第14話 正義の味方



 私はアイテムボックスから適当な外套を取りだし、被害者(になる直前だった)女性にかけてあげました。


「気をつけてくださいね。王都とはいえ、夜になれば治安は悪いですから」


 状況が落ち着いたので女性を観察する余裕が出てきました。


 やはり美少女です。

 年齢は私と同じくらいでしょう。髪色は茶ですが、色素が薄いので金髪に近いかもしれません。ダークブロンドというものでしょうか? 路地裏は暗いですが吸血気アイならよく見えます。凄いぞ吸血鬼。


 顔つきはとても穏やかで、まるで深窓の令嬢のよう。私は少々目つきが鋭いので羨ましいです。


 ま、悪役令嬢&裏ボスだから目つきが悪くて当然なのですけどね。そんな業を背負った私とは違って目の前の彼女はとても可愛らしいです。うんうん、彼女みたいな子が乙女ゲームのヒロインに選ばれるのでしょうね。


 …………。


 ……うん? 乙女ゲーム?


 首をひねりつつ私が今日思い出したばかりの原作ゲーム知識を確認していると、気づきました。大発見です。


 目の前の彼女、原作ゲームのヒロインです。


 なんでやねん。


 悪役令嬢とヒロインが出会うのはこのあと通うことになる『魔法学園』に入学してからのはず。


 平民出身のヒロインはその才覚と人柄によって王太子殿下(私のお兄様)と親しくなり、そんなヒロインを王国支配の邪魔になると判断した悪役令嬢(私)が陰に陽にヒロインを追い詰めようとするのです。


 ボスである魔王すらも悪役令嬢に利用されており。


 なんやかんやで裏ボスとして君臨した悪役令嬢わたしと、聖女として目覚めたヒロインこの子が戦って――というのがゲームの大まかな流れです。


 ……なんで王族や貴族の子息子女が家庭教師じゃなくて学園に通うのか、という疑問を持ってはいけません。乙女ゲームとはそういう世界なのです。ドント・シンク・フィーール。


 まぁ設定の荒さはひとまず置いておいて。

 たしか原作ゲームにおいては、一般人として暮らしていたヒロインが男たちに乱暴されそうになり、犯される直前に『魔法』の力に目覚めます。


 で、その力が貴重な『聖魔法』属性だったので特別枠として魔法学園への入学が許されるというテンプレ――いえ、様式美なシナリオを辿るはずなのです。


 …………。


 ……もしかして、これ、ヒロインの覚醒イベントでした?


 思いっきりお邪魔虫でしたね、私。


 いえ、しかし、目覚めたきっかけが強姦未遂だったというだけで、聖魔法の力自体は元々有しているのですから問題はないでしょう。……ない、ですよね?


 むしろ私の死亡フラグ的にはヒロインが魔法学園に来ない方がいいので、この展開は望むところ――


 いえ、ダメですね。


 魔法学園に入学するおかげで、貧乏だったヒロインは将来的にお金持ち攻略対象と結婚できますし、ノーマルエンドでも宮廷魔術師として活躍することになります。


 つまり、経済的にかなり楽になり、家族を養うこともできるようになるのです。


 ヒロインとは出会ったばかりですし、その家族に至っては顔すら知りませんが、それでも私の行動のせいで得られるはずだった豊かな暮らしが消えてしまうというのは心が痛みます。


「――あ、あの! 助けていただいて、ありがとうございました!」


 私の与えた外套を強く握りながらヒロインさんは深く深く頭を下げました。私がいなくてもどうにかなっていたはずですし、彼女と家族の未来を狂わせてしまった(かもしれない)とあっては心が痛みます。


 だから、

 これは、ちょっとした罪滅ぼし。


「……悔しいですか?」


「え?」


「何の力もなく、自分の身すら守れず、逃げることすらできなかった。……悔しいですか? 誰かから守られるだけの存在でいいのですか?」


「…………」


 私の突然すぎる問いかけを受けてヒロインはしばらく呆然としていましたけど、やがて言葉の意味を理解したのか――キッと、力強い瞳で私を睨み付けてきました。


 十分。


 その瞳があれば『力』を悪用することもないでしょう。


 私はヒロインの手を取り、回復魔法――聖魔法を彼女の身体に流しました。


 ヒロインなのだから聖魔法の適正はあるはずです。ただ、平民だから『魔法を使う』訓練をする機会がなかっただけで。


 そういう人間が魔法を使えるようになるきっかけは、命の危機に瀕するか、ふとしたきっかけに魔力の『流れ』を理解するか。


 私が今やっているのは後者。ヒロインの身体に魔力を流し、魔力の『流れ』を理解させること。


 魔法適正者が多い貴族なら子供の頃にやっていることなんですけどね。


 本来なら『流れ』を意識させたあとは家庭教師が一から魔力の扱い方を学ばせていきます。

 けれど、私は赤の他人ですしそこまでやる義理はありません。


 それに、いずれ『聖魔法』が使えると知られれば魔法学園へ入学でき、そこでちゃんとした教師から教えを受けられるはずですし。


 もしかしたら魔力の流れを理解できずに、ヒロインは魔法を使えないままかもしれませんが……それはそれ。私がやるべきことはしたのですから、あとはヒロインの努力と才能が足りなかっただけでしょう。


 というわけで私の罪滅ぼしはここまで。私はヒロインから手を離し、『とうっ!』と屋根の上に飛び乗りました。


 そのままクールに去ろうとしたのですが、


「――あ、あの! 私の名前はヒナリといいます! あなたのお名前を伺ってもよろしいですか!?」


 名前?

 いやいや無理ですって。いくら平民相手だとはいえ、名乗ったら王女だってバレる可能性が激上がりですから。ただでさえ銀髪は珍しく、仮面を付けていても正体がバレるかもしれないのに。


「……通りすがりの正義の味方です。覚えておいてください」


 私はそう言い残してそそくさと王宮へと戻りました。



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