 ええええええ。


「な……なぜ?」

「今日のあなたの行動はとても素晴らしいものでした。わたしを助け、エルフのさるお方と出会い、彼女のために命懸けでモンスターを倒していました。誰かの為に自分を犠牲にしてまで動ける……。そんな素晴らしい方をわたしは他に知りません」


 目を伏せ、一つ一つの場面を思い返すように紡いでいる。超感動した映画を思い起こす時とか、こんな表情になっているかもしれない。


 …………あれ? というか今言ったやつ、ノエルと会ってからの事全部入ってるな。もしかして俺、会ってからずっとストーキングされてた? 先にそっちについて聞いてもいいか?


 ノエルが顔を伏せ、胸に手を当てた。


「けれどわたしの中でも、あなたのことはまだわからないんです……本当にいいひとなのか。判断するにはまだ過ごした日にちが短すぎて」


 ゆっくり顔を上げる。

 弱々しい表情の中の、強い意志を込めた瞳が俺を見据える。


「だから……あなたのことを見極めたい」


 俺は唖然と口を開けた。

 そんなこと突然言われても困る。どうしてこんなことになった? 俺が貴族だからそういう選択肢が出たのか?

 そもそも家にはもう既にややこしい事情のメイドがいるというのに。


「……話は聞かせてもらいましたよ」


 黙って話を聞いていたシーラがおもむろに足を踏み出して口を開いた。


「カルマ様。もう一人雇うとしても慎重にお考えください」

「シーラ……」

「見てください。このテーブルの料理を」


 ノエルの作った豪華な料理を示して、耳元に顔を寄せてきた。


「せっかくお給金を独り占めできてるのにこんな家事完璧な子がいたらわたしのお役御免じゃないですか……! 捨てないでくださいお願いします……!」


 そして俺の腕を握ってぐらんぐらん揺らしてきた。ダメだこいつ。見た目だけは美少女だけど人間としては結構終わっている。

 そんなシーラの声が聞こえたのか、ノエルが慌てた様子で首を振った。


「い、いえっ。わたしが勝手にお仕えしたいだけなので、お給料は必要ありません!」

「……なんですって?」

「もしわたしにもお給料が出るのなら……先輩が受け取っていただいても大丈夫です。他から資金は受け取っていますので」

「ええっ、そんなっ!」


 衝撃を受けたように愕然とシーラがたじろぐ。


「ななな……なんですかそれは。すっごい良い子ではないですか」


 そのままゆっくり顔をこっちに向けてきた。


「カルマ様……もう一人くらい良いのでは?」


 絆されてんじゃねえぞ。目が金のマークになってんだよ。


「一旦静かにしてくれるかポンコツメイド。……そもそもノエル、お前も生徒だろうが。誰かに仕えるなんてできるのか?」

「それは些細な障害です。学園を辞めることくらい大した問題ではありません」

「大した問題すぎるわ!」


 いや重いわ。こんなことで退学を選択肢に入れるなよ。そもそもお前は理由があって学園に来てるはずだろ。その辺をないがしろにしたら、組織からノエルへの報復が来る可能性もあるだろうが。……なんで俺がお前の心配しなきゃいけないんだよ!


「ご主人様……わたしをお傍にいさせてください!」

「カルマ様……別にいいんじゃないですか?」


 味方のはずだったメイドもなぜか一緒になって上目遣いで見つめてくる。


 なぜこんなことになってしまったんだろう。

 全部見捨てるのが正解だったんだろうか。

 でもそんなわけにはいかないし。


 がくりとうなだれた。

 どうせ断ってもストーキングされるだけだ。なら目に見える範囲にいた方がいい。


「……もう勝手にしてくれ。学園は辞めるなよ。時間が空いてる時だけで。自分の時間優先な。あと……不要だと思ったら叩き出すから」

「は、はいっ! ありがとうございますっ! 精一杯お仕えさせていただきます!」

「ふふ、良かったですね。後輩さん」


 ノエルがぺこぺこ頭を下げて、シーラに早速頭を撫でまわされていた。

 一体全体どうなってるんだ。原作では主人公に仕えるイベントなんてなかったのに。


 などと微妙な顔で眺めていたらそっとノエルが近づいてくる。

 さりげなく俺の指先を掴んで、潤んだ瞳で見上げてきた。


「――ずっとお側にいさせてくださいね。あなたはきっと、いいひとなので」


 微かな声は囁き程にも小さかったけど、俺の耳には届いてしまった。

 原作でも、聞いたことがある。


 これ――ノエルルート確定時の台詞じゃん。


(ノエルルートも同時に攻略しろと……?)


