第5章──3 Amazing!!!!
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「アオイ先輩。わざわざ見送りに来なくていいよ。そんなに私たちが負けるのが心配? 杞憂でしょ」
間もなく武闘会の第三試合が始まる競技場への入口前。外からの光と観客たちのざわめきが微かに入り込むその暗がりに、キアラたちはいた。
何故かアオイも駆けつけている。さっきの試合をよく見ていなかったのか、それとも自分たちが負けるかもと心配なのか。どこか真摯な眼差しの彼女から、キアラはその真意を読み取れない。……訳分かんない女。やはり微かに心がイライラする。
「二回も連覇したあなたたちを、向こうはもう止めるのに必死になるはずよ。次の相手は本当に危険だと思う。気をつけて」
「……珍しいですね。アオイ様が、断定的に仰らないのは」
ディレッタが不思議そうに言う。そう、彼女はいつもに増して不安そうなのだ。それに確かに言い切る彼女の言葉が今日は地に足がついていない感じだ。
「……次の相手、フランチェスカの従者のことが一切探れなかったのよ。名前すらわからない。おそらくは魔法でこちらを妨害しているのね。注意して。命に関わりかねない」
「大丈夫。勝ってくる。堂々と構えてなよアオイ先輩。スピネルクラスの子たちも、きっとあなたに期待してる」
……自分は今、何を口走った? 一瞬キアラは自分が信じられない。何故不安がる彼女をまるで勇気づけるようなことを言ったのか。
アオイも意外そうに目を丸くして、それから吹き出した。
「……わかった。信じるわ。無事に帰ってきてね、二人とも」
「アオイ様。私も必ず戦果を上げてみせますよ」
「ええ、もちろんよディレッタ。期待してる」
ディレッタが何故か面白くなさそうにこちらを睨んでから先に行ってしまう。キアラはその後を追いかける。密かに振り返ると、アオイがやはり深刻そうな眼差しでこちらを最後まで見送っていた。
競技場に出る。拍手と歓声。何だか先ほどよりもずっと熱がこもっている気がした。期待されているのか。それとも、早くボコボコにされろと急かされているのか。おそらくほとんど後者だ。
「ここまでまさかの二連勝! ディレッタ&キアラチーム! 快進撃です! 果たして彼女たちはこのまま優勝への階段を駆け上がるのかー!」
アナウンスの後、向こうの出入り口から対戦相手が姿を見せる。
彼女を目にした途端、やっぱりかと思った。最終試合の相手はエリオットの従者エミリだ。なら、あいつはフランチェスカの従者ってことになる。
「やっほー、ご無沙汰キアラ・サヴァトーちゃーん。いい子にしててくれたかなー?(*´艸`*)」
蜘蛛を模した四つの赤い目の付いた仮面。ボブカットの黒髪。この前、金で雇われた男たちがスピネルクラスの寮に放火しようとした時、どこからか現れて口を割らせる邪魔をしてきた女だ。フランチェスカの手下だったのか。通りで動きが他と違うわけだ。
「第三試合、対するはフランチェスカ様の護衛で謎多き画面の美女! 名前は……あれ? 書いてない……?」
「マリア・イニョータでいいよ。マリアって呼んでね(^O^)/」
資料を見て困惑しているアナウンスの生徒に、マリアと名乗ったその女は言って手を降る。日本で言う「名無しの権兵衛」だ。あからさまな偽名だが、なぜ偽名を使う必要がある?
