第29話 お着替え



 ワイン樽を二つ購入し空間収納ストレージに放り込んでから酒屋をあとにしました。これで二週間は持つことでしょう。


『ワイン樽一つを一週間で飲み干すとか、頭と肝臓がおかしいのにゃ』


 褒められてしまいました。


『褒めてないのにゃ……まったくこの酒呑みはどうしようもないのにゃ』


「これからは酒呑み乙女☆ミラカちゃんと名乗りましょうか」


『乙女……?』


「おっとーそこは疑問に思うところじゃないですよー? 私は正真正銘の乙女ですー」


『乙女はワイン樽を一週間で空にはしないのにゃ』


「最近の乙女は軟弱ですね」


『その基準にゃと、乙女が軟弱じゃなかった時代なんて存在しないのにゃ。……ミラカも何とか言うのにゃ』


 話を振られたミラカは私をじっと見つめてきました。何でしょう、雨に濡れた子犬in段ボールの姿を幻視してしまいます。


「……ミラカ、あまり飲み過ぎるのはダメだと思います」


「そうですねその通りですリルの言うとおりまったくもって正解ですこれからは毎日ボトル一本で我慢しましょうえぇリルから頼まれては嫌とは言えませんからね」


『リルに甘すぎるのにゃ。あとボトル一本は我慢しているうちに入らないのにゃ』


 私の大譲歩を理解できないとは何という鬼畜。魔猫族には血も涙もないのでしょうか? ……頭かち割って血が流れるか確かめてみましょうか?


『物騒なことを考えながら私の頭を掴むのは止めるのにゃ!』


 びゃあびゃあ騒いでいるうちに次の目的地に到着しました。一般的な服屋です。


『いや服は古着屋で買うのが基本であるこの世界で、新品の服屋は絶対に『一般的』じゃないのにゃ』


「あなたはリルに中古品を着せるつもりですか? この超絶級の美少女に?」


『……まぁ『勇者』に中古服を着せるのはありえにゃいかにゃ?』


「いえ、しかし待ってください。リルが私のお下がりのドレスを着て『この服、ちょっと胸が苦しいです……』というのを見るのもまた一興なのではないですか? 主に押しつぶされてはち切れんばかりの胸部とか」


『一狂なのにゃ。色狂いなのにゃ』


「……あの、ミラカ。私は魔法少女服のままでも別に……」


「ダメです。許されません。可愛い女の子は私の着せ替え人形になる義務があるのです。王国法にもそう書き足します。今日中に」


「か、可愛いって……もぅ」


『いや落ち着くにゃリル。可愛いって褒めた後にとんでもない発言を続けているにゃ。そしてやはり権力を持たせちゃいけないタイプだにゃこいつ』


 リルが照れている間に店の中へ突入。顔見知りの店員さんに丸投げします。


 最初リルは私に対するように魔法少女服からの着替えを拒否していましたが、店員さんの『王妃様のご命令なんです。もし遂行できなければ極刑……一族連座……私には病気の母と幼い弟たちが……』という泣き落としを前にして陥落していました。さすがいい仕事をしますね。私を悪役にしているところは解せませんが。


『……てっきり自分で選んであげるのかと思ったのにゃ。エロいのを』


「ふっふっふ、分かっていませんね。自分で選んでは意外性がないでしょう。ここは第三者に任せて『ドッキーン☆まさか私服のリルがこんなに可愛いなんて!』作戦です」


『……ネーミングセンスが絶無なのにゃ』


「それはともかく、」


 私はアヤネの首根っこを掴みました。今の彼女は人型ですが吸血鬼パワーなら問題なく掴み上げられます。


『にゃ!? にゃにをするにゃ!?』


「せっかく服屋に来たのです。アヤネの服も選んであげましょう。私が。直々に」


『……エロ衣装は私のキャラじゃないのにゃ。というか今の私の外見年齢にエロ衣装を着させようとするとはとんでもないロリコン――』


「はっはっはっ、ご要望通りどぎついエロ衣装を選んであげましょう。そっち系のお店のおねーさんが着るレベルの、もはやヒモと呼んだ方がふさわしいものを――」


『アヤネ! 可愛い衣装が着たいのにゃ!』


 アヤネ本人からの強い希望があったので前世で言うところのゴスロリ衣装を準備することにします。ちなみにこの世界は中世ヨーロッパ風なのでさほど浮いた衣装というわけではありません。貴族なら普段着もドレスな時代です。


 アヤネの黒髪を映えさせるにはやはり明るい色とのコントラストを目指すべきでしょうか? いえ、ここは落ち着いた色合いでエキゾチックな雰囲気を醸し出すのもありかもしれません。


 私が銀を基調としたドレスと黒を基調としたドレスを手に取り比べていると……店員さんから、リルのお着替えが終わったとの報告が。

 なにやら少し困り顔なのはどういうことなのでしょうか?


 店員さんの背中に隠れるように身をかがめているのはたぶんリルでしょう。彼女は背が高いので隠れ切れていませんが。


「リル?」


 私が声を掛けるとリル(?)はビクッと身体を震わせて、しばらく停止。数分後にオドオドといった様子で店員さんの背中から出てきました。


「…………」


 リルが身に纏っている衣装は、この国の庶民がよく着ているものです。くるぶしまでありそうなロングスカートと、純白とまではいかないまでもこの世界では白い上着。そしてツバの広い帽子。なんというかそよ風吹く草原が似合いそうな服装です。


 ちなみにここで言う『庶民』とは『貴族ではない』という意味であり、あの服は庶民の中でもかなり裕福な人間が着られるものですね。前世的には海外ブランドもので全身固めた感じでしょうか。


 しかし、気になるのがリルの顔。

 前髪で目元を隠しています。リルって意外と前髪長かったのですね。さらにその上で帽子を目深に被っているので表情が読み取りにくいです。


「あの、リル。どうかしましたか?」


「い、いえ、べ、別にっ、ど、どうも、して、いないです、よ」


 ものすごく『どもって』いました。いやこれでどうもしていないと言われても信じられないですよ?


 何とか話を聞き出したところ、衣装自体は気に入っているようなのでアヤネのものと一緒に購入。『どもって』いる理由はここでは話しにくそうだったので場所を変えることにしました。



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