第21話 これからのこと
「――大丈夫です。趣味は人それぞれですから。たとえどうしようもない女好きだとしても、趣味を否定する気はないですよ私は」
リルから生暖かい目で見つめられて心が折れた私でした。ボッキリ。
それはともかく。お父様とお兄様たちの会議は終わったらしく、お兄様から呼び出された私です。王太子殿下とのやり取りなのでリルと黒猫はお留守番。
……一応黒猫は私の『従魔』という扱いらしいですし、名前を聞くか新しく付けなきゃいけませんかね?
黒猫だからクロ――は、さすがに安直ですか。
そんなことを考えながらお兄様の執務室に入ると、『お仕事モード』のお兄様が出迎えてくれました。
そう、お仕事モード。
お兄様は基本的に優しく、穏やかで、虫も殺せないような性格をしているのですけれど。そこはさすが次期国王。『お仕事』の時には一切の容赦がない人物に変貌を遂げるのです。
……普段は優しく穏やかな性格を演じているだけじゃないのかって? ははは、私には何のことか分かりませんわ。
「ミラカ。マホウ・ショウジョ殿との関係は良好かな?」
「はい、お兄様。順調に友情を育んでいると思いますわ」
なにやら『友情』を軽く飛び越えてしまいそうな雰囲気がプンプンしていますけれど、きっと気のせいに違いありません。私に百合な趣味はない。はず。です。
「そうか。何よりだよ。王族として、“勇者”たるマホウ・ショウジョ殿と良好な関係を築くのは重要であるし、『家』の力関係を気にする必要のない友人ができるのは大切なことだからね」
私を気遣ってくださったので、そろそろ本題に入るのでしょう。
「ミラカ。マホウ・ショウジョ殿を連れて王都を観光してきてくれるかな?」
おっと予想外のお願いをされましたよ。ちなみに形式的には『お願い』ですが、兄妹とはいえ相手は王太子。そのお願いは実質的な命令に他なりません。
「観光、でよろしいのですか?」
「あぁ。訳も分からないままこちらの世界に召喚してしまったマホウ・ショウジョ殿を王宮に閉じ込めておくのは気が引けるからね。こちらに害意がないことを示すためにも、まずは王都の観光をさせてはどうかという話になったんだ」
血筋も知れぬ召喚者を気遣うとは何と素晴らしい人格者なのでしょう。
まぁ、本当にそんな人格者でしたら未来の『国王』なんて務まりませんけど。
国のためなら笑顔で人を利用する。笑顔で人を切り捨てる。それこそが『国王』に求められる才能なのですから。
そしてお兄様は『国王』としての才能を有しています。
さて。お兄様の真意は何でしょうか? もちろん害意がないことを示すのも重要ですが、いきなり王宮の外に連れ出す必要はありません。まずは王宮の中を案内して、それから――というのが定石のはずです。
…………。
ふむ。
「こちらの世界の『庶民』を見せることが目的ですか?」
「……さすがミラカだ」
肩をすくめながら背もたれに身を預けるお兄様です。
つまり、魔法少女であるリルを利用しようとしているのでしょう。
魔法少女は正義の味方。それはこの世界に伝わるマホウ・ショウジョでも変わりません。この世界にも守るべき庶民(もの)がいると実感させ、我が国に魔王が現れたとき『庶民』を守るために戦わせようという魂胆なのです。
そう、王国のためではなく、あくまでも力なき庶民のために。
…………。
受け入れるべきなのでしょう。
納得して、リルを利用するべきなのでしょう。
私だって王家の一員。人としての心を殺すことになったとしても、国と民のために動かなければいけません。
……ですが。
私の脳裏にはリルの姿が浮かびました。
『――大丈夫です』
彼女はそう言ってくれました。
『――私は、ミラカが魔王でも大丈夫です』
そういって笑ってくれました。
私は魔王じゃありませんけど。
吸血鬼の始祖の肉体を有しているだけですけれど。
それでも、人外であることに変わりなく。
それでもいいと受け入れてくれたことは……嬉しくない、と、言えば嘘になります。
だから。
だからこそ。
私はお兄様に微笑みを向けました。
「……お兄様。リルは、私の友達です」
出会ってからの時間など関係ありません。
人外である私を受け入れ、それでもいいと笑ってくれたのです。
ならばもう友達でいいでしょう。
少なくとも、私は友達としての行動をします。
「リルに常識の範囲内での『お願い』をするのであれば許容しますが、もしも強いるようなことがあれば――私、怒りますよ?」
私の笑顔を受けてお兄様が冷や汗を流しました。珍しいですね。どんな危機的な状況に陥ろうとも平然としているのがお兄様という人間なのですけれど。
「……ミラカ。分かるだろう? 高貴なる者として生まれた我々は、贅沢な暮らしの対価として国に尽くさなければならない」
「対価という意味なら、私はもう十分払ったと思いますよ? なにせ私は『西塔の賢姫』なのですから」
あの宰相が褒め称えるほどなのです。私はもう十分『国』に対して尽くしたのでしょう。
まったく自覚はありませんが。
そもそも、吸血鬼である私はいずれ王家から出なければなりません。リルへの対応によって、その時期が少々早まっても何の問題もないでしょう。
「…………」
お兄様は困ったように眉を下げています。見た目は完全に気弱で、妹のワガママに困り果てている兄ですが。その内側では様々な『検討』がなされていることでしょう。
お兄様にとっての主題は一つ。
マホウ・ショウジョを取るか。それとも『西塔の賢姫』を取るか。
魔王に対するなら“勇者”が一人いれば十分でしょう。それはこの世界の歴史が証明しています。
そして、宰相の領地では聖剣に選ばれた勇者が誕生しているのです。
お兄様の情報網ならすでに“勇者”について掴んでいるはずですし、マホウ・ショウジョが召喚された以上、宰相の方からリークしていることでしょう。放っておいたらマホウ・ショウジョにすべて持って行かれてしまいますから。
だからこそ。お兄様が優先するべきは代わりのいるマホウ・ショウジョではなく、代わりのいない『西塔の賢姫』になります。
私の予想は正しかったらしく。
「……マホウ・ショウジョ殿に関しては、善処しよう」
「えぇ、よろしくお願いしますわね。親愛なるお兄様」
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