第5章──1 Crazy!!
1
「……キアラさん、大丈夫なの? あんな大立ち回りを目立つ場所でして」
アオイが心配そうな顔をして言ってくる。わざわざ控室を尋ねてきたと思ったらそれで、キアラは少し呆れた。
「どっちみち、選手として出てる時点で今更でしょ。それに決着は早いほうがいい、何事も。でしょ」
「だが次からの相手は、お前を警戒するだろう。いきなり奥の手を見せてよかったのかと、アオイ様は懸念されているということだ」
察しの悪い奴め、と言わんばかりに椅子に腰を下ろしたディレッタが口を挟んでくる。
先の模擬試合で、キアラはダンロという対戦相手を一瞬で戦闘不能にした。これで次からの相手が自分を警戒するようになるのは目に見えている。が、問題ない。
「アオイ先輩の懸念は無用。あれはちょっと肩を慣らしただけだから。ディレッタ先輩も楽に構えてていいよ。後の相手も全部、私が片付ける」
「……キアラさん。そんな簡単じゃないわ。おそらく次から相手はあなたを狙う。それどころか協力者がいたら、場外からあなたにどんな危害を加えてくるかわからない。学園側が姑息で卑怯な連中なのはあなたも知っているでしょう」
「それも予想している。平気だよ。どこから何がこようが対処できるから」
「それが信用ならんとアオイ様は仰っているのだ。お前のその自信過剰でこっちが敗退にされたらたまったものじゃない。それだけでクローチェ選抜会の痛手になるんだぞ」
むっとしたディレッタに対して、アオイは「違う、そうじゃなくて」と言い返す。
「あなたに危険な目に遭ってほしくないのよ、キアラさん。ごめんなさい、あなたを出場させたのは間違いだった。ディレッタは私と直接契約を交わしているから命に関わることはされないでしょう。でも、あなたは違うわ。脅威と見なされれば、下手をしたら殺されてしまう可能性もある。あなたはあくまで許婚で、私の正式な婚約者としては認識されていないんだもの」
あくまで真摯な表情でこちらに言うアオイは、こちらをからかっているわけでも懐柔しようとしているわけでもなさそうだ。これが演技だったとしたら相当の女優だ。少なくともアオイの目に偽っている感じはまったく読み取れない。
「……だから、私なら大丈夫。満身も油断もしてるつもりはない。杞憂はいいから、アオイ先輩はただ見物してるだけでいいよ。余計な心配は無用」
「随分強気だなぁ、キアラ・何とかさん、だっけ? そういう発言が、むしろ満身と油断をあらわしてるんじゃないの?」
不意に、知らない声が控室内から聞こえた。キアラはその方向に模擬刀を構え、ディレッタはアオイを庇うように前に立つ。
いつの間にか入口の近くの壁に、男が寄りかかっている。目深にブレザーの下に着た服のフードを被った彼の目はどこか気だるげで、全体的に無気力な雰囲気を漂わせている。微かに覗いている前髪は暗いグリーンで、パーマでも掛けたみたいにウェーブがかっていた。こいつ、いつの間に。
「何者だ。控室を間違えているぞ」
「いや、あってるよ。お初にお目にかかります、アオイ様。それと――許婚のキアラ・サヴァトーだっけか?」
男のあまり光のない眼差しはキアラを捉える。明らかにこちらを警戒していた。さっそく刺客が送り込まれたか。
不意にアオイが、ディレッタの前に出る。そしてキアラをまるで庇うように腕を出し、男を見据えた。
「彼女は私の許婚よ。気軽に声を掛けるのは控えていただけるかしら。マジモ・チェルボラさんの側近の、ミルコーレ・ディゾネストさん、だったかしら?」
アオイが温度のない声で名前を呼ぶと、ミルコーレと呼ばれた男は小さく口笛を吹いた。軽薄そうな奴だ。
「さすが、最上級貴族様は何でもお見通しっすね。まあ、そんな肩肘張らずにリラックスっす。俺は別に、場外戦なんか仕掛けに来ちゃいないんで。そんな面倒くさいことする奴は二流でしょ」
「次の言葉はよく選べよ、お前。アオイ様の御前だ。私は場外戦でも一向に構わないぞ」
ディレッタが再びアオイの前に立ち、いつの間にか模擬の剣を構えている。「おー、こわっ。血の気が多くてたまんないっすねぇ」とミルコーレは軽い調子で手をひらひらさせる。
「簡単な交渉っす。アオイ様、クローチェの椅子は諦めてもらっていいっすか?」
ディレッタが斬り掛かった。素早い突きを、ミルコーレは首を最小限に動かしてやすやすとかわしてみせる。
