第4章──2 武闘会


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「今日は少し、応用の練習をしてみましょうか。魔力を形にしてみる。この前より、少し高度な作りになっているステラよ」

 そう言ったアオイがディレッタに配ってもらったのは、基礎的なものから少し複雑な作りになった中級者用のステラだ。目を輝かせて受け取ったのはもちろんスピネルクラスの生徒たちで、皆ずっと魔法の講義に積極的だった。新鮮で楽しいのかもしれない。

 今日は空を重々しい雲が覆い尽くしていて雨がぱらついている。そのため学舎の中の空き教室での講義になった。あまり広すぎても皆が落ち着かないだろうから頃合いのいい場所にしたがこれは良かった。おかげでアオイは物理的にスピネルクラスの子達と距離近く接することが出来る。こういう視覚で確認できる親しさも、時には必要なものだ。

「みんなに行き渡ったかしら。では、さっそく実践してみましょうか。掌に乗せたステラに念じるみたいに、好きなものを思い浮かべてみて。蝶でも鳥でも本でも、ケーキでもいい。できれば身近で単純なもの。うまくイメージできたら

、ステラがそれを魔力で象ってくれるわ」

 生徒たちの周りを行き交ってステラがちゃんと全員の手に渡ったのを確認すると、アオイはそう伝える。

 皆一様に、目を閉じて手で掲げたステラに念じ始める。「お肉、お肉、お肉……」と食欲旺盛さが口に出ている子もいて思わずアオイは微笑ましくなってしまった。やはりスピネルクラスの子達はエメラルドからの生徒たちと比べると普段魔法と触れ合えないせいかずっと勉強熱心に思える。中には魔法の使い方、その歴史を前もって予習してきてくれた子たちもいる。

(……やっぱり学ぶ権利は誰にでもある。それを奪う権利は誰にだってない)

 アオイは深くそれを自分の心に刻み込む想いだった。学びたがっているこの子たちに学ばせて、何が悪いのか。やはり今の学園の格差は埋めるべきだ。

 ふと目をやれば、真面目にステラを使おうとしている生徒たちの中で唯一、開いたままの目でじっと手の中のステラを眺めている者がいた。キアラだ。

 彼女はステラを観察している。ぼうっとしているわけじゃなく、まるでその石の構造でも理解しようとしているみたいに。瞬きの殆どないその眼差しに光はなく、アオイは時々ぞくっとさせられる。どう考えても、普通の子が出来る目じゃない。この子は一体何者なのか。

「……キアラさん。どうかしたの? 上手くイメージできないかしら」

 一応仮とはいえ、許嫁アピールで彼女にアオイは声をかけてみる。あえて他の子たちよりも親しげに。彼女があからさまに顔を顰めるのが面白い。この子は私以外には滅多に感情を露わにしない慎重派らしいから尚更だ。

「……別に。でも私は魔法が得意じゃありません。好きなものも、ないし」

「そう? じゃあ、私のことを思い浮かべてみたら? 許嫁だし、上手くいくかも。……なんて、人間を象れるほど高度なステラではないけれどね」

 リップサービスでそんな事を言ってみたら、周りが少し盛り上がったような黄色い声を上げた。キアラはますますげんなりした顔で「……結構です」とため息をつく。だんだん面白くなってきて、更にからかってやろうと思った時だった。

「ガァアアッ!!」

 不意に獣じみた唸り声が聞こえた。見れば抗議を受けていた生徒の何人かが、立ち上がって反り上がり、白目を剥いて苦しんでいる。唾液を泡のように口から溢れさせる様はまさに獣だ。

「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」

「近づくなッ!」

 アオイが慌てて駆け寄ろうとしたら、キアラに腕を掴まれ引き留められた。苦しむ生徒たちは理性を失ったかの如くその場で暴れ出す。悲鳴を上げ逃げ惑う他の者たちが座っていた椅子を薙ぎ倒し、その場は騒然となった。