何故か声色以外で仮面をつけているのに表情が伝わってくる声といい、本当に妙な奴だ。こいつが一番要警戒かもしれない。
「失礼しました! 第三試合、マリア・イニョータ選手VSディレッタ&キアラ選手! さああったまってきた会場でどんな魔法の試合を見せてくれるのかー! いざ、試合開始ィ!!」
合図の鐘が鳴る。剣と刀を構えたキアラとディレッタを前に、マリアは両手を広げて誘うようなポーズをしている。
いや、実際に誘っているのだろう。こちらの攻撃に対してカウンター的に発動する魔法か? 何にせよ得体が知れない。こいつは謎が多すぎる。
「……一つ、聞いておきたい。この前、アオイ先輩の魔法の講義の時にスピネルクラスの子たちが精神操作魔法を喰らって錯乱した。あれは、お前のしわざ?」
「さぁて、どうでしょー? そんな陰湿なやり方する奴に心当たりはありませんなー(^_-)-☆」
キアラの質問に対し、マリアはとぼけた返事をする。かなりイエスに近い反応だが、フェイクともとれる。十中八九こいつのステラの魔法は精神操作だろうが、断定は危険だ。
仮にそれが正解だったとしても、何がスイッチで発動してこちらの精神にどう影響を及ぼすのかまったくの未知数。この前の錯乱だって、作用の一環なだけなのかもしれないのだ。やりにくい相手だった。
それをディレッタもわかっているのだろう。警戒し、先制で斬りこんでいくことはしない。睨み合いが続くと、呆れたように蜘蛛の仮面がせせら笑った。
「なぁに、どしたのぉ? せっかく楽しい舞台なのに、固まっちゃって。緊張してる? ほら、リラックスリラックス( ^^) _旦~~」
「お先にどうぞ。先手はくれてやるよ、悪趣味仮面」
キアラがそう挑発すると、マリアが仮面の奥でにやけたのがわかった。仮面に横に並んだ四つの目が細められたような錯覚さえ覚えた。
「……何が可笑しい?」
「えー? やっば、キアラちゃんもうキマっちゃってるぅ? 何であたしが今笑ったってわかったのぉ?(#^.^#)」
──もうとっくに、発動条件は満たしちゃってるよ? この前会った時にね?
蜘蛛女が笑う。今度は確かに、仮面の目が笑った。それどころか、空白になっていた下の部分に、口が現れて歪む。
(……しまった。もうこいつの手中か)
こいつの精神操作魔法に引っ掛かった。何が条件かわからない。いくらでも候補がある。この前ぶつかり合った時がそれを満たしたのなら尚更だ。
目の前の景色がぐにゃりと歪む。そして霞む。正面にいたはずの蜘蛛女の姿も消えた。まさに霞の中だ。いつの間にか空も周りも暗くなり、周りも闇に閉ざされている。観客の姿もないし声も音もない。禍々しい空気の演出は、こいつの趣味か。悪趣味極まりないな、どこまでも。
「おい黒猫ッ! 大丈夫か⁉ 魔法がどう効いている⁉ くッ……!」
フィルターに掛かったように少し遠くで、ディレッタの呼びかけてくる声が聴こえた。彼女の姿も確認できない。声が響いているから、方角も曖昧だ。だが、交戦している雰囲気は伝わってくる。固いものと固いものがぶつかり合う音。これはおそらく模擬剣と模擬剣の交わり。地面を踏みしめる音、風を切る音、駆ける音、蜘蛛女の、不快な笑い声。
(ディレッタには女の精神操作は効いていない。つまり私だけが条件を満たした。やはりこの前の交戦が原因か)
肉体的な接触。言葉による暗示。あるいは更に特殊な条件。……考えても仕方ないか。とにかく、現状打破だ。
「ディレッタ先輩、指示ッ!」
キアラは叫ぶ。とりあえず声は出た。自分の感覚では、だから実際にディレッタに届いているかはわからない。
「右斜め前、十歩先だ!」
