第30話 大魔王様、野望を馳せる
SIDE 聖剣の勇者
しのつく雨の戦場を、まっすぐに駆ける。
討つべき敵の、『勇者』の位置目掛けてボクは全速力で走っていた。
屍たちは妨げにはならない。降り注ぐ雨に触れた先から浄化され、ただの動かない肉塊へと戻っているからだ。
あの吸血鬼の女の子と大魔王が建てた作戦はすごかった。
何かの機械を使って呼び集めた黒雲にボクが突入。内部で聖なる雷を発動させることで、『浄化』の力を持つ雨を戦場に降らせる。単純だけど、勇者と魔族が協力しなければ実現できない前代未聞の作戦だった。
死霊術で操られる『生ける屍体』の弱点は創造の女神に由来する浄化の力。真っ二つにされて、火で焼かれても動き続ける屍体でも浄化の力に触れたら、一瞬で術が解けてただの物体に戻る。
もっとも、これほどの規模で浄化の力を降り注がせた例は他には存在しないだろうけど。
でも、一番凄いのは、作戦じゃなくて、『言葉』だ。
『信じている』。大魔王の、その言葉を聞いた瞬間、今までのボクは消え失せてしまった。
勇者としての自分。人間としての自分。今までボクをボクたらしめてきたすべてが風に吹かれた霞のように消えた。とっさにかき集めようとしても最初から曖昧なものは指の間をすり抜けていくだけだ。
代わりに胸をいっぱいにするのは、使命感と願い。『この信頼に応えたい』『この人のために戦いたい』。その衝動は強烈な飢えにも似て、怠惰さえも引きずって前へと足を進ませる。
それこそ、この想いの、あの大魔王のためなら、ボクは雷の渦巻く黒雲にだって飛び込めた。
ああ、そうだ、認める。ボクはあの大魔王のために戦っている。最初は流民の人たちのためとか、勇者を名乗る外道が許せないとか、色々理由を付けようとしたけど、そんなおためごかしでこの胸の高鳴りはかき消せない。
だって、100年前は誰もボクを信じてくれなかった。言葉では褒めたり、称えたりしても、ボク一人にできることなんてないって決めつけてた。
魔王を倒した後でさえ、ボクを信じられないからみんなはボクを封印した。結局誰も、ボクを必要としていても、信じてはなかったんだ。
でも、あの大魔王は、違う。
力だけじゃなくてボクを信じてくれている。ボクを殺さなかったのも、ボクに役目を与えてくれたのも、全部全部、ボクに自分は味方だと伝えるためだったんだ。
そうだ、あの人は、あの人だけはボクの味方でいてくれる。最初から、最初からずっとそうだった。あの人だけはボクをわかって、信じてくれている――!
「――は、はははははははは!」
足取りは軽く、剣筋は鋭く。大魔王がボクために用意してくれた剣で肉塊を切り裂き、道を拓く。
ああ、なんてなんて、嬉しいんだろう。信じてくれる誰かのために戦うのはこんなにも幸せだ。
この剣もボクの手に馴染む。聖剣なんかよりも強く、確かに、ボクの心に繋がっている。だってこれは、大魔王からボクへの、信頼の証なんだから。
屍の波なんかに今のボクは止められない。この手に聖剣はなく、勇者の使命に反していたとしても、今のボクはこれまでのどの瞬間よりも強くて、自由だった。
そうして、ボクは討つべき
「この気配……! 勇者だと……!?」
相手の勇者の顔はフードに隠れて見えないけど、正直どうでもいい。最初にこいつのことを知った時は怒りを覚えていたけど、今、こいつを討つのは大魔王のためだ。彼が倒せというならボクは、創造の女神だって殺してみせる。
「なぜだ! なぜ、勇者が魔族の側について――」
問答する気はない。こいつにボクの心について説明しても理解できないだろうし、理解してもらおうとも思わない。
地面を蹴って、一瞬で間合いを詰める。
右大魔王から授かった剣に聖なる力を纏わせるが、剣の性質に引きずられて赤黒い雷へ変換された。
邪悪で、おぞましい色だ。でも、心地いい。ボクが誰のものなのかをこの色が証明してくれているみたいで。
「――ひっ!?」
ボクの剣はあらゆる防御を突破して、魔物使いへと届いた。
刃が肉へと食い込む不愉快な感触。それに構わず、腕を振りぬく。ボクの剣は勇者の肉体を容易く両断した。
袈裟懸けに真っ二つになった勇者の肉体は動かない。魂に宿っていた魔力が霧散して、残っていた生ける屍たちがただの死体へと戻っていく。死体を操る死霊術も術者本人が死体になってしまえば、効果を発揮しない。
また、人を殺した。でも、今までみたいな後悔や拭いきれない不快感はない。
代わりに沸き上がるのは、達成感。魔王を倒した時でさえ、こんなには満たされなかった。
これが誰かに勝利を捧げるということ。思えば、100年前の戦いでは一度も自分の意志で戦ったことはなかった。
でも、今は違う。
心の底から、こう叫べる。この勝利は、ボクの全ては大魔王のためにある……!
