第8話 巻き込まれ系悪役王女



「いや~助かりましたよミラカ殿下。マホウ・ショウジョ殿には言語翻訳の魔法が効かなかったもので」


 リルへの頭なでなでが一段落したあと。そんな風に話しかけてきたのは魔導師団の団長でした。いかにも『老魔法使い』といった白髪白鬚な風貌をしている御方です。


 今までの状況を整理すると、私はリル相手の時は無意識に日本語を使っているみたいです。転生ものによくある自動翻訳スキルでしょうか?


 しかし、言語翻訳の魔法が効かないというのは珍しいですね。


「魔導師団長ほどの魔法使いが言語翻訳の魔法をかけているのに、ですか?」


「お恥ずかしいことです。言い訳させていただけるなら、マホウ・ショウジョ殿はかなり高度な“抗魔法”の力を有しているのでしょうな」


「こうまほう?」


「えぇ。おそらくは上級の攻撃魔法も弾き返すでしょうが、逆に言えば回復魔法も効きにくいはずです。あまり無茶をさせない方がいいでしょう。殿下にはよくよくご理解いただきたく」


「……リルに魔王討伐をさせるのは諦めろと?」


 魔王討伐なんて常に死と隣り合わせ。回復魔法がなければ容易に『最悪の事態』は訪れるでしょう。いくら攻撃魔法を無効化できても、物理攻撃は受けてしまうのですから。


 私が小さく唸っていると、近くで話を聞いていた宰相が会話に加わってきました。


「さすが、話が早いですな。勇者関連では私や魔導師団長殿でも発言力はありませんが、国王陛下も、ミラカ殿下のお言葉には耳を傾けるでしょう」


「宰相でも無理なのに、私が? 買いかぶりすぎだと思いますが?」


「ははは、『西塔の賢姫』と称えられるミラカ殿下からの提言であれば大丈夫でしょう」


「……賢姫?」


「おや? ご存じなかったのですかな? 必要最低限の助言でこの国の危機を救い続けてきた殿下は“賢姫”として国民からも広く慕われているのですが」


「…………」


 初耳なんですけど!?

 なにそれ真逆! 『バカじゃないけど優秀でもない』という立ち位置を目指す私の姿勢とは真逆なんですけど!? それほんとに私のこと!?


 いえ私が住んでいるのは王宮の西塔ですよ!? お父様が悩んでいるときそれとなく『あれれ~?』と遠回しな助言をしたこともありましたよ!? でもそれはあくまでバカではないと思われないため! そんな難しいことを言った覚えはないんですけど!?


「ははは、異世界から召喚した人間をこちらの都合で戦わせるのは忍びないですからな。回復魔法が効きにくいのなら尚更のこと。殿下にはぜひ陛下を説得していただきたいものです」


 宰相の口ぶりに私は『きゅぴーん』ときました。思い出すのはとある『友人』に聞かされた一つの話。


「……確か、宰相の領地から“勇者”が出たのでしたよね?」


「おや、さすがは殿下。まだ公表はしていないのですが。よき『耳』をお持ちのようで」


 悪びれる様子のない宰相は間違いなく古狸でしょう。


 この世界には大きく分けて“召喚勇者”と普通の“勇者”がいます。召喚勇者とはその名の通り異世界から呼び出した勇者であり、普通の勇者とはこの世界に元からいた人間が選ばれる存在です。


 普通の勇者の中にも聖剣に選ばれた者や国が認めた者、さらには自称者もいるので結果的にこの世界にはそれなりの数の勇者がいるらしいですが。


 で、一ヶ月ほど前、宰相が治める領地で“聖剣”を手にした勇者が現れたのです。


 宰相としては自らの領民が魔王を討伐してくれた方がその後の影響力を拡大できますし、そうなると異世界から召喚された勇者(リル)には大人しくしてもらった方がいいと。


 世界の平和よりも戦後の影響力を気にするとはなんとも自分勝手な考えですが、逆に言えば、この世界にとって魔王とはその程度の存在なのです。犠牲は出るけど何とかなる、どちらかというと自然災害に近いもの。酷いときには大陸の東と西で同時発生しましたし。

 まぁこの国に直接被害が及ぶのは100年ぶりくらいみたいですけれど。


「殿下は先ほどマホウ・ショウジョ殿の頭を撫でておられましたな? いやはや、大人しく頭を撫でられるあの姿は見ているこちらも心が和んでしまいました。あのような少女を無関係の戦いに巻き込むのは気が引けるというものです。殿下もそう思われるでしょう?」


「……そこまでして権力が欲しいのですか?」


「えぇ、もちろん」


「いっそ清々しいですね」


 まさしく古狸。

 幸いなのが悪人ではないってことでしょうか。えぇ、彼は『つまらない悪事に荷担して、政敵に付け入る隙を与えるなど三流の仕事!』という主義主張の人なので、権力欲は人並み外れているくせに悪人ではないのです。


 決して善人ではないですが。


 そんな人格だからか原作ゲームでの宰相の死亡率は非常に高かったです。こういう言い方はアレですけど作者としてはとても『殺しやすい』キャラなのだと思います。


 自らの死によって物語を動かす狂言回し。

 そんな歩く死亡フラグである宰相が不敵な笑みを浮かべました。そういうことばかりしているから死亡フラグが以下略。


「お互いの利益は合致していると思いますが? マホウ・ショウジョ殿と会話ができる唯一の存在であられるのが殿下です。もしもマホウ・ショウジョ殿が魔王との戦いに臨むのなら、必然的に殿下も巻き込まれることとなるでしょうな」


「……私以外では陛下の勅命すら伝えることができませんものね」


「然り。そして魔王討伐の旅は殿下が望まれる『のんびりまったりとした人生』とは真逆に位置しているでしょうなぁ」


「あら、私の夢を宰相に話したことはないと記憶していますが。いい『耳』をお持ちなのですね」


「ははは、殿下の『耳』には敵いませんよ」


「噂好きの友人がいるだけですわ」


「ほほぅ、いいご友人をお持ちのようで。是非一度ご紹介いただきたいものですなぁ」


「あの子は恥ずかしがり屋ですからね。宰相に会うとなったらきっと逃げ出してしまいますわ」


「おや、それは残念ですな」


 あはは、うふふと笑い合う宰相と私であった。


 いやおかしい。バカではないけど優秀でもないという立ち位置を目指す私がなぜ古狸と化かし合いをしているのだろう?


 どうしてこうなった?








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