第6章 Stylish!!!!!


  1


「キアラさん。あなたは本当に無茶をしすぎよ。ディレッタは私の護衛として凄まじい鍛錬を積んでくれていることは知っている。でもあなたは一般人なのでしょう、表向きは。自分の命は大事にして。あなたは自分を軽んじすぎよ」

 先ほどから、ずっとくどくどとアオイの説教が続いている。医務室で手当を受けながらそれを喰らっているものだから、キアラはフランチェスカの精神操作魔法を受けた時よりも辟易とさせられる。

「……もういいでしょ。勝ったし、ディレッタ先輩も私も軽傷程度で済んでる。次の試合も支障ないよ」

「お言葉ですが、アオイ様。不甲斐ないながら、こいつのおかげでフランチェスカ様を下せたと私も思っております。私一人ではおそらく敗れていたでしょう。あまりお責めにならないでやってください」

「もうっ! 怒ってるわけじゃないの! キアラさんがいちいち危ないことばっかりするから心配してるのよ! 察してちょうだい!」

 医務室の簡素な椅子に腰を下ろした彼女はぷりぷりとしながら腕を組んでそっぽを向く。先に手当を受け終えて傍に立つディレッタが見かねて助け舟を出してくれたが、火に油か。……目に見えて怒ってるじゃないか。めんどくさいなこいつ。

 学園専属の医者がキアラに包帯を巻き終えたと見るや否や、「とにかくッ!」とアオイはこちらに手を差し出してくる。

「最終試合、相手はあのエリオットの護衛で忠実な従者、エミリ・スフェンよ。これまで以上に苛烈な試合になるだろうし、今度こそ外野が何をしてくるかわからない。向こうは私に優勝させる気なんてさらさらないだろうから。ディレッタも、キアラさんもッ! 絶対に無茶はしないこと! 特にキアラさん! 無理をして命を落としたらそれが一番最悪な事態なのだから」

「死なないよ。怪我をする気もない。だってそうしたら負けでしょ。アオイ先輩の邪魔はしないから、安心して」

 宥めようと言ってみたら、「だからそうじゃないのっ!」とアオイは子供みたいに手をぶんぶんして地団駄を踏む。それでも品が損なわれず、そういう貴族の所作があるのかと錯覚してしまいそうになるのはどうなってんだこいつ。

「エリオットは、先方の候補者たちみたいに卑怯な戦術を嫌うから裏で手を回してくることはないでしょう。それは従者のエミリにも反映されているはずよ。だけど、他の外野の連中はどうかわからない。充分に注意して。二人とも、身の危険を感じたら棄権したって構わないから」

「……? 何を言ってるの? 棄権なんかしたらクローチェ選抜会に不利になるでしょ」

「棄権などいたしませんよアオイ様。最後までやり遂げてみせます」

「だーかーらっ! 無理はしないでって言ってるの! あなたたちに何かあったらってことよ! いい! 今回は見逃したけど、大怪我をしたり命を落としたりしたら、私が許さないわ。極刑よ。絶対に何事もなく、私の元へ帰ってくること。それが最重要の任務だと心すること。わかった?」

 これ以上は譲らない、という風にアオイが腕を組んでこちらを見据える。キアラはディレッタと目を合わせて、仕方なく頷いた。そうでもしないと、このまま医務室に幽閉でもされそうだった。

「……失礼します、アオイ様。ディレッタ選手、キアラ選手。間もなく最終試合が始まる。準備を」

 ノックののち、アオイにだけ丁寧に頭を下げた教員がこちらに向かって声を掛け、すぐ姿を消す。キアラは立ち上がり、ディレッタと目配せする。戦闘準備を整えた自分たちを見て、アオイは大きくため息をついた。

「……今、私が言ったことはしかと胸に刻み込んでおくように。行って来て。私に勝利をもぎってきてきてちょうだい」

「御意」

「わかってるよ」

 立ち上がったアオイが最後にとことん釘を刺してきて、こちらを見送る。その圧に近い視線を背中にびしびしと受けながら、キアラたちは医務室を後にする。

(……何なんだあいつ。絶対に勝利をなんて意気込んでるくせに。何がしたいのかさっぱりわからない……)