「――あは」
ふと、自分の体を見下ろすといつの間に赤黒い返り血で全身が濡れている。故郷を出た時からきている白銀の鎧もすっかり汚れて、見る影もなく穢れていた。
それがボクには嬉しくてたまらない。だって、これは大魔王の色だ。彼の色でボクは染まっていっている。ボクが彼の役に立つたびにこの色は濃くなっていくんだ……!
大魔王の役に立つ、それがボクの存在価値。ボクの生きる意味。それ以外は、なにもいらない。
だから、ねえ、ボクの君。ちゃあんと、ボクを使い果たしてね?
◇
SIDE またしても何も知らない大魔王
聖剣の勇者が『魔物使い』を討ち取ったことによって、戦いは決着した。
事前に聞いていた通り、生ける屍たちは術者が死亡するとすぐさまただの死体へと戻った。
こちらの作戦が的中した形だ。
オレの砲撃とイーグレット率いる守備隊の奮戦、そして、アルセリアと聖剣の勇者による奇襲。どれか一つが欠けてもこの勝利はなかった。
「――『
玉座の間に、我が騎士たちが帰参する。
皆激戦を経て鎧は傷だらけ、疲れ切って今にも倒れてしまいそうだが、イーグレットの言葉通り魔族も人間も50名全員が無事帰還した。
戦が終わってから数時間、すでに日が暮れているが、戦の後始末に追われていたら兵士たちの帰還もこの時間になってしまった。
まあ、仕方ない。浄化の雨と術者の死によって屍たちの停止は確実ではあるが、魔物使いの死は確認しておく必要があった。
なにせ、死者を操る術の使い手だ。きちんと死体を焼却しておかないと安心できない。
……本当なら聖剣の勇者同様に捕縛して情報を引き出し、味方に引き入れたかったが、流民たちの感情を考慮すれば生かしておくわけにはいかない。
情報は他の手段でも引き出せるし、戦力もスカウトすればいいが、信頼や信用は一度失えばとりかえすのにかかる労力は倍以上。ましてや、このタイミングでの反乱は致命傷になりかねない。
「我が騎士たちよ。見事な働きであった。そなたらの奮戦は報われた。この城と民を守り切ったのだ」
「――もったいなきお言葉……!」
オレの言葉に、イーグレットだけではなく兵士たち全員が片膝を突く。
種族も違い、オレとの直接の関係性さえない彼らだが、どうやら今回の件で信頼を勝ち取ることができたらしい。
……いい気分だ。オレはラスボス。民衆や配下からの支持率など必要としないが、高いに越したことはない。
それに、誰かに心から慕われるというのは単純に嬉しい。構成員の感情的な結びつきが強くなれば、組織的にも強くなるしな。
「いずれ全員に褒美を遣わす。今は家族や友の元に戻り、無事を知らせてやるがよい。イーグレットは余の
「――はっ!」
しかし、彼らがオレを最優先にするというのはあまり健全ではない。彼らはあくまで自分の家族や友人たちのために勇気を奮い立たせ、武器を手にしたのだ。役目を果たした以上、一刻も早く家に帰してやるのは王たるものの責務と言える。
一方で、イーグレットは我が騎士であり護衛だ。いわば、大魔王軍の幹部の一人、彼女にはまだ仕事が残っている。
「――はいはい、今回も大手柄ね、アタシ」