「あっぶねー。まだ詳細も言ってないのに怖い人だなぁ。簡単っすよ。この武闘会とやらを棄権してもらって、クローチェ選抜会からも手を引いてください。そうすりゃ、俺も面倒な手間は省けるしそっちも余計なリスクを背負わなくて済む。そのヤベー許婚ちゃんにも謝礼出しますし手は出さないっす。ね、お互いWin-Winっす」
ディレッタから距離を取って、ミルコーレはアオイだけを見ながら首を傾げてみせる。
「ふざけるなッ! アオイ様がそんなものに乗ると思っているのかッ!」
ディレッタが吠える。しかし当のアオイ本人は……何故か、黙っている。てっきりきっぱりとすぐさま突っ返すものだと思っていたが。
アオイは、ほんの一瞬こちらに目をやった。その視線が問うていた。『あなたはどうしたい?』。
キアラは。大きくため息をつくと、アオイの前に回って、ミルコーレと向き合う。
「……確かに悪くない条件かもね。でも、こっちはどう? きっとスッキリするよ」
奴の軽薄な顔の前に、思い切り中指を突きつけてやった。
「お前のボスと、そのお友達全員に伝えて。全員、ぶっ潰す。どんな手を使ってきてもいいよ。ただ今夜からは、ぐっすり眠れると思うなよ」
僅かな沈黙ののち、それは吹き出したアオイの抑えた笑い声で破られた。
「くくっ……私の許婚の答えはそうみたい。私も同意見よ。姑息な交渉とやらには応じない。ビビってないで、真っ向で私たちに挑んで来なさい。言っておくけど、そちら側が挑戦者なのだから」
アオイは彼女らしい自信に溢れた笑みを取り戻したみたいだった。
ミルコーレは、救いがたいとばかりに肩を落とす。
「……ったく。なーんでどいつもこいつもコスパ悪いことばかりするかなぁ。めんどくせー。まあ、交渉は決裂ってことで。うちのマジモには伝えておくっす」
――次の試合、よろしくっす。ドアを開けて出ていこうとしていたミルコーレが一瞬振り返り、今度はキアラのことだけを鋭く見据えて消えていった。これで正式に脅威として認められたわけか。実に光栄なことだ。
「……何なんだ、あいつは。というか、あんな啖呵切ってよかったのか、お前。本当に次から狙われるぞ」
「でも、面白かったし意外だったわ。あなたにもあの条件は悪くなかったはず。何で挑発してまで蹴ったのかしら?」
懸念するディレッタに対し、アオイは先ほどよりも愉快そうに笑みを携えて尋ねてくる。
……そんなの、こっちだって知りたい。でもそう、ふと浮かんだ心情を言葉で表すなら。
「向こうの舐めた態度がムカついたから。それに何の問題もないし。宣言通りぶっ潰せばいいだけ。真っ向から」
「ふふっ、あなたにもそういう感情があるのね。少し安心した。そしてそれは、私のクローチェへの道に最後まで同行してくれるって意思表示と受け取ってもいいということよね?」
アオイがこちらの瞳を覗き込みながら言う。瞬く光を帯びたその眼差しを直視できなくて、キアラは目を逸らした。
「……結果的にそうなったってだけ。それに報酬は忘れないで。私の将来は生涯、保証してもらう」
「無論よ。……でもあなた、私の公式の許婚よ? 生涯の保証って、つまりそういう意味になるけど大丈夫そう?」
……ん? 少し言い淀んだアオイの真意をキアラは測りかねる。許婚発言は、スピネルクラスの生徒たちへのアピールなはずだが。
深く考えようとする前に、「もう次の試合が始まる。足を引っ張るなよ」とディレッタが不満そうにアオイとの間に入ってきたので結局掴み損ねたままになってしまった。
2
「それでは登場していただきましょう! アオイ様チームが対するは、マジモ・チェルボラ様の側近、ミルコーレ・ ディゾネスト様! 省エネルギーを謳う彼の独特な雰囲気と甘いフェイスは、一部の女子に人気あり! 一体どんな魅惑の魔法を見せてくれるのかッ!」
熱の入った紹介アナウンスに対して、競技場の向かい側から現れたミルコーレは猫背で、やはり気怠げな雰囲気を見せていた。フードを被ったままの影の掛かった彼の表情は、うんざりしているようだ。
「……言っとくけど、さっきのはかなりあんたらを尊重した交渉だったんすよ。蹴ったのはそっちだ。悪く思わんでくださいっすよ」
「そっちも、負けた時の言い訳は考えておいたほうがいいよ」
首元に手をやって面倒そうに言うミルコーレに、キアラは食い気味に返してやる。何故か、隣のディレッタが可笑しそうに微かに口元を緩めた。何が楽しいんだか。