 絶望のフラグの二本目が脳裏で立ち上がる。

 なぜか始まってしまったバッドエンド三人衆のうち二人の攻略同時進行。

 原作ではあり得ないことだが、プレイヤーならこの状況をなんというかはわかる。


 詰みだ。


 わいわいはしゃいでいるメイド二人に背を向けて、俺は現実逃避に家を出た。



 ◇



「――同時攻略は無理に決まってんだろぉぉぉ!」


 玄関の前で四つん這いに倒れながら叫ぶ。バッドエンド三人衆は一人ですら攻略難易度がゲキムズだったのだ。二人同時など無理である。


 例えばマグノリアのバッドエンドは他の女に視線を向けただけで引き起こされるものだ。そうなったら俺はもう両目眼帯で過ごすとかしないといけない。現時点でそこまでの執着を持っているわけではないだろうが、最終的にはそうなる。時間の問題だ。


 ノエルにもいいひとだと思われている内はいいが、何かのきっかけでわるいひと認定されたら終わる。たぶん失敗したかなーとか思う前にキルされて終わる。


(死にたくない……)


 また転生直後と似たような思考になっている。

 いや……ネガティブはだめだ。プラスに考えよう。二人でよかったと考えるべきじゃないか。このカオスを煮詰めた中に、アイビーまでいたらどんな闇鍋になるのか想像もつかない

 二人ならまだやりようはきっと――


「ねえ、なんでそんなとこでうずくまってるわけ?」

「……え?」


 いきなり頭の上から声を掛けられ、思わず顔を上げてしまう。

 そこにいるのはやはり、つんつんした雰囲気の金髪のエルフ。


「まぁ理由はどうでもいいんだけど。今日は一個聞きたいことがあって」


 言いながらかがみ、少し抑えたような声で喋る。


「昨日だけどさ。キミ、〈西の洞窟〉に行ったよね?」


 ぎくりと肩が跳ねた。

 なぜ、バレてる。

 お前はあの場にいなかったはずでは。


「に、にしぃ? よくわかんないなぁ。そこって何かスライムいっぱいいるところ?」

「嘘。違和感があって探知魔法を使ってみたら、あなたの痕跡があったから」


 た、探知魔法……?


「おばあ様に頼んで再現魔法をかけて昨晩の出来事を見せてもらったの。そうしたらキミが知らないモンスターと戦ってる様子が見えて」


 さささ、再現魔法……!?

 開いた口がふさがらないとはこのことである。

 なんだよその便利魔法。ズルだろそれは。


「あたしのため……なんだよね?」


 アイビーが視線を斜め下に逃がして、照れるように髪をいじっている。


「まさかダンジョンがこんな風になってるとは思わなかったの。おばあ様も、キミが先に気づいて倒してくれたんだろうって。お礼を言っておきなさいって」


 おばあ様、それ余計な一言です。

 アイビーが恥ずかしそうに言う。


「ありがとう。あたしのためにあんな風に命がけで戦ってくれる人、初めて会った」


 照れているせいか俺の返事も待たずに早口で言い切ろうとしている。


「よ、よかったら、またしっかりお礼させて! キミに変な言いがかり付けたこともまだちゃんと謝罪できてないし。色々含めて、さ。思ったんだ」


 琥珀色の目に照れと期待と興味をないまぜにして、ちらりと俺に視線を向ける。


「――キミだったら、認めてあげてもいいかも」


 絶望のフラグ、三本目。

 本当に俺が何も言う隙なく、アイビーは言うだけ言って立ち去って行った。

 薄々思っていた、起こったら最悪なバッドエンド三人衆の、三人同時攻略ルート。


 ――確定。


 足元ががらがらと崩れ落ちていく音がした。

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