第4章──3 Dynamic!


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 無駄に壮大で荘厳なファンファーレが、行事である武闘会の開催を告げる。おそらく魔法による半透明な紙吹雪が会場中に舞い、足元に落ちる頃には雪のように消えている。本当に、変なところで金をかけるところだな、この学園は。キアラは思う。が、それが生徒たちの親にアピールするポイントなのだろう。どうだっていいが。

 武闘会が催されたのは、屋外競技場だ。円状に大講堂より広い空間が開かれて、ドームのような壁に覆われている。周りは観覧席になっており、生徒たちだけでなくその親、学園関係者まで収容してもまだ余裕があるくらいのキャパシティだ。

 壇上になった観覧席からは、その中心にある競技のためのフィールドが良く見下ろせた。競技場と言うよりは闘技場だ。ある意味、今回は一番それらしい使い方を出来ているのかもしれない。

 と、キアラは選手控室でこのコロシアムの全景が窺える仮想モニターのようなものを眺めながら考えている。半透明のそれは、おそらく魔具で映写されたものなのだろう。この場所は機械技術よりも魔法技術が、キアラの生前世界より発展している。

 アオイがスピネルクラスの生徒の魔法教育改革を訴えるわけだ。この世界では魔法が使えなければ、出世など夢見ることも出来ないだろう。庶民は一生庶民、を子供の頃から強いられている。……確かに、上に立つ連中の都合のいいシステムは面白くないかもしれない。

「おい、ぼうっとするな。ちゃんとしっかり意識を張り巡らせておけ。もしお前に何かあっても、私は助けないぞ。足手まといはごめんだ」

 気が立ったように声をかけてきたのはディレッタだ。彼女は控室の壁際に座ってキアラに背中を見せず、明らかに警戒している。が、彼女との距離感はそれくらいが心地良い。アオイは駄目だ。近すぎてイライラする。

「大丈夫。ディレッタ先輩は気をつけてね。武闘会で死なれたら、私のせいにされかねない」

「お前な……」

 呆れたようにため息をついたディレッタは、更にキツくキアラを睨んでくる。

「……正直に言わせてもらえば。私個人としてはお前にはここで死んでもらいたい。アオイ様を今の状況に焚き付けたのは、間違いなくお前の存在だ。今後も悪影響を与えかねないし、お前がアオイ様を裏切らない保証もない。はっきりと表現すれば、忌々しい」

「なるほど。でも今の状況を踏み出していったのは間違いなくアオイ先輩自身だよ。私だってここにいたくているわけじゃない。自分のために仕方なく。――それに、二回も死ぬのは勘弁。今世は穏やかに生きるって決めてるから、私も負ける気はない」

 だから安心して、とキアラが言うとディレッタは特に言葉に気をとられた様子もなく鼻を鳴らして黙り込んだ。キアラも会場内の映像に目を戻す。

 何故自分たち二人が、出場選手用の控室にいるのか。武闘会のルールは候補者が選んだ一人と一人がステラの魔法で戦うサシのルール。おそらく他の連中は正直者なら一人で個室に控えているに違いない。

 アオイが、ルールに穴を開けた。キアラを選手として選んだが、ステラは使えない。なので、ステラが使えるディレッタも一緒に出場させる。それが彼女の完璧な折衷案とやらだ。

「武闘会のルールを呑むんだもの。それくらいの優遇はしてもらわないとね。それとも他の候補者たちは、負けることを考えているのかしら」

 現クローチェのエリオットに詰め寄ったアオイは、ちょっとだけ見ものだった。正直通るか怪しかったものの、他の候補者たちに確認したところ問題ないと返されたので通った。

 ステラを使えない小娘が一人増えたくらいで何も変わらないと考えたのだろう。好都合だった。

「……今回は特別だ。だが、あまり妙なことを考えるなよ。許婚を武闘会の選手として選抜するなんて」

 そう呆れたように伝えてきたエリオットの目だけは、キアラを脅威として認識しているようだった。彼のお付きである小柄な女の子――エミリ・スフェンとやり合う時は要警戒だろう。

