第15話 閑話 魔王





「――クソが! 痛ぇ! あのアマ! 絶対許さねぇ! 兄貴たちもだ! 俺を置いて逃げやがって!」


 ミラカによって片腕を失った男はふらつく足で逃げながら悪態をついていた。そろそろ走るのを止めて応急処置をしなければ失血死の危険性があるが、腕を易々と切断してみせたミラカへの恐怖が男から正常な判断を奪っていたのだ。


 立ち止まって治療するくらいなら、少しでも遠くへ。少しでも早く逃げなければならない。


 だが、血を失いすぎた男が満足に動けるはずもなく。路地裏に捨てられていたゴミに足を取られた男は無様にも受け身すら取れずに転んでしまった。


 口の中に砂の味が広がる。


「くそっ、……痛い、痛い、ちくちょう、許さねぇ……」


 男はミラカと、自分を見捨てた男たちへの呪詛を吐いた。そんな力もないのに。そんな度胸もないのに。

 失血によって頭は痛み、視界も暗く鳴りつつある現状。もはや男の命もすぐに失われ――


『――悔しいか?』


 声が聞こえた。


『――許せないか?』


 地獄の底から響いたような声。


『――力が欲しくはないか?』


 死の間際の幻聴か。あるいは悔しさによる妄想か。


 ……どちらでもよかった。


 もはや男には命しか残っておらず。その命ももうすぐ消える。


『――力が欲しくば、“契約”せよ。さすれば復讐に足る力を授けてやろう』


 ならば。

 迷う必要はない。


 あいつらに復讐できるなら。


 どうせ死ぬのなら。


 あいつらも道連れにしてやる。


 苦しめて。


 苦しめて殺してやる。


 あいつらを。


 あいつらの周りの人間を。


 近くの人間を。


 同じ場所にいる人間を。


 住んでいる国の人間を。


 そう。人間を。


 すべての人間を。


 殺して。


 殺して。


 殺し尽くしてやる。


 殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して――




 そうして。


 そうするために。


 すでに本来の目的を見失ったまま。



 男は、“魔王”と契約した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る