第29話 大魔王様、信じる
戦闘開始から半日以上が経過したが、我が近衛兵団こと『
戦場は今や冥府もかくやというありさまだ。
幾度となく切られ、砕かれ、燃やされた魔物どもの屍体は渾然一体となり、もはや、不定形の一個体のような姿になっている。
いうなれば、死肉の津波だ。生者が呑み込まれれば、ひとたまりもない。
……これでは軍勢として攻めてこられた方が対処は容易かった。絶え間なく砲撃を打ち込んでいるが、正直効果は薄い。やはり、砲台が三つ程度では攻撃範囲に難があるか。
そんな状況にもかかわらず、我が『赫竜親衛騎士団』は良く戦ってくれている。
イーグレットや竜人族の騎士たちの吐く火炎が『屍』に対して想定以上の効果を発揮してくれているし、人間の兵士たちも剣や槍に火炎を纏わせ一歩も退かない。
訓練の成果だ。魔族と人間の混成編成による連携、うまくいっているではないか。
一方で、時間はじりじりと過ぎていく。日の入りまでは残すところあと一時間。それまでにこちらの作戦が間に合わなければ、夜が来てしまう。
…………火力を集中し、イーグレットに前進させるか? 多少城塞都市に被害が出たとしても、術者である『魔物使い』を倒しさえすれば屍の波は止まる。そうなれば、こちらの勝ちではある。勝ちではあるが――、
「いいや、ラスボスは妥協しない。勝つならば、完璧に勝つ」
ここはアルセリアと聖剣の勇者を信じる。作戦の詳細は聞いていないが、二人ならばこの状況を打破する一手を用意しているはずだ。
信じて待つこともまた、戦い。イーグレットも奮戦してくれているんだ、王たるオレが動じてはいられない。
幸い、膠着状態は維持できている。
あとは根競べだが、幸い得意分野だ。ラスボスは必要とあれば何年でも、いや、何百年でも陰に潜み、暗躍するものだ。
とりあえず、魔力砲撃の収束率を下げてより広範囲を焼き払えるように調整しておく。屍の波そのものを止めることはできないが、侵攻を遅滞させるのにはこれがベストだ。
「――大魔王様」
そうこうしているうちに、使いに出していたセレンが戻ってくる。彼女にはいざという時のためにオレの代理として動いてもらっていた。
「セレン。彼らは何と答えた?」
「『逃げずに留まる』、それが皆の答えです」
予想外の答えに、オレは眉をひそめる。
セレンは岩石オークの長老と流民たちにある選択肢を示した。
その選択肢とは『逃げるか』、『留まるか』。前者を選んだ場合の逃げ道を教え、後者を選んだ場合は一人残らず皆殺しになるとセレンはきちんと伝えたはずだ。
だというのに、彼らは留まることを選んだという。道理に合わない。彼らのような一般人は命を優先するものだと思っていたが……、
「…………解せんな」
考えても答えが出ず、思わずため息が漏れる。大抵のことは少し考えれば答えの出せるこのオレだが、今回に関してはどうにも分からない。
客観的に見るまでもなく、現在我ら大魔王軍は劣勢だ。無論、オレは勝利を確信しているし、最後の瞬間までラスボスとして戦うが、それはオレがラスボスだからだ。一般人に、普通に生きられる人々に、そんな覚悟を求める気はない。
……いかん。またもラスボスらしくない姿をさらしてしまった。
オレがこんな風に疲れて弱音を漏らす姿などセレンに見せてはいけない。失望させてしまったかも……、
「大魔王様。恐れながら、よろしいでしょうか」
「……なんだ」
セレンに声を掛けられるが、どうにかいつも通りの態度で応じることができた。
……戦いの疲労のせいだな。魔力は無限だが、その制御や出力にはやはり精神力が必要だ。オレはラスボスであるからしてその精神力は無限にも等しいが、疲れるか疲れないかは別の話だ。
「まず、こちらをお持ちしました。魔の根のケーキです。母から教わったレシピで作りました」
そんなオレの内心を見抜いていたかのように、セレンは皿の上に乗せた紫色のケーキを長机の上に置く。
魔の根というと時々副菜で出てくる芋に似たあれか。確かにあれであれば味付け次第で甘味にもなるだろう。
……主の内心を察してこんな状況でも普段と変わらないサービスを提供する、まさしくメイドの鑑だ。
そう感心すると同時に、自分の不完全さが情けなくなってくる。
「……ありがとう、セレン」
「わたしにできることは料理と家事くらいのものです。ですから、せめて、わたしの作るもので大魔王様をお助けできるのでしたら、これにすぐる栄誉はありません。ですから、岩石オークたちや人間たちもわたしと同じことを考えているのではないか、そう愚行いたします」
「……自分たちにできる抵抗の形として都市に残ると決めた、そういうわけか」
頷くセレン。
そうであるならば理解できなくもない。魔族にも人間にも意地がある。ただ強情を張るだけでは無益だが、時に意地は思いがけないほどの勇気を奮い立たせる。二度も故郷、あるいは家を奪われてたまるものか、そんな想いが彼らを踏み止まらせているのだとしたら、納得だ。
「では、余ももう逃げろとは言うまい。ご苦労だったな、セレン」
「…………差し出がましい事を申しました。どうか罰を。ですが、大魔王様。ここにいるのはこのセレン一人、陛下のお心を勝手に推し量るのも、セレン一人でございます」