(あれが理事長の、イルレヌード・アレキサンドラ……)

 会場内の映像、客席の広く切り開かれた空間に王座の如くどっしりと腰を据えている壮齢くらいの男。派手ではないが明らかに高価なフォーマルな衣装を纏い、髪の色、顔立ちはエリオットの面影が微かにある。彼の人当たりの良さそうな面持ちに、狡猾さと老獪さを足したような顔つきだ。

 何よりもこいつが、一番何をしでかすかわからない危険性をはらんでいる。事実上の学園トップ。何よりも今のこの状況を守りたい人物であるはずだからだ。汚い手を使うのに躊躇もなさそうな雰囲気だった。要警戒。いや、今回においては要警戒の相手が多すぎる。

「会場へと入りなさい。間もなく試合が始まる」

 控室の扉がノックされ、学園の職員がそう告げてすぐ姿を消す。ようやくお呼ばれのようだ。こちら側に試合相手を悟らせないためか、選手はずっと控室で待機して開会式にも出ることはなかった。主催側はとことんこちらに不利な状態を作り出したいらしい。無駄なことにばかり労力を割く連中だ。

 ディレッタがこちらを警戒して先に行かないので、仕方なくキアラから先陣を切っていく。無機質な通路を通り、会場内へ。出口は目映い光が差し、外の喧騒が伝わってきている。

 ぐるりと囲った客席から見下ろされる競技場に出る。歓声と、拍手。自分たちがその場の注目を一身に受けているのを感じる。映像越しに見るより、ずっと人が多い。本当に生徒だけじゃなく、学園外からも来客を呼んでいるらしい。これからこの学園に子供を入学させるか検討している大人たちにとっても、いいアピールの場というわけか。

「さぁ、アオイ・エレジアルナ様推薦の選手たちに入場していただきましょう! まさに異例中の異例! アオイ様公認の許嫁、ステラを持たないスピネルクラスから参戦! 一年生のキアラ・サヴァトー選手! そして、アオイ様の護衛と正に注目! 氷の刃と名高い守護者、ディレッタ・オニス選手! まさかの二人組での参加です!」

 大げさでテンションの高い紹介アナウンスがあり、更に歓声と拍手が大きくなる。本当に居心地が悪い。ディレッタは平然としている。アオイの傍にいるから、こういうのには慣れているのだろう。初めてほんの僅かだけ彼女の境遇が羨ましくなった。

 その当のアオイ自身は──いた。対になった選手入場口の丁度、真ん中。競技場内がよく見渡せる高い特等席に彼女は座っている。他の候補者たち四人も同じ場所に鎮座していて、中心にはエリオット。その隣がアオイだ。

(てっきり高みの見物って感じかと思ったけど……何だ、あの顔)

 余裕綽々でいつもの高貴な笑みを浮かべてこちらを見下ろしているかと思えば、アオイは真剣、というか心配そうな顔でこちらを見ていた。ディレッタに対して、かと思えばこちらの方もあからさまに視線で捉えている。

(……どういう心境? この前も、私のこと庇ったし)

 魔法の講義で生徒が精神操作魔法で錯乱されられた時、向かってくる者たちからアオイはキアラを庇ったのだ。人数は多かったとはいえ、あれくらいならいなすことは出来た。だが彼女はこちらを守った。ただの雇用関係でしかなく、彼女はこちらに信用も置いていない様子だったというのに。……ますますこいつがわからなくて、イライラした。

「続いて彼女らのお相手、チェリオ・デボレ様推薦の策士家、ダンロ・サチェンテ選手のご登場です! 成績は全教科において、チェリオ様に次いで学年第二位! 頭脳明晰の彼は、一体どんな立ち回りを見せるのかァ⁉」