だが彼女は的確にこちらの状況を理解してくれた。視界が効かないことを察し、敵の場所を知らせる。いや一歩先だ。敵を今自分の自分が言った先に誘導している。
「今だ!」
ディレッタが言うと感じた瞬間にキアラは飛び込んでいる。指示通りの場所、木刀を振り払う。外れたが、こちらの攻撃を蜘蛛女が避けた気配が空気の流れで伝わってくる。
つまり、こちらが操作されているのは視覚と、少しだけ聴覚だけだ。おそらくそこまで高度にこちらの精神を操作することは出来ていない。
(あるいは更に複雑な条件を満たせば、あの時の生徒のように錯乱させられるのか。または私自身にそこまで効果はないのか)
考えながら空気の動きを肌で感じつつ、マリアを狙って更に刀で追い打つ。体に掠ったのはわかった。更に追撃。紙一重で避けられてはいるが、確実に捉えてはいる。聴覚が若干働いていないのは厄介だが、だんだん感覚に慣れてきた。
「もう二歩踏み込んで剣を使え、黒猫!」
声は遠いが、ディレッタが傍に来たのが何となくわかる。空気を裂くこの感じは彼女の模擬剣。空気抵抗が少ない攻撃は、おそらくマリアの方の短剣だ。
ディレッタに言われた通り踏み込んで切っ先で突く。明確に肉と骨を捉えた感触が柄に伝わる。蜘蛛女に攻撃が当たった。問題ない。このまま戦える。
「えー、マジぃ? その状態で善戦とか、キアラちゃんきしょすぎぃ! ならあたしも、ちょろっと本気出しちゃおうかなっと<(`^´)>」
マリアのこちらを嘲笑うような声。それを感じた瞬間、光が戻った。観客の喧騒、開けた天井から注ぐ太陽。開けた競技場の中と、目の前の悪趣味蜘蛛仮面女。聴覚と視覚が治った。
だが何故。その疑問はすぐに解けた。
「くっ、うぅっ……!」
ディレッタがキアラに向かって剣を構えていた。震えるその手、顔には苦悶の表情が浮かんでいる。そのまま彼女はキアラ目掛けて突進してきた。三連撃。空気ごとその空間をこそぎ取りそうなそれを、キアラは何とか避ける。
(……奴の精神操作魔法にやられたか。操られている。けど、抵抗しようとしている)
ディレッタもマリアの精神操作魔法を喰らった。体のコントロールを奪われている。が、この前の錯乱のように精神まで乗っ取られていないのは彼女の魔法に対する耐性なのか。たぶん彼女の全力ならキアラは今の攻撃を避け切れなかったはずだから、彼女は抗って何とか手を抜いたのだ。
(私の感覚を奪うのと、ディレッタを操るの。二つを一度には発動できない。……あとはどうやって、ディレッタを操る条件を満たしたのか)
更に斬りかかってくるディレッタの攻撃を、避けて刀で受ける。固い音が弾けた途端、柄を握る手が微かに痺れた。何とか手加減してこの威力かこの人。見くびっていたつもりはないが、ディレッタへの評価の甘さをキアラは反省する。敵に回すとこの人もやばいタイプだ。
「さあ、キアラ選手とディレッタ選手ぅ。負け犬に成り下がるのは一体どっちなんでしょうかぁ?( *´艸`)」
「お前だよ、蜘蛛ビッチ」
ディレッタの剣を避けて。キアラはせせら笑うマリアを横目で睨んだ。
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「くっ……! 体が勝手に……! 逃げろ、黒猫ッ……!」
ディレッタの剣が更にキアラへと襲い来る。
素早く隙のない四連の振るい。さすがにかわしきれずに掠った一撃がキアラの制服のリボンを切り飛ばす。ぶるぶると震える手、苦渋の表情から彼女が精神操作で操られながらも自我をちゃんと持ち抗っているのがわかる。言葉も話せているところを見ると、彼女自身の魔力が防壁となって精神まで及ぶのを防いでいるのだろう。やはり彼女は実力者だ。
(だけど、このまま同士討ちを続けてたら蜘蛛女の思うツボだ。何とかディレッタがこうなった原因を特定しないと)