 早足で競技場に向かい通路を進みながらも、キアラは考える。

 クローチェの椅子を勝ち取る。その想いが彼女から一切薄れていないのはよくわかっている。だがその反面、こちらには無理をするなと耳にタコが出来そうなほど言い聞かせてくる。状況はこちらが圧倒的に不利。周りは敵だらけで、無理をしなければならないとならないのは向こうも重々承知だと思うのだが。

「……わからない、って顔をしているな黒猫。アオイ様はこちらの身を案じてくださっているというわけだ。もちろん、お前のことも、心からな」

 横に並ぶディレッタが言ってくる。何やら訳知り顔で口元を緩める彼女に、キアラは眉根を寄せる。

「尚更わからない。あの人にとって私はただの駒でしょ。ディレッタ先輩のことはともかく、私まで案じる意味なんてある?」

「ふっ、それがアオイ・エレジアルナというお人なんだ。じゃなければ、全学園の生徒に平等の魔法教育なんて大胆なことを志したりしないさ」

 答えになっていないことを匂わせたまま、ディレッタは目の前の試合に集中することにしたようだ。……何だこいつら。まあ、短い付き合いの自分にはわかりえない何かがあるということか。気味が悪いな。

 競技場へ出る。少し陰が落ちかけた日差しを浴びながら、同時にこちらに降り注ぐ歓声や拍手は少し前とは全然違い、どこか歓迎するムードまである。先ほどまでは生贄がのこのこ現れたと嘲笑しているのかと思っていたが、どうも違うようだ。

(観客たちも、アオイ好転の雰囲気に呑まれつつあるのかな。何にせよ、気味が悪いな)

 こちらが連勝していることが、影響を与えているのか。そこにアオイの存在が大きいのは確定的だろう。学園の現状に否を突き出し、我が道を往く最上級貴族の娘。英雄に祀り上げてエンタメに昇華するには充分な材料というわけか。

(……その分、堕ちた時のインパクトも大きくなるってわけか)

 アオイがもしクローチェ選抜会に負けたら、もう二度と今の学園に異議を叩きつける者はいなくなるだろう。この状況すらも、学園に上に立つ者の描いた絵のうちだとしたら。

 キアラはちらりと客席の王座に君臨している理事長、イルレヌード・アレキサンドラを見る。相変わらず奴はこちらを見据えていて、何を企んでいるのか見当もつかない。何にせよ連中が仕掛けて来るならこの試合だ。油断は出来ない。

「さあ現在連勝中のディレッタ&キアラ選手! いよいよ最終決戦、この武闘会の優勝はもう目の前。しかし立ち塞がるは、あの現クローチェで名高いエリオット・アレキサンドラの守護者! エミリ・スフェン選手のご登場だァー!!」

 向かい側の出入り口から現れた、キアラよりも小柄な少女。鮮やかなショートヘアで外はねしていて、どこか愛嬌のある子犬を思わせる容姿。

 エミリは、じっと真正面にいるキアラたちを見つめている。どこまでも真っ直ぐに突き抜ける光のようなその眼差し。犬は犬でも、猟犬。鎖から解き放たれれば獲物を屠る。そんな覚悟が、陰を落としている。この前とはまるで別人だ。

 エミリは何も言葉を発さない。こちらから視線を外さない。キアラとディレッタも彼女と睨み合ったまま動かない。もうすでに、鍔迫り合いは始まっている。糸が引きちぎれる寸前まで絞られたような緊張感が、惜しみなくその場に発散されていた。