続いて軽口を叩きながら玉座の間に入ってきたのは、アルセリアだ。
相変わらず幼女の姿のままだが、心なしか機嫌がよさそうに見えなくもない。おそらく新技術と新術式の実証実験ができたおかげだろう。そういえば、天候操作ができる装置を開発しているとここ1か月ほど顔を見せるたびに言っていたな。今回はそれが役に立ったというわけだ。
さすがはマッドサイエンティスト。どんな時でも「こんなこともあろうかと」は欠かさない。
「大義であった、アルセリア。そなたには後日、褒美を遣わす」
「どうも。まあ、しばらくは今回取れた
「……よかろう。だが、本人に許可をとれ。いいな?」
「…………まあ、いいけど」
いくらオレたちが悪の組織であっても身内での無許可の人体実験はダメ、ゼッタイ。
他人が決めた法律はいくら破ってもいいが、組織内のコンプライアンスは守ってもらわないと組織運営が成り立たないからな。
というわけで、最後はつい先ほど身内になった『聖剣の勇者』の帰還だ。敵の勇者を討ち取った彼女はこたびの戦の勲功第一等といえる。
そうして、玉座の間に彼女は血濡れのままあらわれた。服も剣も返り血にまみれて、赤黒く染まっていた。
右隣のセレンがその服装を咎めようとするが、オレはそれを制して聖剣の勇者を見守ることにする。
だって、ここは見せ場だ。オレが待ち望んでいた光景なのに、邪魔する道理がどこにある。
聖剣の勇者は原作では純白の鎧を着ていた。彼女の潔白さと高潔さを形にしたもので、原作では傷どころか汚れの一つさえなかった。
それが今はこんな姿に堕ちて、オレのために剣を振るっている……!
これぞ、まさしく闇堕ち! 純白の勇者が自ら手を汚し、正義を捨て、魔道に落ちる……! このシチューエーションに燃えないラスボスがいようか、いいや、いない。
この姿を見たくて一月、彼女を篭絡していたと言っても過言ではない。くぅぅ燃えるぜ……!
「よく戻った、我が勇者よ」
オレが声を掛けると、聖剣の勇者は静かに膝をつき、両手で剣を掲げた。オレへの忠誠と服従を示してのことだ。
両脇のセレンとイーグレットが息を呑む。オレの有言実行を疑っていたわけではないだろうが、それでも、勇者が、あの聖剣の勇者が魔王に忠誠を誓うなど己が目を疑う光景なのだろう。
だが、オレには確信があった。必ずやこうなると理解していた。
なぜならば、今から数時間前、戦いの最中にオレにある『通知』が届いていた。
その通知とは『勇ある者』という特性が追加されたというもの。
原作にも登場していた特性だが、オレの配下にそんな特性を持っているのは1人しかいない。どういう心境の変化があったのかは分からないが、聖剣の勇者がオレに心からの忠誠を誓わなければオレの特性も発動しないことだけは確かだ。
特性の内容は『勇者としての身体能力、魔法、技能』を与えるというもの。まだ実際に試してはいないが、実に楽しみだ。魔王の力と勇者の力が合わさるなんて、マジで最強にみえる。
というわけで、聖剣の勇者は名実ともにオレの配下となった。
つまり、『暗黒の勇者』がここに誕生したのだ……!