ディレッタを観察する。彼女の体におかしいところはない。言葉による暗示、あるいはある仕草とか、何かを見せることで発動するのか。相手の目を見て操る術もありそうだが、ディレッタほどの者でそんな単純な条件で魔法に掛かるだろうか。
(見たところ、あの蜘蛛女が操ってる感じでもない。剣筋はディレッタ先輩そのままでやばい威力。ってことはオートで発動している。……原因が絞り込めないな。いくらでもあるし、私では絞りきれない)
ならば。ディレッタの攻撃をギリギリで避ける。腕をかすり、血が吹き出す。
だがで隙が出来た。キアラはディレッタを無視して、そのままマリアの方へ突っ込む。本体を叩けば魔法は解ける。結局単純な方が一番強い。
「あららぁ、やっぱそう来るよねぇ。キアラちゃんってば思ったよりたんじゅーん(^ν^)」
が、マリアを主として守るようにディレッタがぎこちなく間に入ってくる。やはり自分を守るようにプログラムされているか。
だがディレッタの精神は完全に侵されず意識がある。なら、勝機はある。力技だけど。
「ディレッタ先輩。いいよ、本気で打ち込んできて。私を殺す気で大丈夫。殺されないから」
「お前何言っている!? 正気か!」
「正気だよ」
攻撃を受け流しながら、彼女の目を見る。信じろ。それが伝わったのか、彼女が苦渋とばかりに顔を顰める。
「死んでも恨むなよ!」
ディレッタは抗うのをやめて操られるままに動く。剣撃。五連。素早い。模擬剣だが体を掠るたびに制服が破れ血が滲む。さっきより数段上のキレ。これがおそらく全力ではないのだろうから、彼女は恐ろしい。避けるだけで反撃する隙はない。
「おーっと! 同士討ちは更にヒートアップ! どっちが先にぶっ殺されるかなぁ\(^o^)/ ……あえ?」
飛び上がったキアラはマリアの傍に来る。そして余裕をこいていた奴の腕を引き、こちらに向かってきたディレッタの剣の前に突き出してやる。
微かに、ディレッタの剣が鈍ったがそのまま彼女自身の意思が押し切ったのだろう。慌てて避けようとしたマリアの仮面を思い切り斬撃で弾き飛ばした。
「おおっとぉッ⁉ 操られているはずのディレッタ選手の攻撃が、まさかのマリア選手自身にクリーンヒット! 仮面が外れたァ! その下の顔は……えぇッ⁉」
アナウンスしている生徒の声が、驚きで割れて響き渡る。……アナウンスの声? 何だ、この違和感は。
とにかく今は、仮面を失って顔を手で覆って背けるマリアに注意を向ける。何故か、操られているディレッタの動きも止まっている。それだけ今の状況で、マリア自身の魔法が乱れたということだ。
「……痛ぁ。まさかそういう仕返しされるなんてさぁ。ほんと面白いよねぇ、キアラ・サヴァトーちゃん……?」
露わになった顔。いつの間にか黒いボブカットも、ふんわりした明るい色のセミロングに変わっている。
マリアの正体はフランチェスカ自身だった。従者ではなく、彼女はあの悪趣味な蜘蛛仮面を付けて自ら出場していたのだ。あの仮面にも魔力が込められていて、声も背格好も誤認識させていたのか。それくらいの暗示なら、自分を見る全員の視界をいじくることも出来る魔法ということらしい。
「まさかのマリア選手の仮面の下は、フランチェスカ様ご自身だったぁ⁉ まさかの展開です! ていうかこれはルール的にありなのかァー⁉」
「ありに決まってんでしょ。あたしが選んだ一人を選手として出場させるって決まりなんだから。あたしが選んだのはあたし。だってあたしが、一番最強だし?」
フランチェスカがくるりと人差し指を回す。すると再び、止まっていたディレッタが動きもうキアラの目の前に迫る。
(……? 何だ……?)