 何故か錯乱した生徒たちは、皆アオイを狙って一目散に飛びかかってくる。

 傍にいたキアラが対処するつもりか立ち上がる。だがどう考えても向こうの方が数が多い。彼女は強いが、怪我は避けられないかもしれない。彼女の身丈はアオイより小柄なのだ。

「危ないッ!」

 アオイは咄嗟にキアラの手を引いて彼女を抱き留めるようにして庇う。襲ってくる生徒たちに向けた背中に衝撃が来るのを覚悟したが、その前にディレッタが動いてくれた。どさりと音がして振り返れば、錯乱した生徒たちは皆意識を失い倒れている。ディレッタが、アオイの前に立っていたので彼女が対処してくれたようだ。

「アオイ様、お怪我は」

「平気よ。でも、この子たちは……?」

「とりあえず当て身で気絶させました。誰か、保険医を呼んできて欲しい!」

 ディレッタの呼びかけで、硬直が解けたように保険医を呼びに駆け出していった子たちがいた。

(……一体どういうこと。今のは明らかに幻覚や精神操作魔法の類の反応だわ)

 今錯乱していた生徒たちの様子は、その手の作用を及ぼす魔法に間違いない。理由なら、明白だ。

 アオイの妨害。そして警告。どこからかステラを使ったのか、それともこの中に紛れ込んでいるのか。判別が付かないのが歯がゆかった。ちゃんと参加する生徒を確認するべきだった、甘かった。

「……アオイ先輩。そろそろ離れて」

 ふと間近でキアラの声。そういえば彼女をぎゅっと抱き留めたままだった。離してやる。

 が、彼女はどこか理解できていないような顔をしていた。

「アオイ先輩。何で今、私を庇ったの。私なら平気だった」

「……? わからないわ、咄嗟だったし。あなたが怪我するかもと思ったら体が動いていたのよ」

 本当のことを言っても何故か彼女は釈然としていない。が、とりあえず周りの安否確認だ。

 妹は――とすぐ頭を過ぎり周りを探す。大丈夫。カヤは離れた場所で怯えたようにたった今錯乱した生徒たちを見ていた。とにかく彼女も怪我はなさそうだった。

 だが、突然の異変に教室にいた他の生徒たちもすっかり怯えきってしまっている。まずい予感がした。とにかく落ち着かせなければ。

「い、今の……もしかして魔法の副作用とか……?」

 誰かが呟いた一言で不安が伝播していくのがわかる。まずい、この子たちは魔法にまだ触れたばかりでまだ知識が浅い。この状況を目論んだ奴はこれが目的だったのか。

「みんな、落ち着いて! 魔法を使うのにそんな作用は起き得ないわ。みんなに渡したのは練習用のステラよ。そんな危険はない」

「で、でもそれならどうしてあんな風になったんですか……!?」

「明らかにヤバそうだったよね……」

「魔法って、結構危険なのかも……」

 アオイが呼びかけても、ざわつきは漂う一方だった。まさか、こちらを妨害する何者かの仕業と真実を話すわけにもいかない。余計にこの子たちを怯えさせてしまう。

「とにかく、大丈夫だから。安心して。魔法はそんな危険なものじゃないの。そんな目には絶対遭わせないわ」

 歯痒い思いで、アオイは生徒たちを宥めることしか出来なかった。結局保健医がやってきて倒れた生徒たちを介抱し、その日の講義はそのまま解散という形になってしまった。


  3


「……まったく。とんでもないことをしでかしてくれたわね。どこかの誰かさんは。まさか直接、スピネルクラスの子たちに魔法を使ってくるなんて」

 アオイは落ち着いている様を装っていたが、明らかにご立腹のようだった。

 例によってアオイの寮の部屋、魔法の講義で騒ぎがあった夜だ。

 キアラも、さすがに魔法での奇襲は探知出来ないし対処の仕方もわからない。結局その辺りの知識は他のスピネルクラスの生徒たちと変わりないほどなのだ。一応歴史や種類、ステラのことについては一通り調べたが、それでも実際になると違う。魔力は、まったく気取ることが出来なかった。

