第22話 友達



 よい答えを聞けた私は意気揚々と執務室をあとにして、自室に戻ってきました。


「……あ、おかえりなさいミラカ」


 顔を背けるリルです。

 その反応だけだと『もしかして嫌われました?』と不安になるところですが、心配はないでしょう。


 なぜならリルの顔は真っ赤に染まっていて、チラチラとこちらを見ているのですから。


 なんでしょう、この、恋する乙女みたいな反応は?


 私が黒猫に視線を移すと、黒猫はやれやれと肩をすくめました。


『遠聞の魔法を使ったのだにゃ』


「遠聞?」


『こちらの世界で言う盗聴魔法だにゃ』


「……あぁ、なるほど」


 地球とこちらの世界では魔法の名前が違うのでしょう。そもそも私の生きていた日本に魔法はありませんでしたけど、そんなことを言い出したら魔法少女とか狼男(?)も実在していませんでしたし、深く考えたら負けだと思います。


 しかし、盗聴魔法ですか。

 私とお兄様とのやり取りが気になって盗聴しちゃったのでしょう。リルの今後の扱いがどうなるかという話なのだから気になってしまうのは当たり前です。そのことを責める気はありません。


 ですが、となると、私の『友達』宣言が聞かれてしまったのでしょうか?

 ……なんだか恥ずかしくなってきましたね。


『ミラカ様は天然の女たらしなのにゃ。私も気をつけないといけないのにゃ』


「……友達を守っただけでしょう?」


『しかも鈍感主人公とは、救いようがないのにゃ』


「話を聞かない駄猫にはアイアンクローおしおきが必要ですかね?」


 ちなみに吸血鬼パワー全開で行きますので、たぶん頭は潰れます。ザクロのように。


『私のご主人様はとても素晴らしく聡明で優しい人格者なのにゃ』


 棒読みで持ち上げられました。何と分かりやすい命乞い。その清々しさに感心した私は半ザクロで勘弁してあげました。


『あ、頭からしちゃいけない音がしたのにゃ……ビキッって……頭割れた? 割れかけたのかにゃ?』


 頭部を押さえながら自分に治癒魔法をかける黒猫でした。

 それはまぁどうでもいいとして。今するべきはリルへの対処でしょう。


 今のリルは顔を真っ赤に染めながら人差し指と人差し指をツンツンしています。なんだその可愛い反応。私じゃなかったら鼻血で失血死しているところです。


『ダメだこの主、美少女に弱すぎるにゃ……』


 頭割れかけたばかりなのにツッコミをする律儀な黒猫でした。その律儀さに免じて聞かなかったふりをしてあげましょう。


 私は何度か深呼吸したあと、未だに照れるリルの手を掴みました。


「えっと……リル。何というかですね……私って魔王じゃないですけど、吸血鬼みたいなんですよね」


「……そうなんですね」


 その事実を知ってもなおリルは私の手を振り払うことはしませんでした。吸血鬼とは間違いなく『鬼』で、『バケモノ』なのに。


『吸血鬼パワーが強すぎて振り払えないだけじゃないのかにゃ?』


 うっさいですよ駄猫。今いいシーンなのだから黙っていてください。


「この世界でも吸血鬼は恐れられる存在で、人類の天敵なんですよね。いくら王族であろうとも吸血鬼と知られれば討伐の対象になると思います」


『いやこの国は『吸血姫』がいた国にゃよ? むしろ吸血姫の再来として慕われるんじゃないかにゃ?』


 リルの手を掴んでいるからアイアンクローができません。残念無念。


「そんな私を、リルは受け入れてくれました。魔王でもいいと言ってくれました。正直、嬉しかったです。本当に嬉しかったんです。だから――リル。私の友達になってくれませんか?」


『……ヘタレたのにゃ。ここは『恋人になってください』と告白する場面にゃの――にぃいいいぃいいいぃいい!?』


 黒猫は窓の外へと吹っ飛びました。私は何もしていません。えぇ、何もしていません。決して、魔力を練って作り上げた巨大な腕で黒猫を砲丸投げしたわけではないのです。そのとき不思議なことが起こっただけなのです。


 私の告白――じゃなかった。友達開始要求を受けてリルはにっこりと笑いました。


「もちろんです。ミラカ、まずは(・・・)友達からはじめましょう」


「……うん?」


 友達からはじめるって、それ、最終的にはどこに向かうのですかね?


 首をかしげた私ですけど確認することはしませんでした。だってリルが獲物を狙う肉食獣の目をしていたんですもの。答えが簡単に予想できすぎて、つらたん。


『つらたんとか古いのにゃぁああぁああああぁあ!』


 森に落下しながら律儀にツッコミをする黒猫でした。



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