第9話 私、始祖でした?



 拝啓、前世のお父様とお母様。


 なぜか、魔法少女のリルはしばらく私の部屋で寝泊まりすることになりました。


 いや分かりますよ? 歴史も文化も違う異世界に突然やってきて、周りの人間は言葉が通じないんですから。唯一意思疎通ができる私を頼りにしてしまうのは当然の反応です。


 でも色々と問題があるでしょう? 王女である私の警護とか、プライバシーの問題とか、出会ったばかりの人間が一緒の部屋で過ごすことによる気まずさとか……。


 まぁ、そんな反論も、『ダメなんですか?』と見つめてくるリルを前にすれば飲み込むしかないですけどね。


 だって雨に濡れた捨て犬(しかも子犬)の目をしているんですよ!? 酷いことなんて言えるわけないでしょう!


 なにやら空の向こうで前世の両親が『ま~、この子は昔から女たらしだったものね~』と呆れているような気がしますが、気のせいです。えぇ、気のせいです。なぜなら私は女をたらしたことなど一度もないのですから。


 前世での恋愛経験も絶無ですし、恋愛イベントっぽいものもバレンタインに髪の毛入りチョコを(女の子から)もらったり、(女の子から)ストーカーされたり、(女の子に)背中から刺されたことくらいですしね。


 ……うん? 冷静に考えると色々おかしいぞ前世の私?


 …………。


 前世の記憶にはとりあえずフタをして。


 帰ってきた(今世の)お父様も『伝説に謳われるマホウ・ショウジョ殿と王族が良好な関係を築くのは望ましい』と同棲生活(?)を許可しやがった――じゃなくて、許可していただいたので何の問題もありません。なくなってしまうのです。気安く許可を出すな最高権力者。


 そのあと『百合とは女性同士の恋愛のことなのだな? うむ、ワシとしては何の問題もない』と肩を叩かれたことは鎖で縛って鍵をかけたい記憶です。『どこぞの馬の骨に嫁に出すよりは……』とほざいていたのは気のせいです。


 リルの『魔法少女ものに男は不要! 魔法少女は女の子と百合百合していればいいのです!』という発言を真に受けたのでしょう。きっと。

 お父様はリルの言葉を理解できませんが、マホウ・ショウジョに関わる重要事項だからと私が翻訳させられたのです。


 といいますか、私の夫になる人って歴とした王族か貴族ですよね? むしろ異世界の魔法少女の方が『どこぞの馬の骨』なのでは……と、いうツッコミは止めました。藪を突いてドラゴンを出す必要はありません。


 ちなみにここは魔法もあるファンタジーな異世界ですが、ちゃんと馬もいます。基本的には地球と同じ生物がいて、空気中に含まれる『魔素』の影響を強く受けた魔物も存在するという世界観。


 魔物とは体内に魔石を持ち、上位個体になると魔法も自在に操る厄介な生物です。魔素のせいかどうか知りませんが、見た目が凶暴なものが多いですね。キメラっぽいとでも言いましょうか。


 ……あれ? よく考えると魔物って魔法少女の敵役っぽい? 野生で大量にいますね、これ。


 私が愕然としているうちに西塔の私の部屋前に到着しました。もちろんリルも子犬のようについてきています。


「お疲れ様です」


 部屋の扉前で警備してくれていた近衛騎士(女性)に挨拶。普通のお姫様はこんなことをしないらしいですけど、まぁ元日本人としてお礼も無しというのは気が引けますからね。


 衛兵の敬礼を見届けてから私は扉を開け、リルを招き入れました。


 扉を閉め、施錠。そして何気なく部屋の中を見渡して――


「……うん?」


 私はこれでも一応王女です。


 そしてここは王女の私室。


 先ほど見たように扉の横には近衛騎士が立っていますし、そもそも王宮内にあるのですから不審者など立ち入れるはずがありません。


 だというのに、部屋の窓が開け放たれていました。

 閉め忘れ? いやいや今日は窓を開けた記憶がありません。


 窓辺に黒猫が座っているから、黒猫が開けたのでしょ――いや、いやいやいや、猫が窓を開けられるはずがありません。いくらここが魔法や魔物の跋扈するファンタジー世界だとはいえ、猫は猫でしかないのです。


 だから私が単に閉め忘れただけで、黒猫さんは開いていた窓から入っただけ――


『――約束の時は来たのにゃ!』


 私の推測を破壊するかのように黒猫が声を発しました。ですよねー。普通の猫のはずがありませんよねー。なぜなら私の部屋は地上四階だから。いくら身軽な猫でも窓から侵入することなどできないでしょう。


 各階にベランダなどがあれば足場にできるでしょうが、お城にそんなものはありません。


「……え~っと、そう、今日は色々あったから気疲れしてしまったようですね。猫が喋るわけありませんもの」


 魔物なら可能性がありますが、いかにも『猫!』といった姿をした魔物などいないはずです。


『私をそこらの猫と一緒にしないで欲しいのにゃ! 私たちは先祖代々“始祖”様に仕えてきた由緒ある魔猫族! ブラッディベアくらいなら一撃で倒せるのにゃ!』


 え~っと、ブラッディベアとは確かランクAの魔物でしたっけ? 下手すれば町が一つ滅びるレベルの……。それを一撃で倒す?


 わ、私が目指す平穏な日常が遠ざかっていく音がする……。

 いや魔法少女との同棲生活(?)の時点で日常なんて崩壊している気がしますけど……。


『さぁ! “始祖”様! 今こそ鬨の声を上げるとき! そして愚かなる人間共を滅ぼすのにゃ!』


 正義の味方・魔法少女を前にして何を言っているのでしょうかこの黒猫は? ステッキで大切断されちゃいますよ? ……私がね。


「いやです。私は始祖なんかじゃありません」


 えぇそう私は始祖ではなく、普通の吸血鬼です。……いや吸血鬼の時点で普通じゃないですね。子供番組ならだいたい敵役。なんてこったい。


『まだ記憶を思い出していにゃいようですから説明するのにゃ。あなたは始祖様の直系たる存在。由緒ある吸血鬼なのにゃ。そして、いにしえの契約により“始祖”様の転生先に選ばれたあなたは前世の記憶を思い出して人間を滅ぼさなきゃ――』


「――ビバ! スローライフ!」


 私は黒猫の首根っこを掴んで、砲丸投げの体勢を取りました。


 なにやら騒ぐ黒猫は丸っと無視して、窓の外へ向け、投擲。吸血鬼パワーによって黒猫は城壁の外にまで吹っ飛んでいきました。


 猫を投げちゃダメだって? 喋る猫なんて魔物に違いないからセーフです。


 こうして悪は滅びました。めでたしめでたし。


「滅んでないのにゃー!」


 城壁の向こう側からそんな声が聞こえた気がしますが、きっと気のせいです。








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