「両者、見合って見合ってぇ! さあ、最終試合! はじめぇッ!」

 いつも以上に熱の籠ったアナウンスが試合の始まりを告げる。キアラとディレッタは向こうから目を離さずに得物を構える。

 対するエミリは、見たところ何の武器も手にしていない。

「……キアラ・サヴァトーさん。ディレッタ・オニスさん。誠心誠意、お詫びいたします。私はあなたたち二人のことを侮っていた。ここまで勝ち抜いてきたあなたたちとアオイ様の覚悟、確かにお受け取りいたしました。受領です。受領」

 彼女は深々と姿勢よくお辞儀する。視線を外したにも関わらず、彼女の全身から一切の隙は生じない。そして再びこちらを見た彼女の目は、矢のように素早くこちらを射抜く。

「──ベスティア・ノービレ」

 エミリが名を呼ぶ。途端、何かが近づいてくる音がした。

 四つの飛行物。それは戦闘機のように素早くエミリに向かっていく。エミリはまるでその場で舞うように、両腕、両足にその影を纏った。

 籠手と、具足。ただし防具ではなく、格闘武器。獣の両足をイメージしたような、鋼鉄の装具だ。

「これが私のステラです。私は体格に恵まれなかったので、戦闘力を底上げしてくれるこの子たちが私の相棒です。相棒。これ以上に、私に隠した爪はなし。誠心誠意、全身全霊で、あなたたちを迎え撃ちます。……エリオット様の、名において」

 エミリが籠手を着けた拳同士をぶつけて、固く重い金属の音を打ち鳴らす。あれでぶん殴られるだけで相当やばそうだ。

「……これは経験からのいらぬ助言だけど。過剰な忠義心はたまに盲目になるから気を付けてね」

「軽口叩くな黒猫。来るぞ」

 キアラの言葉をディレッタが窘める。そして直後に、エミリがこちらに向かって駆け出してきた。


  2


 振り抜かれた拳を、避ける。避けたはずなのに凄まじい風圧でキアラの身体は吹っ飛ばされた。空中で身を翻して着地する。確かにかわしたはずだが、頬が裂けて血が滲んでいた。ギリギリまで引き付けていたらそのまま耳の辺りまでは持っていかれていたかもしれない。

 鉄塊が猛スピードで真横を横切ったみたいな感触だ。こちらより小柄な見かけによらぬ火力。だがこれが彼女の全力ではないのはわかる。ステラだという籠手と具足に魔力を込めて威力を増しているのはわかるが、まだ抑えている。

 体格に恵まれなかったとエミリは自嘲していたが、その分鍛錬を重ねたのだろう。佇まいや動きだけでそれがよくわかる。それに威力と速度を増す両手両足のステラを伴えば鬼に金棒というわけか。よく考えられている。その選択に、これまでの相手と違った彼女の誇りを感じられた。

「たぁッ!」

 ディレッタが素早くエミリとの間合いを詰めて剣を振るう。エミリは素早く振り向いて、拳で彼女の刃を正面から迎え撃つ。

「ぐっ……!」

 瞬時押し負けたのはディレッタだった。岩と岩でもぶつかったような鈍い音がして、彼女は弾き飛ばされている。受け身を取って彼女は立ち上がったが、手にした模擬剣の刃は根元からへし折られてしまっていた。

「代わりをどうぞ、ディレッタ様。ストックを全て破壊してしまったら申し訳ありません。その分も弁償いたします」

「結構。あなたの拳の威力を知れただけで充分お釣りが来るくらいだ」

 ディレッタはエミリから目を離さないまま、競技場の端の方にある自らの荷物から、二本目の模擬剣を取り出す。エミリも彼女を見ながらも、一切その場から動かなかった。元より急襲などする気がないのはその雰囲気でわかる。

 侮っているわけでなく、正々堂々などとかそういう方針なのだろう。現に今も、真横にいるキアラに視線を向けていないにも関わらずエミリの隙は窺えない。よく躾けられた猟犬だ。これもエリオットの考えなのかもしれない。アオイの話によれば彼女はエリオットに忠実な従者らしいから。

