第19話 調べ物
翌日。
お父様と兄様は閣僚を集めて今後についての会議。
お母様は勇者召喚用の水晶の調査。
私は特にやることもないので“始祖”について調べることにしました。
だってあの黒猫、ずっと私のことを『始祖様』と呼んでくるんですもの。違うという自覚がある私ですが、繰り返されるとちょっと不安になってしまうのです。
……はっ、もしやこれは、何度も繰り返すことによって私をその気にさせようとする黒猫の策なのでしょうか?
…………。
いえ、あの黒猫がそんな高度な情報戦をできるわけがありませんね。
『なにやら誹謗中傷された気がするのにゃ』
「気のせいですよ」
当たり前のように部屋にいる黒猫をスルーする私。慣れって恐いですね。
それはともかく調べ物です。私はお父様から許可をもらい、王宮の地下にある書庫へと移動しました。名目は『マホウ・ショウジョについて改めて調べるため』です。
当然のようにリルは私の隣にいますし、黒猫も足元をうろちょろしています。
この書庫、一応は国家機密を取り扱っている場所なのですけどね。まぁ誰も文句を言わなかったので問題はないのでしょう。……誰が王女に文句を言えるんだという疑問は脇に置いておくとして。
『調べ物って、何を調べるのにゃ?』
「吸血鬼の始祖についてです」
『……魔族ですら始祖様について詳しいことは知らないのに、人間が調べて、書物に残せたとは思えないのにゃ』
でしょうね。人間で始祖に会ったことがあるのは始祖を討伐した勇者だけで、その勇者も簡単な報告をしたあとすぐに亡くなってしまったそうですし。『勇者が相打ち同然で始祖を討伐した』以外の情報なんて残っていないはずです。しかも千年以上前なのですから。
しかし、ここは乙女ゲームの世界です。
私の記憶が確かなら、大丈夫。
書庫の奥、古い扉の先にある別室。その正面の本棚に目的の本はあるはずです。ゲーム知識が正しければ。
結果。私は一分もしないうちに目的の本を見つけることができました。
古い革表紙の本。
表紙には大きな字で『日記帳』と記されていました。下に書いてある名前はカーミラ・ファニュ。そう、ゲームの裏ボスである始祖の本名です。
『な、なんなのにゃ、その本は……?』
「……始祖の日記帳?」
『な、なんでそんなものが、王宮の書庫に眠っているにゃ!?』
ゲームの都合としか……。
原作ゲームにおいて。最終決戦を前にヒロインがこの場所で、この本を読んで始祖の弱点を知ることになるのです。具体的に言えば愛と勇気と希望の力によって始祖は打ち倒せると。
なんで日記帳にそんなことが書いてあるのかという疑問は、たぶん突っ込んではいけません。そういうものなのです。きっと。
で、本来ならゲーム終盤で見つけるはずのこの本を、私はゲーム開始直後の現時点で読んでしまおうとしているわけです。我ながら血も涙もない悪党ですね。
私はクックックッと喉を鳴らしながら始祖の日記帳とやらを開きました。
「……ふむふむ」
どうやら始祖は前々から『死後の転生』について研究していたようですね。元々が寿命のない吸血鬼、しかも始祖なのにチキンハート――いえ、用心深い方ですね。
そして研究を進めた結果、異世界の秘術に目を付けたようです。具体的に言えば日本の陰陽道。かなり詳しく研究していたらしく、日記帳には日本語でよく分からないことが書いてあります。
……いえ違います。理解できないのは私が日本語を読めないわけではなく、所々日本語の文法が間違っているからであり、私の頭が足りないわけではないのです。そうなのです。
それはともかくとして。始祖は平安時代に安倍晴明が記したという陰陽道の秘伝書を手に入れ、その秘伝書に記されていた『反魂の秘術』によって転生方法を確立したようですね。
……うん?
私は前世で陰陽師とか大好きな中二病だったのでちょっとした知識がありますが、反魂の秘術は死んだ人を蘇らせる術ですよね? 自分が転生するための術では無いと思うのですが……。まぁ、死んだあともどうにかなるという意味では一緒なのでしょうか?
『始祖様は勇者に倒されたのにゃ。しかし、秘術によって蘇ると予言されていたのにゃ。そして約束の時が来て、始祖様にお仕えするために私が派遣されたのにゃ』
黒猫がそんな説明をしてくれました。蘇りたい気持ちは分かりますが、千年後とか遅すぎじゃないですか? そんなに勇者が恐かったんですかね?
始祖は反魂の秘術の再現に成功し、自分の身体に魔方陣を刻み込んだようですね。
もちろん私の身体にそんな魔方陣は刻まれていません。毎日お風呂に入っているのだからそれくらい分かります。背中もリルがチェック済みですし。
日記にはその魔方陣が描かれていましたが、なんというか、五芒星でした。思いっきり陰陽師。
しかも五芒星の周りに書かれていたのは日本語です。まさか異世界で日本語を目にする日が来ようとは……。
この日記に書かれている『異世界』とはたぶん日本のことなのでしょうね。だからこそ『反魂の秘術』という名前ですし、記された文字も日本語であると。
ちなみに。
魔方陣には日本語でこう書かれていました。
――死亡後、魂を転生
…………。
いやいや、なぜ魂を転生『させない』ことになるのでしょうか?
……もしかして間違えたのでしょうか?
本来なら『魂を転生させる』と記すべきところを、『魂を転生させない』と書いちゃったとか?
日記に書かれた他の日本語も所々文法がおかしいですし、これは素で間違えた可能性が高そうですね。反魂の秘術の効果も誤って認識していたみたいですし。
…………。
いやまぁ分かりますよ。始祖にとって日本語は未知の言語ですし。辞書もなく、喋れる人もいないでしょうから解読も自己流だったはずです。そもそも平安時代の日本語とか翻訳の難易度が高そうですもの。しかも専門書。ちょっとの間違いを犯しても仕方がないでしょう。
その間違いは致命的でしたけど。
だって、魂を転生させないということは、身体だけ転生したのでしょう?
死亡時に魂は消え去って、身体だけ生まれ変わってしまったと。
……なるほど、そう考えると私の現状にも納得できるというものです。
私が吸血鬼として生まれたのは、吸血姫の先祖返りではなく、始祖の身体の転生体だから。
始祖としての『力(身体)』を使っているのに、始祖の記憶が蘇らないのは始祖の魂が消滅しているから。
そして。魂のない始祖の身体に、異世界の魂である私が入り込んでしまったと。
つまり、『悪役令嬢』となるはずの始祖は(身体を残して)消滅しているわけであり。
なんということでしょう。
乙女ゲームの死亡フラグは千年も前に破壊されていたのです。本人の凡ミスによって。
「……なんでやねん」
おもわず関西弁で突っ込んでしまう私でした。
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