「では第二試合、開始ィッ!!」
開始の鐘が鳴ると同時に、キアラとディレッタは剣を抜く。対するミルコーレは得物らしいものは携えておらず、「おー、こっわいなぁ」と余裕たっぷりな様子だ。絶対に何か仕組んでいる。魔法であれ、外法であれ。
「血気盛んなとこ水を差すけどさぁ、人生を楽に簡単にする方法って知ってる? 答えはシンプルなんだけど」
「邪魔な奴は真っ先に排除する」
突っ立ったままそんな問答を仕掛けてくるミルコーレの背後に、キアラはもう回っている。後頭部に一発ぶち込めば終わるか。木刀を振るう。
が、ガードされた。ミルコーレ本人は微塵も動いていない。
キアラの攻撃を鉄製の盾で受け止めたのは、もう一人のミルコーレだった。格好も容姿も、やる気のない眼差しも全て本人そのものだ。
「ブー、外れ。正解はめんどいことはぜーんぶ他人に任せて、自分は高みの見物を決め込むこと。ね、シンプルっしょ?」
「こいつッ!どこから現れた!?」
ディレッタが盾を携えている方のミルコーレを剣で殴る。その途端、そちらのミルコーレは消失した。
分身。しかも実体を持っているタイプ。それがこいつのステラの魔法か。通りで本人は余裕綽々なわけだ。
そう分析するした途端、更に三人のミルコーレの分身がキアラたちに襲いかかってきた。全員盾を持っている。それが防具であり、奴の得物というわけか。
シールドを縦にして殴りかかって来た分身の攻撃を避け、一太刀浴びせてやれば姿は跡形もなく消える。だが瞬く間に更に、三人。奴の分身が躍り掛かってくる。こいつ一体、何体分裂する気だ。体当たりしてきた盾を刀で受けつつ、更にもう一体から放たれた蹴りを避け、空中で襲い掛かって来た別の個体を刀で返り討ちにする。
見れば、四人ほどの同じ顔が、本体らしきミルコーレを守るようにして囲っている。こいつは本気で、全部自分がステラで生み出した分身でカタをつけるつもりらしい。
「くそ……! こいつらいくらでも湧いてくるな……!」
ディレッタも、愚痴をこぼす余裕があるくらいには複数の相手を出来ているようだ。彼女の剣術はさすがアオイの護衛を任されるだけあった。しかし次から次へと虚空から現れるミルコーレたちにさすがに押されているようだ。多勢に無勢、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるか。本体を叩かなきゃ、いくらでも蜂は湧いてくる。
「ディレッタ先輩。ちょっとこっちも任せていい?」
「は? ちょっ、お前な……!」
一気に盾を構えてぶつかってきた三バカの背後に素早く周り、背中を蹴っ飛ばしてディレッタの方に押しやった。そしてキアラ自身はミルコーレ本人の方に突っ込んだ。
守っていた守護者ミルコーレ四人が、キアラにシールドを向けて本体へ近づけさせまいとする。ミルコーレ本人は──何故かこちらをじっと見て身じろぎもしない。
(……こいつ舐めてんのか? ……いや)
走って飛び上がったキアラは両足で盾ごと守っている内二人を蹴り飛ばす。ミルコーレ本体は飛んで来た分身をひらりと軽くかわした。ただ他力本願というわけじゃなさそうだ。こいつの軽やかな動きも洗練されている。やはりサファイアクラスの護衛だけあるか。
だが、背後は取った。奴はこっちを目で追えてもいない。側頭部に一撃。薙ぎ払う。
が、本体はキアラの攻撃を受けて消えた。……やっぱり。こいつも分身か。
「人生を楽にする方法二つ目。影武者を立てること。ね、シンプルっしょ?」
数十体に膨れた分身たちが声を揃えてミルコーレの声で言う。キアラは向かってきたその内三人を木刀で袈裟斬りにして消し払う。
「お前を楽にする方法一つ目。本体を叩く。これだけの規模の分身、この会場内にいないと展開できないよね」
「で? この中から俺のこと、見つけられる?」
ミルコーレたちが声を揃えてキアラに言う。その腹の立つ薄ら笑いを何個かぶっ飛ばして、キアラはディレッタの傍に行く。
「……ディレッタ先輩。ちょっと猫の手を借りたいんだけれど」
「……ちっ。七分だ。七分だけ、相手してやる。黒猫が」
木刀、模擬剣。それぞれを構えながらキアラたちは、襲い掛かってくるミルコーレたちと向き合う。
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