「……黒猫。息を合わせろ。彼女の攻撃は受けるなよ。一発でもまともに喰らったらただじゃすまない。殺す気はないだろうが」

「わかってる」

 傍に来たディレッタと息を合わせて、左右に別れて飛ぶ。そしてエミリを挟むようにして迫った。

 キアラが先手。ディレイを掛けてディレッタの二撃。キアラも連撃を叩き込んだ。だがその全てをエミリは二つの籠手で受けきってみせた。拳が一瞬消えて見えるほどの完璧な防御。

 そして彼女はその場で足を払うように回転した。瞬時発生した竜巻の如く突風が、キアラとディレッタの体勢を空中で崩させる。

「ルッジート・ウノ」

 エミリが唱えた途端、ディレッタの方に照準の合った彼女の右手。籠手の肘の部分から火花が爆ぜた。突き出される拳に瞬間加速度が増す。まるで銃弾だ。

(やばい、ディレッタが……!)

 やられる。だが拳が当たる瞬間、ディレッタの姿が消えた。そして気づけば彼女はエミリの背後に回っていた。

「覚悟ッ!」

 気合と共に彼女が剣を振り抜く。咄嗟に反応したエミリが振り向くが、重い斬撃を受けて吹き飛ばされる。

 だが籠手でのガードが間に合った。地面を足で踏ん張って衝撃を殺し切ったエミリがディレッタを見据える。

「……なるほど? ディレッタ様のステラはそういう魔法ですか。実にあなたらしいです。敬意です、敬意」

 顔と喉を守っていた両手を下ろし、エミリは言う。今のディレッタの動きだけで彼女のステラを察したようだ。

 キアラも薄々勘づいてはいた。だから相手に知られただけで、彼女の魔法が不利になりづらいのもわかる。

 しかしエミリの場合はどうか。彼女は猛者だ。嫌な予感がびりびりと肌を走るのが伝わる。

(なら向こうのペースにさせない)

 キアラはまだ構え切れていないエミリに向かう。向こうは正面突破の騎士道精神らしいがこちらは違う。

 拾った小石をエミリへ投げる。彼女は目を向けずにそれを軽く避けた。いい反応速度。

 続けて刀。回転しながらぶつかってくるそれを、彼女は篭手で弾き返した。

 もうキアラは目前に迫る。布を厚く巻いた拳を素早く彼女に叩き込んだ。

 鳩尾に何発か入った。加減をしたつもりもない。だが太い柱でも殴ったような感触が返ってきた。それでいてこちらを見据えるエミリの眼差しに一切のブレはない。肉体自身の強度。魔力での防御。おそらく両方だ。

「……あなたは何者なんです。キアラ・サヴァトーさん」

「一般人」

 エミリから振り抜かれた拳を避ける。巻き起こる風で崩れた体勢に、次は具足の蹴りが飛ぶ。キアラはバク転でそれをかわして距離を取りまた詰めた。

 キアラが手数を稼いだ攻撃をエミリはかすりもせず全て受け流していく。先ほど投げた木刀を拾い、彼女に叩きつける。が、篭手の手で刃を掴まれた。

「甘いです。激甘ですよ、激甘。あなたが囮なのはよくわかってます」

 やはり勘づいていたか。ディレッタがエミリの背後から剣を振りかぶっている。当たる瞬間にエミリはその刃も別の方の篭手で掴んだ。

 そしてそのまま剣を持つキアラとディレッタをぐるりと回って放り投げる。空中に投げ出され無防備になったディレッタを先に彼女は狙う。今度は具足のかかと部分が火を吹いた。