繰り出される剣の鈍器を間一髪でガードしながら、キアラは考える。ほんの一秒にも満たない僅かな時間。動く時、僅かにノイズが走ったように見えた。見間違い? いや違う。些細なことでも疑え。自分の感覚を、違和感を信じろ。
ディレッタの剣をギリギリで避けながら、必死に思考を巡らせる。彼女の攻撃は速く重い。考えながらでは捌き切れない。わかっている。でも考えなければ。
「ぐっ……!」
剣を振るう。動きのタイミングをずらして斬撃。それを避けたと思ったら、横蹴りをまともに喰らった。反射でガードしたが、威力を殺しきれずにキアラは吹き飛ばされる。
「キアラさんッ!」
遠くで声。こちらを呼んだのは、アオイだ。不意に飛び込んで来たその声が、キアラに気づかせた。彼女の距離はもっと近いはずだ。違和感。
(……なるほど。やってくれたな、この蜘蛛女)
一瞬睨んだフランチェスカは、余裕そうににやにやと笑いながらこちらを観戦している。そしてキアラは、彼女が制服のブレザーの下で光らせているものを捉えることが出来た。バカが。こいつは仮面が外れたことで、自分の姿の誤認識が解けたことの致命的な隙をわかっていない。その驕りが、命取りだ。
「ディレッタ先輩。どこ。口で言えないなら目でもいいしどんなヒントでもいい」
斬りかかってくるディレッタに、振りかざす音に交えさせながらキアラは小さく囁き掛ける。剣をこちらに使ってくる彼女の口は歯を食いしばったままだ。
だが僅かに剣を振る動作に交えて、不自然に右肩を動かした。キアラは見逃さない。そこか。さすが彼女は察しがいい。
「痛いと思うけどごめん。おあいこね」
彼女が剣を払い切った微かな隙。キアラは思いっきり飛び上がってドロップキックした。地面を擦りながら彼女が後ずさる。
キアラも素早く体勢を立て直し駆けて、スライディングで彼女の隣に追いつく。
そしてさりげなく、拾った小石をフランチェスカの方に指で弾いた。彼女はぶつかってきたそれを彼女はどうやら指で受け止めたようだ。
「なぁにこれ。牽制? しょっぼ」
「いや、反撃の狼煙」
ディレッタから目を離さない。フランチェスカの意識が逸れたほんの一瞬。彼女の右肩にノイズが走ったのが確かにわかった。
キアラはディレッタから放たれた斬撃に頬を掠らせながら、その右肩に手を伸ばす。ここだ。掴む。何もないはずの場所に確かな手ごたえがあった。それを引き抜く。
「ッ……! 癪だが、礼を言うぞ黒猫。操られるのは気分が悪いな」
「確かに。私ももうディレッタ先輩とは戦いたくないかな。しばらくは」
フランチェスカの操作から、ディレッタは解放されたようだ。剣を構え直し、鋭くフランチェスカを見定める。
「少々戯れが過ぎたな、フランチェスカ殿。悪いが選手として出場している以上、手加減はしない」
「あれぇ、よく気づいたねぇ? ちゃんと見えないようにしてたのに、さっすがキアラちゃん」
タネを見破られたはずのフランチェスカは、まだ余裕を崩さない。まだ勝てるという驕り。確かにタネがばれても構わない戦術だが、それが大きな隙になる。
キアラがたった今彼女から引き抜いたのは、針だ。縫い針ほどの小さなそれが、いわゆるアンテナのような役割を果たしている。刺された者をこれで操縦するのだろう。この前スピネルクラスの生徒たちを錯乱させたのも同じ手法で、おそらく魔法に耐性のない彼、彼女らは精神まで侵されてしまった。
その時も、そして今もその針の存在に気づけなかったのは。認識できないようにこちらの視覚を操作していたのだ。さっきからやけにアナウンスの声が聴こえなかったり、アオイの声がやけに遠く聞こえたりしたのがそれだ。解けた振りをして更に二重にこいつは視覚と聴覚に膜を掛けていた。
だがそれなら、キアラに針を刺せば勝負は決まっていた。何故それをしなかったのか。出来なかったのか。……おそらく両方だ。