 向かい側の入り口から現れて、観客席に手を振りながらこちらに歩み寄って来たのは刈り込まれた短髪の男だった。片目にモノクルを付けていて、何故かブレザーの制服の上から赤いマントを身に着けている。手には大振りの杖。何となく、キアラの魔法使いのイメージに近しい印象だ。

 ダンロと紹介された男は、こちらに向かって軽くお辞儀をすると細く吊り上がった目を更に細めて怪しく微笑みかけてくる。

「初めまして、サファイアクラスのディレッタ様に──庶民貴族の娘さん。愉快で心躍るような武闘を楽しませていただけますか?」

「それはあなた次第だな、ダンロ殿」

 キアラを見てもいないダンロの挨拶に、ディレッタはそう返す。特に問われてもいないのでキアラは何も答えなかった。

 ダンロは耳障りな高音笑いを発して、ディレッタを再び見据える。

「くっくっく……では楽しみましょうか! 魔法の狂宴を!」

「さて両者既にあったまってきているようです! では始めてしまいましょう! 第一試合、始めですッ!」

 開始の合図が会場中に響き渡った。キアラとディレッタは模擬戦用の模擬剣を鞘から引き抜く。刃の部分は固い素材で出来ていて、殴られたらかなり痛い。

 ディレッタは愛用のもの。キアラはマリジアの父親を再び脅して、自分好みのカスタムをした刀剣にしてもらった。刀に近いフォルムで、ほとんど木刀だ。金も出してもらった。

「ふふっ、見事な闘志ですねぇ。こちらも本気で行かせていただきますよ……! ──コルポ・デル・デスティーノ!」

 ダンロが杖を振りかざし、何やら魔法を使ったようだ。杖の先の宝石が妖しく光る。

 すると、キアラ、ディレッタ、ダンロの頭に数字が表れた。キアラが一、ディレッタが二、ダンロが三だ。

「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ! 我が魔法、コルポ・デル・デスティーノはその時行動できる者を強制的に指定でき、その者が一つの行動を終えないうちには他の者は何もできなくなる! 無論、僕もそのルールに縛られるが、その分僕は二回行動行うことができる! 更にルールを開示することで僕の魔力は更に増す縛りを課した! 庶民の娘が一番最初に行動出来て残念でしたねぇ、ディレッタ様! 僕のターンが来たらあなたたちは終わり──ぶぉっふぇッ⁉」

 唾を飛ばしながらまくしたてているダンロの顔面に、キアラは模擬刀を叩き込んでいる。

 更に手を打ち杖を落とさせ、胴を打ってよろめいた後は足を蹴りはらう。完全に跪いた彼の頭に、キアラはフルスイングした。

 かっ飛ばされた彼は客席を守っている透明な防壁にぶち当たり、そのまま舞い上がった土埃の中に倒れて動かない。しん……と静まり返った会場の中、キアラはダンロの傍にしゃがみ込んで脈を確認する。余裕で生きている。しばらくは病床生活だろうが。

「ペラペラペラペラ。ハイになってんじゃねーよ。……すみません、この人もう動けないみたいなんで、私たちの勝ちでいいですか?」

 キアラが呼びかけても、観客も、ディレッタですら何が起きたかわからない様子で固まっている。そりゃあ、ステラもない庶民の娘が一方的に相手をボコボコにしたらこうなるだろうが、もう何だか色々と面倒になった。要は勝てばいいのだ。

「だ……ダンロ・サチェンテ選手、ノックアウト……! こんなに早い試合の決着があったでしょうか! キアラ選手、ディレッタ選手チームの勝利です! 何だこの番狂わせはァー⁉」

 テンションを維持したアナウンスとは裏腹、未だに困惑気味のまばらな拍手が客席から降り注ぐ。キアラは駆けつけた医療班たちに「しばらく動けないと思うから安静に」と伝えながらディレッタの元に戻る。

「……お前、本当に何者だ」

「キアラ・サヴァトー。庶民貴族の娘。一般人」

「お前みたいな一般人がいてたまるか」

 釈然としない様子のディレッタを置いて、キアラは先に控室の方に戻る。


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