「あの後すぐに周りの教室や講義を受けていた生徒たちを調べましたが、高度な精神操作魔法や幻覚魔法を使った気配はありませんでした。よほど優秀な使い手のようです。例えば今回の、クローチェの候補者か、その従者のような」

「私も周辺を嗅ぎ回ったけど、人の気配はなかったし、講義中に不審な動きをしている子はいなかったと思う。隠密行動も優秀な人材だね」

 ディレッタの報告に、キアラは補足を付ける。つまり手がかりはなし。悪意のあるものがアオイの妨害のために生徒を錯乱させる魔法を使った。それだけだし、それすらも定かではない。特定の人間に作用する毒物などを摂取させられた可能性もある。そうなれば犯人の特定は尚更困難だ。

「……今回のことで、魔法の講義はしばらく出来そうにないわね。また何か仕組まれたら、今度こそスピネルクラスの子たちに被害が行くかもしれない。でも、あの子たちと触れ合うのはやめないつもり。突発的に私がクラスに出向いていくわ。それなら少なくとも予想はされない」

 アオイは力強く言いつつも、その顔には憂いが陰を掛けさせている。スピネルクラスの皆に魔法と直接触れ合う機会を失わせてしまい、そして自分が味方であるとアピールする機会まで潰されたのだ。選抜会に影響があることは必至だった。

「……候補者同士で競う選抜会の行事は、なおのことトップを狙わなくては行けなくなりましたね」

 ディレッタが引き締めた顔で言う。アオイも深く頷いた。

「そうね。より優位に立てるのもそうだけど、私には学園を変える力があると、みんなにしっかり認識してもらわなければならない。トップに相応しいと学園中に知らしめる。それが今回の行事の目的でしょうから」

「なら、尚更その行事でアオイ先輩への妨害は激しくなるだろうね。今回のことが可愛く思えるくらい」

「だから、あなたたち二人を頼りにしているのよ。任せたわ。私は私の仕事をきっちりこなす。……あなたもこなしてくれたのでしょう? キアラさん」

 アオイが得意げに片目を閉じて尋ねてきて、キアラは苦い顔になる。やっぱり把握していたか。逐一行動を見られているようで癪に障るが、どうせ報告しなければならないことだ。

「今度の行事、内容がもう決まったみたい。生徒の投票もあったけど、無開票だし、学園側が都合のいいのに決めた可能性が大だろうね」

「でしょうね。向こうは私の鼻を意地でもへし折ってやりたいみたいだから、こちらのとことん叩きのめす舞台をセッティングするのかしら。生徒たちの面前でね。それもどさくさに紛れて不正を働きやすい派手な設定を用意してるかも。何が起こっても、誰が何をしてもおかしくないような」

 キアラが何か言う前に、アオイはすらすらと並び立てる。……こいつ、知ってて聞いてるんじゃあるまいな。少し苛立つ自分にまた腹を立てつつも、キアラは続きを放す。

「選抜会の催しは──武闘会。闘う方の武闘。ステラを用いた魔法の模擬戦。……ただし、候補者の数は五人と少ないからトーナメント式じゃない。学園側も、味方同士を争い合わせても何の利点もないからね。だから連中は、アオイ先輩の勝ち上がり方式にすることにしたみたい」

「アオイ先輩の勝ち上がり……? どういう意味だ?」ディレッタが尋ねる。

「アオイ先輩たちはダイヤクラスで、他二人は上級貴族だけどクラスが違うでしょ? それじゃ実力差が出て試合に公平さがない。……っていうのが、上の建前。それにアオイ先輩は今や注目の的だからね。他の候補者たちと戦って勝ち上がってもらう形式の方が行事も盛り上がる。学園側も、アオイ先輩の大胆な提案は加味しているって前提の上でね」