セレンは片膝を突き、こうべを垂れ、許しを請うような姿勢のままでそう述べる。
……まったく本当にできすぎたメイドだ。こう言われては怒ったり、反発したりするほうが器の小ささを露呈してしまう。
「大魔王様は魔界の全て、いえ、世界の全てを背負われる御方。その重荷を、せめて、このセレンにだけでも分けていただきたいのです」
決意に輝く
前世のオレはだれにも頼らなかった。いや、頼れなかったというべきか。人を信じて用いる事こそあったが、人を信じて頼ることは一度もなかった。
ラスボスとしての生き方のせいか、あるいは、幼少期の経験によるものか。どちらにせよ、そのある種の傲慢さが命取りとなったのは確かだ。
……セレンの忠誠心は本物だ。彼女は信じてもいい。それに、前世での失敗を教訓とするなら、こんな時だからこそ、変わらねばなるまい。
「わかった。だが、オレの弱音など早々聞けると思うなよ?」
答えを待ち、面を下げているセレンにそんな言葉を掛ける。思わず持ち上がった彼女の顔にはこらえきれない笑顔が浮かんでいた。
「はい! はい! 大魔王様!」
今にも喜びに跳び跳ねそうなが従者の姿に癒され、オレも少しだけ口角を上げる。
……こうして高笑いや好戦的ではない、安堵からの笑みをこぼすのはいつぶりだろう。少なくとも前世で死ぬ直前はそんな余裕はなかった。
「うむ。では、まず、茶を淹れてくれ。喉が渇いた」
「はい! すぐに!」
すぐさま持ってきていたティーセットの用意を始めるセレン。そんな彼女を横目に見つつ、回復した精神で改めて戦場の様子を観察する。
依然、膠着状態。しかし、先ほどまでは見落としていたことに気付く。
敵の攻撃が一点に集中している。最初のように数の利を活かして多方面攻撃を仕掛けるのではなく、屍者の津波をもって我が『赫竜親衛騎士団』を執拗に攻撃している。屍者を分散させ、部隊の背後から回り込めば簡単に城塞都市へと接近できるにもかかわらず、敵はそうしている。
なぜか。答えはすぐにわかる。
敵は意地になっている。たかが五十名の小勢力に自慢の屍者の兵団を押しとどめられたことで、それを打ち破ることに執心しているのだ。
――今なら、一網打尽にできる。アルセリアからの緊急音声通信が入ったのはそう考えた直後のことだった。
『――準備完了したわ。でも、一つだけ問題がある』
「なんだ?」
アルセリアにしては深刻そうな声だ。何か技術的な問題でも起きたのか……?
『作戦決行のためにはあの勇者の封印を解く必要がある。出力が足りないの』
「そんなことか。構わんぞ」
拍子抜けして、軽く許可を出す。
ようは『聖剣の勇者』の力を抑えている呪いを解く、というだけのことだ。それであれば悩む必要はない。
いや、先ほどまでの、セレンとの会話を経る前のオレであれば少し逡巡したかもしれないが、今は即断できる。
『……分かってると思うけど、聖剣抜きでもあの女はバケモノよ。前と同じ手で勝てるとか考えてるなら、それ、大間違いだから』
「理解している。だが――」
そこで言葉を切って、セレンの淹れてくれた『魔界茶』で舌を濡らす。
熱すぎもせず、ぬるくもなくすばらしい温度だ。本当オレはいい配下を持った。
そして、こんないい配下を持ったということは、天の運はオレに味方している。そして、地の利も人の輪も我が物だ。負ける道理は何一つとしてない。
「余は聖剣の勇者を信じている。我が勇者よ、あの外道に、勇者の何たるかを示すがよい」
城の機能にアクセスし、聖剣の勇者の呪いを解除する。同時に、オレに匹敵する強大な魔力源が大魔王城の一番高い尖塔の辺りで発生した。
聖剣の勇者だ。アルセリアの言う通り、象徴であり最大の武器である聖剣を失ってなおその脅威は戦っている『魔物使い』にも匹敵する。
彼女の右手には失った聖剣に代わる新たな剣。輝く刀身と禍々しい意匠を備えたそれはオレがアルセリアに頼んでこの時のために用意させていたものだ。
よく似合っている。さすがオレ。ラスボス的センスは他の追従を許さない。
『――聞いての通りよ、勇者。さっさと仕事なさい』
『……うん』
聖剣の勇者の声が聞こえたかと思うと、通信が切れる。魔力源が尖塔を駆け上がり、天へと跳躍したのを観測した。
目指す先にあるのはいつの間にか戦場の直上に姿を現していた巨大な黒雲。聖剣の勇者がその中に飛び込んだかと思うと、稲光が奔った。
そうして戦場の様子が一変し、オレはアルセリアと聖剣の勇者が何をしたのか理解した。
雨だ。雨が降っている。
突如として降り注いだ天恵は、いかなる道理か屍の群れを次々と停止させていく。
おそらく、聖剣の勇者の持つ属性が雨を通して『魔物使い』の操る屍に影響を及ぼしているのだ。
兵士の足を止めてしまえば、後に残るのは無防備な大将のみ。そして、戦場には『聖剣の勇者』の姿がある。
「――さて、あとは高みの見物だな。セレン、供をせよ」
「はい、大魔王様」
勝利の確信が、厳然たる事実へと変わる。そのことを祝って、オレはセレンの焼いてくれたケーキに舌鼓を打つ。
実に、実に美味。これぞ勝利の味というやつだ。
――
あとがき
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