「ルッジート・ドス」

 彼女の蹴りが発射される。爪先がまるでライフル弾のようなスピードと威力を帯びて空間を歪ませるほどの迫力。

 それが繰り出された時、やはりその照準先にいたディレッタの姿はやはり消えている。

 そしてエミリに迫る影。彼女はそれを腕で払いのける。ディレッタのブーツだった。

 ディレッタ本人は。ブーツに気を取られたエミリの頭上にいる。剣を掲げ、彼女の頭上目掛けて振り抜こうとする。

 その剣撃を。エミリは素早く逆立ちして放った蹴りで相殺した。剣の勢いを削がれて弾かれてたディレッタは完全に無防備な状態で宙に舞う。

「あなたのステラは、相手の攻撃をギリギリで避けた時だけ発動する瞬間移動。自身の力に信頼をおいた素晴らしい魔法、です。でもこれは、避けられますか?」

 逆立ちしたまま、エミリは身体を捻って落ちてくるディレッタを蹴り飛ばそうとする。

 その軸になっている腕を。キアラは滑り込みながら木刀で思い切り振り払った。不意打ちを喰らったエミリの体のバランスが崩れる。

「囮はディレッタ先輩だよ。ステラを警戒しすぎ。単純」

 倒れかけた背中を思い切り蹴り飛ばした。魔力の防御が間に合わなかったのだろう。でかい石を蹴ったくらいの衝撃だが確かにエミリにダメージを与えた。地面に倒れ込んだ彼女は素早く立ち上がり、キアラを睨みつける。

「……なるほど。ディレッタ様の魔法の中に潜んでいましたか。感心ですよ、感心。あまり魔力のないあなたならではの戦術ですね、キアラ・サヴァトーさん」

 瞬時にそれを理解するとは、やはり侮れない。だがこれで確信したこともある。こいつら、魔法を主軸に戦い方を覚えた奴らは、魔力のない者との戦闘に慣れていない。だから今のキアラの不意打ちにも反応が遅れた。

 ディレッタが魔法を使った。その時発散された魔力の中に、キアラの極小の魔力を馴染ませて息を潜めたのだ。暗殺者が殺気を消して影の中に潜むのに、感覚は似ている。

 あの瞬間だけ魔力探知に頼ったエミリには、完全にキアラは死角だった。アオイの魔力の授業の基礎が、この感覚を養うのに役立つとは。

「私とその黒猫はチームだよ、エミリ殿。卑怯とは言わせない」

「無論ですよ、無論。ただし、そちらも二人掛かりで負けても文句は言わせませんよ」

 もう自分に隙はない、とばかりにエミリは身構える。籠手と具足の金属のような煌めきが鈍くなる。まるで見据える眼光の如く。

「黒猫ッ! 今まで以上に息を合わせろ! 来るぞッ!」

 ディレッタが叫ぶ。その瞬間にはもう、エミリの姿はキアラの視界から消えている。そして次に現れた時には目の前で拳を握っていた。こちらに突き出される直前だ。

「ルッジート・ウノ」

 目の前で炎が爆ぜる。大砲でも顔の前に突き付けられた気分だった。瞬時に飛び退いていなければそのまま意識ごとノックアウトされていただろう。殺さないように殺意を抑えてのこの威力。風邪で足元を掬われた。

「ルッジート・ドス」

 そのまま彼女が後ろ回し蹴りを放ってくる。今度は溜めの後、発射。ギリギリで避けた制服のスカートの裾が裂けて太ももから血が飛ぶ。

「ルッジート・トレス」

 続けて裏拳が来る。爆発音。まだ地にキアラの足が付いていない。これは避けられない。怪我覚悟で、キアラは刀と腕で顔と首を守る。

「私がいるのをお忘れか、迂闊だエミリ殿ッ!」

 その拳を、突っ込んできたディレッタが剣で弾いた。だがエミリは動じない。弾かれた勢いのまま、体を捻って蹴りを繰り出した。

「ルッジート・クワトロ」

 それをディレッタは魔法で回避する。彼女の居場所を探るほんの一瞬。やはりエミリの意識はどうしてもキアラから外れる。

 刀を突き出す。スピードと威力を最大乗せた。エミリは気づき篭手でガードしたが、その片腕の下に刃を滑り込ませて跳ね上げさせた。

 そしてガラ空きの胴に刀を振るう。二度、三度、四度。鋼を木の棒で叩くようなものだが、確実に手応えがある。

(ダメージが入っているのは、私の魔力が向こうの魔力防御を相殺しているから……?)