「何だその無茶苦茶な理屈は⁉ どう考えてもこちら側が不利じゃないか。連勝しなければならないし、試合が続くだけパフォーマンスも魔力も落ちていく。あからさまにアオイ様だけを狙い撃ちにして、何が公平だッ!」

「落ち着いてディレッタ。それだけ学園側も、私を試したいという態度を示したいということでしょう。クローチェにふさわしい人材であるかどうか。大体、この行事内容も表向きは生徒たちの無記名投票で決まったということになっている。生徒たちが私を試すこの方式を選んだ、と学園側はいくらでも言い訳を並べられるというわけよ」

 憤るディレッタを宥めたアオイは、珍しく座っている高そうな椅子にもたれ掛かって天井を見上げ、深々と息をついた。

「正直、驚いたわ。……ここまで私を、舐め腐ってくれているとはね。とことん奴らの鼻を、公衆の面前でへし折りたくなってきたわね。──じゃあキアラさん、続きをどうぞ?」

 再び姿勢を正しく座り直し、アオイがにこやかにこちらに手を差し向けてくる。……やっぱりわかってるんじゃないか。もう自分で言った方が早いだろうに、とキアラは呆れつつもまた口を開いた。

「今回の武闘会、クローチェ候補者たちが直接対決するわけじゃない。人望を示すっていう名目で、候補者が選んだ信頼できる一人が選手として戦うことになるステラ模擬戦。まあおそらくみんな、自分のお付きの人を持ってくるだろうね」

「……なるほど。とりあえずアオイ先輩に直接的な危害が加わる心配はなくなったわけだ。なら当然、私が行く。連戦上等。降りかかる火の粉は全て剣先で振り払ってくれる」

「待って、ディレッタ先輩。……私が出る」

 絞りつくした苦渋だが、キアラは仕方なく言う。ディレッタの大げさな困惑顔の他、アオイが意外そうに目を見開いたのがわかる。……私だって、言いたくて言ってるわけじゃない。

「おい、貴様何を言っている⁉ たった今、自分でステラを使った魔法戦だと言っただろうが! ステラを持っていないお前に出場権はない!」

「でも、学園側の連中は試合中に何をしでかすかわからない。汚い手を平気で使うだろうね。……失礼を承知で言わせてもらえば、真っ直ぐすぎるディレッタ先輩には少し荷が重い。こっちも毒で毒を制すような汚れ役じゃないと張り合えない」

「褒めているのか貶しているのかわからんが、おそらく後者だな。しかし、ステラを持たないお前に何が出来る。情報収集に関して私はお前を買ってやってはいるが、魔法に関しては私も実践経験も模擬戦経験もある。現にお前は、先ほどの精神操作魔法を気取れなかったではないか」

「けど戦闘力に関しては、私もディレッタ先輩と引けを取らないと自負しているよ。大丈夫、相手がどんな魔法を使おうが汚い手を使おうが、物理でごり押していけばいい。体もちゃんと鍛えてあるから大丈夫。ようやく馴染んできたところ。ウォーミングアップにはちょうどいい」

「何度も言わせるな。お前がいくら勇もうが、自分専用のステラも持たない奴には出場権はない。その闘志は別の機会にとっておけ。私が行く。アオイ様の側近としても、その立場を譲る気はない」

「あの? ちょっとよろしいかしら、二人とも」

 天からの一声、とばかりにアオイが口を挟んでくる。どこか楽しげというか、やけに目をきらきらさせているのが気になる。……こういう時のこいつは、大抵ろくなことを言い出さない。短い付き合いだが、そういう嫌なところはわかってきた。

「私、丁度いい折衷案を思いついたのだけれど──」

「聞きたくない」

「ぜひお聞かせください」

 キアラとディレッタの声が同時に重なった。

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