「大魔王。今日この時より、ボクの剣、ボクの命、ボクの魂は貴方のもの。存分にお使いください」
聞きたかった言葉に思わず頬が緩むが、そこはいい感じに不敵な笑みに切り替えた。
やはり、ラスボスのもとには主人公に相対するライバルキャラが必要だ。それが前作主人公ともいえる魔王を倒した勇者であるなんて、これ以上は望めまい。
てか、すごいワクワクしてきた。これから彼女にはオレの『勇者』として存分に活躍してもらうが、装備とかにも凝りたいな。剣の方はアルセリアに頼んで急造品を用意したが、どうせなら、鎧や仮面なんかも付けさせたい。こう、ザ・ダークヒーローといった感じで……!
「うむ。我が勇者よ、そなたには存分に働いてもらうぞ」
「…………大魔王、まず受け取ってほしいものがある」
そういうと聖剣の勇者は顔を上げる。彼女の瞳には決意と覚悟と、あと……なんか、見覚えのあるどろりとした感情が滲んでいる。依存とか、慕情とか、そんな感じの……、
「ボクの名前をあなたに知ってほしい。ボクの名は『リンド・エラ・ハイエラント』。どうか、どうか、リンドとそう呼んでほしい」
そのまま、聖剣の勇者こと、リンドが名乗りを上げる。これ自体はよい。いつまでも聖剣の勇者呼びじゃ呼びにくいし、なにより、相応しくない。
それに、確か、マイソロジア3の主人公のデフォルトネームもリンドだったはず。今からはリンドと呼ぶとしよう。
問題は、リンドから感じ取れる忠誠以外の感情の方だが、今は放置しておくしかない。
この場で男女間の恋愛関係について講釈を垂れるのも興覚めだしな……ラスボスは空気を読まないようで実のところ誰よりも雰囲気を大事にするものだ……、
なに、オレの言葉が効果を発揮しすぎるのは今に始まったことじゃない。最終的に後ろから刺されなければそれでいいのだ、うん。
「承知した。では、リンドよ。付いてくるがいい。セレン、イーグレット、2人もだ」
そうして3人を引き連れて、オレは城のベランダへと向かう。
そこから見下ろす地上には、夜中にも関わらず大勢の民が駆けつけている。人間も魔族もその区別なく城を見上げ、オレと3人を見ていた。
事前に高度を下げておいてよかった。これなら群衆からもオレたちの姿が見えるし、オレたちからも彼らの姿を見ることができる。そして、きっと、彼らの声もここならば届く。
「皆、よく目に焼き付けよ。これがそなたらの守ったもの、これからも守護するものである」
「おお……!」
イーグレットが感嘆の声を上げ片膝をつくと、遅れて残る2人も同じ動作をする。
同時にオレは右拳を掲げ、一筋の魔力砲を天へとはなった。
それを合図に地上で割れんばかり大歓声が巻き起こる。地を割り、天を揺らすようなそれはこの大魔王城のテラスにも届いた。
そうして、その歓声は、いつの間にか確かな意味と形を持ち始めた。
「大魔王様! 万歳! 我らの王に栄えあれ!」
「我らの救世主! 真の王たるお方!」
「大魔王さまー! 結婚してー!」
誰かが口にしたオレへの礼賛が聞こえる。いくらか意に沿わないワードが混じっているが、まあ、許容範囲だ。
それらの声はいつのまにか群衆全体に広がり、どよめきとなる。生ける屍による侵攻という危機を経て、魔族と人間が一つの塊として団結していた。
これもすべて『大魔王』という存在あってこそ。そう、ラスボスは人々の心をまとめ上げ、団結させることができるのだ。無論、英雄ではなく市は支配者として。
……ふふ、気持ちいい。これこそラスボスの本懐……! オレは今、すごくラスボスしている! あー、転生してよかった! 現代日本ではなかなかこうはいかないからな!
しかし、この程度で満足するこのオレではない。
いずれ魔界全土、いやさ、人間界、さらにその上に存在する天界にまでもこの声を響かせてみせる……!
そう、オレのラスボス道はまだ始まったばかりだ……!
――
あとがき
第一章完結です!
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大魔王転生~名作RPGのダメ悪役に転生したので、無限の魔力と有能ヤンデレ軍団で真のラスボスを目指します〜 ビッグベアー @bigbear
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