 振るう刀に無意識にキアラ自身の魔力が付与されているのか。またアオイの講義に救われている。気に食わないが。

「エミリ殿! 覚悟ッ!」

 キアラの連撃を受け続けるエミリに、ディレッタがトドメとばかりに剣を手に飛び出してきた。

 瞬間、エミリの雰囲気が変わった。罠だ。ディレッタもそれに気づいたらしいが遅かった。

「ルッジート・シンコ・シンコ・セイス」

 エミリが拳と拳を瞬時ぶつけた。途端、そこを爆心地に凄まじい衝撃が周りにいたキアラたちを襲う。

 熱波、と表現するのも生温い爆風。痛みより何よりもただ自分の体が吹き飛ばされているという感覚だけが鋭く蝕んでいた。攻撃を喰らった。もろに。

「ッ……! ぐぅッ……!」

 体勢をすぐさま整えるだとか受け身を取るだとか考えている暇もなかった。気づけば地面に投げ出されて転がっている。遅れて痛みが走る。

 全身をくまなく殴打されたかのような鈍い痛み。そして火傷のひりひりとした熱感。耳鳴りで聴覚も効かない。間近で爆発を喰らったかのようだ。いや、そのまま喰らったのだろう。

 だがキアラは刀を杖に何とか立ち上がる。視界もピントがずれるように定まらない。隣に気配を感じて目を向ければ、ディレッタもよろよろと何とか立ち上がるところだった。彼女も今のエミリの攻撃を喰らってしまったらしい。

「……びっくりです。驚愕ですよ、驚愕。今の、私の渾身の一撃だったんですけど。まだ立てるんですか。耐久度やばいですね、激やばです」

 構えたままのエミリは表情こそ変えなかったが、本当に驚いているのは素直さで隠せていなかった。渾身の一撃、というのに偽りはないのだろう。

「……黒猫。まだ行けるか」

「……まあね。ディレッタ先輩は」

「相違ない」

 体が軽く揺れるだけで顔を顰めるくらいの痛みは走るが、動く分には充分だ。だが、今のエミリの攻撃を真正面から受けてこの程度のダメージで済んでいるのは何故だ。あれ一撃でノックダウンされておかしくはないほどの威力だった。

(……ディレッタが魔力で守ってくれたのか)

 エミリがキアラたちの攻撃を魔力を纏わせて防いでいたのと同じ。ディレッタは今の攻撃から自分を魔力で守ったのと同じく、キアラまで庇ったのだ。おそらく彼女一人守るくらいなら、今よりずっと軽傷でいられたはずだ。

 なのに、何故。こいつ、武闘会の前に死ねと言ってくれなかったか。単に戦力の半減というリスクを避けたか。……彼女の横顔を見ると、違う気がする。解せないが、考えるのは後でだ。

「諦めが悪いのは、お互い様ですね。相互理解、です。じゃあ続けましょうか。どちらかが倒れるまで、です」

 エミリが改めて足を上げ、拳を構え直す。そしてその姿は爆炎と共に消える。肘から放たれる爆発の衝撃で、自らの小柄な体を飛ばして移動したのだ。

 だが目で追える。左だ。放たれた飛び蹴りをキアラは避け、巻き起こる爆風もいなす。そして反撃をくれてやる。

 刀。突き。それら全てをかわしたエミリの更に反撃。爆破の反動を利用しないスピード任せのパンチ。キアラもそれら全て木刀で弾いた。爆発を伴わないなら、軽くはないが重くもない。弾ける、捌ける、いなせる。

 エミリが爆破を乗せた蹴りを放ってきた。それを避けて身を引くと同時に、ディレッタが飛んできて次はエミリと組手をする。殴り。回避。剣撃。受け流し。蹴り。剣でのガード。流れるような洗練された攻防。

 そこにキアラも再び参戦する。剣と刀、お互いを邪魔しない最適なタイミングで差し込まれる。隙のない二刀の連撃の隙を縫い、エミリは避け受け反撃してくる。観客席側から見たら目にも留まらぬ攻めと受けの応酬だっただろう。