(おそらく私にも針は刺さっているはず。でも効かなかった。前世でそういう訓練は一通り受けていたのが、こっちでも通用したか)
キアラにも操りの針は刺したが、効果がなかった。体は違うが精神操作なら耐性があったということか。だから彼女はディレッタに標的を移して同士討ちのショーを演じさせたのだ。いや、むしろ彼女はそっちの方が楽しそうだと喜んで選択したのかもしれない。
「……ほんと、悪趣味な女」
「それ誉め言葉? 語彙はちゃんと増やした方がいいよぉ、キアラちゃん( *´艸`)」
フランチェスカはまだ余裕たっぷりににやついている。魔法がバレたからと言っていくらでも応用が利くと思っているのか。それとも奥の手を隠しているのか。
「覚悟ッ!」
ディレッタが素早くフランチェスカとの距離を詰める。間近、剣を振りかざす。隙はなかった。フランチェスカはまったく動かない。彼女の俊敏さなら反応できているはず。
「ディレッタ先輩! 罠だ!」
「もうおっそいよーん」
フランチェスカが言った途端、ディレッタが目を見開いた。剣は振るい抜いたが、やすやすとかわされてしまう。明らかに今刃が見当外れの場所を捉えていた。
視覚を奪われたか。先ほどのキアラと同じ状態だ。おそらく聴覚も使いものにならなくなっている。
無防備なディレッタに、フランチェスカは手にした短剣を喰らわせようとする。模擬に見せているがおそらく本物。こいつ、ここで邪魔者二人とも殺す気か。
キアラは刀を投げる。それでフランチェスカの短剣を弾いた。一直線で奴の元へ。
蹴りを放つ。瞬間、捉えたはずの奴の姿が消えた。奴の笑い声が反響して聴こえる。また世界が薄闇の中に閉ざされた。
「一回でもあたしの針を喰らった奴は、いつでも視覚と聴覚奪えんの。すっごいでしょ。でも操りが効かなかったのはあんたが初めてだよキアラちゃーん。ありがとね、おかげで改良の余地が出来ちゃった(^^)/~~~」
「その余地を発揮できる余力が残ってるといいね」
軽口は叩き返してやったが、フランチェスカの位置がまったくわからない。薄闇が霧のように漂う空間が広がっているだけにしか見えない。音も駄目だ。反響しているように聴こえて役に立たない。
せめて大体の位置さえ分かれば。
「黒猫ッ! お前から見て右斜め前だ! 五歩先!」
ディレッタの声がした。それで察する。
そうか。ディレッタは魔法に長けているから魔力探知が出来る。それなら大体の位置が補足できる。魔力の感じは一人一人全く異なるものだからだ。
瞬時、言われた通りの場所を正確に。キアラは駆け抜けて回し蹴りを放つ。避けられたが、避けられたという空気の流れを確かに感じた。さりげなく位置を合わせて先ほど投げた木刀を拾い上げ、更に動いた空気を追って追撃。今度は明確に掠った感触がある。たぶんわき腹だ。
攻撃が来る。気配を察してバックステップ。刃が風を纏いながら鳴いた。奴の短剣だ。容赦なく殺しに来てるが、こいつは体術だけに長けていて攻撃だけはそこまでじゃない。ディレッタの方が正面から立ち向かえば何十倍もやばかった。彼女だけは敵に回したくないところだ。
「……ちっ。こいつらバケモンかよ。よくその状態で戦えるじゃん。なら、これならどう? わかるかなぁ、あたしの場所( `ー´)ノ」
離れた場所にいるフランチェスカが何かしたようだ。キアラでも雰囲気が変わったのがわかった。
「くそっ、魔力を散らされた! 奴が魔力を込めた針をあちこちにばらまいたぞ!」
ディレッタの声。フランチェスカが自身の魔力の籠ったお得意の針を、フィールド状に散らしたらしい。これでディレッタが彼女の位置を魔力探知で明確に探るのは難しくなった。
だが。策はある。ディレッタを、信じること。
「ディレッタ先輩。落ち着いて。奴本体の魔力に集中して。私が全部、向こうの攻撃から守ってあげるから」
「おい、簡単に言うな! 出来るのか!」
「出来る。この状態にはもう慣れた。いつでも行けるよ」
「……くそ。信じるからな!」
