第30話 リルという少女
服屋を出て、ゆっくりと話ができる場所を探すことにしました。
私とアヤネが並んで歩き、少し後ろをリルが付いてくるという形。リルは私の服の裾をギュッと握りしめています。
(う~む、どうしたことでしょうか?)
私はリルと出会ってからまだ日が浅く、彼女のことをすべて知っていると断言することはできません。しかし私の知っているリルという少女は比較的明るい性格をしていて、感情を結構ストレートに言動へと変換する子だと思います。
例えば私に『リル』と呼ぶよう強要してきたり、イケメンという理由(?)でお兄様をぶん殴ったり。頑なに魔法少女服を脱がないのもそうですし、対面初日なのに同室での寝泊まりを希望したりして。一緒に『正義の味方』をやろうとしたりアルコールを断固拒否したりと。やりたいことをして、やりたくないことはしないという意志強固な子だと思います。
しかし、今のリルはどうでしょう?
どちらかというと暗い雰囲気で、何か言いたそうにしているのに言葉として発せられることはありません。まるで、私が知っているリルとは真逆になってしまったかのような……。
『そもそも、出会って数日で相手のすべてを知った気になっているのがおかしな話なのだにゃ』
人が悩んでいるというのにツッコミに容赦がなさ過ぎですこの駄猫。出会って数日ですがあなたが駄猫だということは知っていますよ?
『ひどい認識だにゃ。これほど忠誠心溢れる美猫はいないというにょに』
どの辺に忠誠心溢れる場面があったのでしょうか?
まぁとりあえず、落ち着いてお茶でも飲みながら話を聞きましょうかと私は目に付いた喫茶店に入ることにしました。
このお店、なかなかいいコーヒーを出すお店なのですが、そもそもこの国ではコーヒーを飲む文化がないのでほとんどお客がいません。どうやって経営が成り立っているか甚(はなは)だ疑問ですが、じっくり話を聞くならいい場所でしょう。
『あんな悪魔が飲む液体を出す店がこの世界にも存在するとは、信じられないのにゃ……』
どうやらアヤネはコーヒーが嫌いみたいです。
◇
「よいコーヒーとは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘いのです」
『まさに悪魔の飲み物にゃ。猫舌を殺さんばかりに熱く、悪魔のように狡猾で、愛だと信じて騙されるのにゃ』
コーヒー嫌いなのに出されたものをちゃんと飲んでいるのが律儀というか何というか。
コーヒーをぺろぺろと舐めては顔をしかねるアヤネは放置するとして、私は帽子を目深に被ったまま忙しなく辺りをキョロキョロと見渡すリルに視線を向けました。
「それで、リル。どうかしたのですか? 何か悩み事があるなら相談に乗りますけど」
「え!? いえ、えっとですね、その……あ~……」
所在なく視線を漂わせるリル。なんだか私が虐めているみたいな。ちょっとした罪悪感。
『あの容赦ないツッコミは虐めじゃないのかにゃ? 罪悪感が湧いてこないのかにゃ?』
「そもそもあなたは人類滅ぼす系の魔物でしょう? 前世の人権を期待する方が間違っていると思いますが」
というかこの世界にはまだ『人権』という概念はありませんし。ぽんぽん生まれてぽんぽん死ぬ。それが人間という生き物です。というかアヤネは猫ですし。魔物ですし。人類の敵=即滅されても文句は言えないのでは?
『……私はあくまでサポーター役にゃし。実際に滅ぼすのはミラカにゃし』
何とも苦しい言い訳をされてしまいました。
ちなみにアヤネからの私の呼び方は始祖様やら主様やらミラカ様やらと変遷した結果、呼び捨てと相成りました。私は心が広いので呼び捨ても許しましょう。
『本当に心の広い人間は許すとか許さないとか考えないと思うのにゃ』
アヤネの言い分はさくっと無視。私はじっとリルが答えるのを待ちました。
私の『待ち』の姿勢を感じ取ったのかリルはたどたどしくも事情を説明してくれました。
「あ、あの……私の、元々の性格は、こんな感じでして……」
「こんなかんじ、とは」
「気弱で、あがり症で、どもり癖があって、何か言いたくても心の奥底にしまい込んでしまうのです」
いやずいぶんスラスラと答えていませんか? というツッコミはしないでおきましょうか。スラスラ答えられるほど自分の嫌いな点を見つめているのでしょう、きっと。
「そ、そんな私でも、『魔法少女』になれば変われたんです。変わることができたのです。弱い自分にフタをして、強く強くいられて、汚い自分と向き合うことができたのです」
「…………」
つまり、リルが魔法少女服を脱ぎたがらなかったのは、弱い自分を隠すためなのでしょうか?
「わ、私は、本当は戦いたくなんて、ありませんでした。痛いのは嫌ですし、血を見るのも大嫌いです。で、でも、本来なら非力なあの子たちが『魔法少女』として戦っているのだから、元凶である私が、逃げるわけにはいかなかったんです」
「…………」
正直、私はリルの事情を何も知りません。推測できるのはあのラスボスっぽい狼男と何か関わりがあるのだろうなぁということくらいで。
きっとリルには深い深い因縁があるのでしょう。それこそ戦いを嫌う、気弱な少女が『魔法少女』として奮戦しなければならないほどに。そのこと自体に私がとやかく言うつもりはありません。気弱な少女が、それでも戦いを選んだのです。応援こそすれ邪魔をするのは無粋というものでしょう。
でも、それは今までの話。
この世界では違いますし、きっと、リルが地球に戻ったあとも違うでしょう。
だから。
私は言いました。
「――逃げてもいいのですよ?」
「え?」
「逃げたっていいのです。恐いなら、戦わなくてもいいのです。リルはもう敵を倒したのでしょう? 因縁に決着を付けたのでしょう? なら、もう普通の少女に戻ってもいいはずです。気弱で、あがり症で、どもり癖があって、何か言いたくても心の奥底にしまい込んでしまう……。そんな、
そう。どこにでもいます。
恐ろしい『敵』が出てくれば普通の人は真っ先に逃げ出しますし、誰も彼もがアナウンサーのように人前で流暢に喋れるわけではありません。それに、心優しい存在であれば、自分の主張より相手を尊重してしまっても仕方ありません。
「戦いなんて、誰でも恐いです。弱い自分を恥じる必要なんてありません。あがり症でも、どもり癖があってもいいんです。それを笑う人がいるのなら、それはその人の心がねじ曲がっているだけのこと。それに、他人のことを考えずに自分の主張を押し通そうとして許されるのは子供だけですよ」
「ミラカ……」
『……いやぁ、ミラカはノリノリで戦っていたし、スラスラと登場セリフを述べていたし、自分の主張を押し通したことにゃんて数え切れないのにゃ』
私がせっかくいいことを言って純真無垢なリルを丸め込もうとしているのに、本当に駄猫ですね。思わず制裁(ツッコミ)のためにアヤネの頭をむんずと掴んだ私ですが、今のアヤネは美少女形態を取っているのでギリギリのところで思いとどまりました。やはり美少女には優しくしないといけませんね。
『いや『ビキッ』って音がしたにゃ……頭蓋骨にヒビが入る音がしたのにゃ……』
私とアヤネがいつも通りになりつつあるやり取りをしていると、リルは困ったように笑っていました。
その表情は先ほどまでと比べると幾分和らいでいる、と感じるのは贔屓目ではないと信じたいですね。
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