(さっきよりもこいつの動きに付いて行けてディレッタに合わせられるのは……火事場の馬鹿力って奴か。そういうの当てにしてないつもりだったけど、案外馬鹿にできないな)

 敗北が、死が。自らの首に手を掛けようとしている瞬間だからこそ。後先のない全力が体を動かすのは生物としての本能なのか。今キアラも、そしておそらくディレッタもそれで不思議なほどに動きのキレを増していっていた。

「ディレッタ先輩ッ!」

 繰り出した刀を籠手で受けたエミリの隙を、キアラは合図する。すかさずディレッタが彼女の脇腹に蹴りを入れた。攻撃が当たった。

「黒猫ッ! やれッ!」

 続けてディレッタが素早く繰り出した剣の突きの連撃。それで身を翻したエミリの頭にキアラは一太刀振るう。ギリギリでかわされたが、切っ先が掠った。額が切れて血が飛ぶ。滴ったそれをエミリは雄々しく籠手で拭い去った。

「──ルッジート・ウノ・ドス・トレ・クワトロ」

 右手、左足、左手、右足。順にエミリの発射口に点火されて拳と蹴りが爆ぜる。キアラとディレッタは交互にそれを避けていく。体幹を奪おうとする衝撃波は剣と刀で打ち消した。

 全ていなした後は、二人同時にエミリを斬りつける。爆発の反動で彼女のガードは間に合わず、もろに胴体と頭に刃が爆ぜる。

「ぐッ……! シンコ・シンコ・セイス……ッ!」

「させるかッ!」

 よろめいたが、すかさず先ほどの全方位爆破を起こすために拳を合わせようとするエミリ。それをすかさず、ディレッタが間に剣を挟んで阻止する。そして縦に回転して、エミリの頭に踵を衝突させた。

「ッ……! エリオット様に、勝利を……ッ!」

 鈍い音が炸裂したが、エミリは倒れない。目の前のディレッタを横蹴りで薙ぎ払う。地面に投げ出されるディレッタ。もう余力はないのだろう。

「決めろッ! 黒猫ッ!」

 彼女の叫びに押し出されるように、キアラはエミリに躍りかかっている。エミリから繰り出される拳。薙ぎ払う。蹴り。その穂先を避ける。

「……ルッジート・トレッ!」

 飛んだキアラが剣を振りかぶる。エミリも握った拳を引いた。だが打ち出すタイミングはこちらの方が速い。木刀が頭に入る。確信した。勝てる。これでトドメだ。

「ッ……⁉」

 が、刃が彼女の急所を捉える瞬間弾かれた。彼女は何もしていない。驚いたように見開かれたその眼差しがそう言っていた。まるで見えない何かで阻まれたみたいだ。

 エミリは拳を止めようとしたのだろう。だが、点火したそれはキアラに向かって突き出されてしまう。こちらの攻撃を迎え撃とうとした全力の拳が、無防備になったキアラに迫る。

 ──死。前世で見た銃口が頭を過る。それをこちらに向けた元ボスの桃沢の無機質な眼差しも。

 甲高い殴打音。しかしキアラの意識は奪われていない。地面に投げ出されたのかと思えば、そうではない。しばらくして、自分が誰かに抱き留められているのだと気づいた。

 黒い煙幕が晴れる。そしてその隙間を縫うように、青く光る何かが花びらが舞うように一斉に散っていった。

 羽ばたくそれは、青く光る蝶だった。そして自分を抱き留めているのは、アオイだ。

「……平気? キアラさん」

「……何で、出てきて……」

 どうやら自分は彼女に庇われたらしい。だが、この状況は明らかに──。

 アオイは目の前で呆然としているエミリを見据えると、口を開いた。

「──この試合、私達は棄権する。あなたの勝利よ、エミリ・スフェンさん」

 会場内はキアラと同じく何が起こったかわからないと言うように。しんと誰もが固まっていた。

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