声の反響はめちゃくちゃじゃない。ただ距離感をバグらせているだけ。だからディレッタの場所は把握できる。奴の精神操作に慣れたというのは過言じゃない。
「うっそ。まだ抗うんだ。諦めなよいい加減。負け犬が遠吠えるなっての<(`^´)>」
何かが飛んでくる。おそらく複数の短剣。ディレッタを狙ったらしいそれを、空気の動きだけで全部捉えてキアラは木刀ではたき落とす。こいつはプロじゃない。なら視覚と聴覚に縛りが課せられていても問題ない。
「きっしょぉ。何でわかるんだよ。じゃあこれなら⁉(`´)」
動く気配。飛んできているのは、針だ。それでディレッタを突いて再び体のコントロールを奪おうという算段なのだろう。姑息だな。一度見せたのが二度通用すると思っているところも
「なッ……⁉」
針はマシンガンの弾みたいに複数、ディレッタに直線に向かって来ていた。刀を振るうだけじゃ全ては落とせない。
だから受けられる分は刀で受けて。残りは全部自分の身体で受けた。フランチェスカが驚いた吐息を零すのが反響する。どうせこんな極小針。目などを避ければ致命傷には至らない。毒を仕込むだけの知恵もないだろう。自分の魔法に自信とプライド過剰なこいつには。
「キアラッ! 斜め左、二十歩先だッ!」
「了解」
ディレッタが叫ぶ。言い終わる前にキアラはもう地面を蹴っている。姿の見えないフランチェスカの息を呑むのが不自然に響く。この状態になれた今の自分に、それは正確な位置を教えているも同然だ。
刀を振るう。確かな手ごたえ。胴の辺りを明確に捉えたのだろう。フランチェスカが苦し気に喘ぐのが聴こえた。
「ぐぇッ……! てめぇ……ッ、てめぇだけは殺してやる……ッ!」
苦しそうに息を吐くフランチェスカが短刀をこちらに突き出そうとするのを感じる。だがキアラは動かない。もう決着は付いている。
「ディレッタ先輩。そのまま真っ直ぐ打ち込んで」
「わかってるッ!」
ディレッタの剣が唸る。目の前にキアラに集中していたフランチェスカは、迫る彼女に反応するのが遅れた。
重い打撃音。少し遅れて、人体が崩れる音が響く。途端、視界が一気に晴れた。
聴覚も戻ってくる。興奮した歓声と、拍手が降り注ぐ。周りを見れば観客たち、主に学園の生徒たちがキアラたちに向かって昂った感情を降り注がせている。
どうやらこの時ばかりは自分たちの立場も忘れ、試合の行く末に夢中になっていたらしい。どうやら自分たちを応援していたのが多数派だったようだ。
(呑気な人たち……)
足元を見れば、完全に伸びているフランチェスカが転がっていた。ディレッタの重い一撃をもろに頭に受けたらしい。ディレッタが意識と脈を確認してこちらに頷いた。当分は起きなさそうだ。
「だ、第三試合ッ! この奇想天外な戦いの勝者はァ⁉ キアラ選手&ディレッタ選手です!」
歓声が更に弾ける。完全に全員がその場の熱量に呑まれていた。先ほどまでの場違い感がむしろ心地よかったくらいだ。こういう注目のされ方は居心地が悪い。
「おい、大丈夫か黒猫。肩の辺りにめちゃくちゃ針が刺さりまくっているぞ」
「平気。投げ方が甘くて深く刺さってないし、もうこいつの魔力も残ってないでしょ」
「手当てしてもらえ。……よくやったな。感謝する」
ディレッタがキアラの肩に刺さった複数の針を引き抜きながら、こちらの顔を見ずに言った。彼女らしくない素直な言葉に、思わずキアラも「……こちらこそ」とらしくない返事をしてしまった。
「キアラさん!」
ふと、声が真っ直ぐこちらに届く。見上げた先に、立ち上がって前のめりにこちらを見つめているアオイの姿が見えた。心底心配そうな顔。……私はただの駒じゃないのか。この人のことが、ますますわからなくなる。
とりあえずキアラは彼女を安心させるため。見えるように立てた親指を掲げてみせた。
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