第20話 説明



『始祖様はアホなのかにゃー!?』


 私が始祖のやらかしを説明すると黒猫は頭を抱えて嘆きました。最初は納得しませんでしたけど、魔方陣の誤字を見せたら納得したみたいです。この黒猫も転生者で日本語読めますからね。


 頭を抱える猫とは奇っ怪ですねぇと私が妙に感心していると、服の裾が引っ張られました。隣で話を聞いていたリルです。


「あの、ミラカ。さっきから何の話をしているのですか?」


「え? あぁ、そういえばリルはこちらの言葉が分からないのでしたよね。簡単に説明すると魔王について調べていたのです」


 吸血鬼の始祖と説明するよりは『魔王』と言ってしまった方が話が早いでしょう。私以外の人間も、魔王を倒すために勇者 ≓ リルを召喚したと認識していますし。この世界では世界の危機をもたらすものは魔王と呼ばれますから。


「……この世界にもそういう存在がいるのですか?」


「えぇ。この世界では不定期に復活していまして、最近も現れたと言われています。まだうちの国には直接的な被害はありませんけど近隣国はかなり被害が出ているようでして。我が国も早めに対策を打とうとして勇者召喚を行ったのです」


 リルをその召喚儀式に巻き込んでしまい――、……うん? 巻き込んだのでしょうか? 確かに勇者召喚の儀式中にリルと狼男が現れましたけど、狼男の口ぶりでは彼の力でこの世界へと転移してきたような感じでした。


 もしかして勇者召喚の儀式は失敗したか、中断されて、リルがこの世界にやって来たのは別件なのでしょうか? だとするならば勇者召喚で魔法少女が現れた不自然さも納得できますし。


 …………。


 まぁ、その辺はお母様の調査を待つとして。私はリルに対する説明を続行しました。


「この黒猫は、私が魔王の生まれ変わりだとほざいていましてね。そんなことはないだろうと調べることにしたのですよ。まぁ実際違ったようでして、その魔王に仕えるはずだった黒猫は頭を抱えているという訳なのです」


 秘技、下手に疑われる前に事実を話してしまえ&悪いのは黒猫だと押しつけてしまえ作戦です。最初から話しておけば、万が一私が吸血鬼だとバレてもそれほど心証は悪化しないはずですし。


 もしかしたら黒猫が『魔法少女の敵』認定されて大切断されるかもしれませんが、人類を滅ぼそうとしていたのだから自業自得でしょう。


 私が黒い笑みを浮かべていると、リルが私の両手を優しく握ってきました。温かくて超柔らかい。


「――大丈夫です」


「はい?」


「私は、ミラカが魔王でも大丈夫です」


 柔らかに笑いながら。

 リルは真っ直ぐ私の目を見つめてきました。


「…………」


 これはマズいです。


 照れます。


 超照れます。


 顔が真っ赤になっていることが自分でも分かります。


 ここは思いっきり抱きしめて愛の告白を――おっと、危ない危ない。自分を見失ってセクハラをかますところでした。いやしかし、リルがここまでしてくれたのですから私も行動で返さなければいけないのではないでしょうか?


 抱きしめてしまえと悪魔が囁き、それはやり過ぎよと天使が注意します。セクハラ、ダメ、絶対。

 ですが心にわき起こるこの感情は収まる様子を見せなくて……。


 色々誤魔化すためにリルの頭を撫でていると、ガバッと黒猫が立ち上がりました。二本足で立つ猫とか超シュール。


『始祖様――いや、ミラカ様! 私と契約して欲しいのにゃ!』


「……いやいや、なんでそうなるんです? 私、始祖じゃないとあなたも納得したはずでしょう?」


『この際、始祖様の身体を持っているだけで十分なのにゃ!』


 ひどーい。身体だけが目的なのねー。


 私の足にすがりついてくる黒猫です。見た目だけなら可愛いですが、中身はまったく可愛くありません。


『始祖様にお仕えすると自信満々に里を出てきたから、今さら手ぶらでは戻れないのにゃ!』


 里……。魔猫『族』というくらいなのですから、他にも喋る猫はいるのでしょう。なんだそのカオス空間。


『くっ! ここまで頼んでいるのに折れないとは、なかなかの頑固者なのだにゃ!』


 いや『ここまで』と言うほど頼まれましたか私?

 思わずリルの方を見ますが、彼女は小首をかしげるだけ。こちらの言葉を理解できないリルにツッコミを期待しても無駄ですか。


 その事実を再認識すると同時、私は世界の真理に到達しました。


 ――犬耳美少女が小首をかしげると超可愛い。


 可愛いは正義。これ世界の真理。


 って、違う違う。これではまるで、私がどうしようもない女好きみたいじゃないですか。私はいたってノーマルなはずです。確かに前世では男性に対して一度も『きゅん』としたことはありませんし、先ほどはリルを抱きしめて愛の告白をしようとしましたが、百合ではありません。百合ではないはずです。


『……ほほ~ん、そういうことなのかにゃ』


 私とリルを見て、なにやら悪巧みしているような声を上げた黒猫。

 次の瞬間、黒猫が光に包まれました。


『――大変身! なのにゃ!』


 おおぉ?


 最初は猫の大きさ程度だった光が、次第に大きくなっていき……最終的には人の大きさくらいにまで膨張しました。


 その光の中で、なにやら黒猫が浮かび上がってクルクル回っています。光のせいで影しか見えませんけれど。変身シーンのお約束ですね。


 黒猫の影がだんだんと巨大化し、手が生え、足が伸びて――これは、もしや?


「――変身完了! なのにゃ!」


 口調はそのまま黒猫ですが。


 腰まであるストレートの黒髪。

 瑞々しい朱色の唇。

 元が黒猫の影響か小麦色に焼けた肌。


 そして、緑と青のオッド・アイ。


 美少女です。

 十代前半くらいの美少女がいました。


 猫耳と尻尾が残っているのは元の姿の名残でしょうか?


「ふっふ~ん! ミラカ様は獣耳少女に萌えると見たにゃ! どうかにゃミラカ様! この美少女な私を仕えさせる気は――」


「――採用です」


 考えるより前に私は答えていました。これはきっと精神操作系の魔法を使われたに違いありません。ならばしょうがないですね。えぇ、しょうがありません。


「……自分で変身しておいてにゃんですが、もう少し考えた方がいいと思うのにゃ……」


 呆れ顔で見つめられる私でした。ちょっと心折れそう。



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