第5話 魔法少女、リル
混乱もだいぶ収まってきた頃。
返り血を『びっしゃー』と浴びた国王陛下(お父様)は身体を清めるために退席。
死にかけたお兄様も念のため精密検査を受けることになり退場。
高名な魔法使いである妃陛下(お母様)は『なぜ勇者ではなくマホウ・ショウジョが召喚されたのか?』ということを調べるために召喚用の水晶を謁見の間から運び出してしまいました。当然のようにお母様も出て行こうとします。
いやお母様。こちらの都合で異世界から召喚した魔法少女がいるのですから、王族として彼女への対応を――あ、はいすみません。お母様の研究を邪魔するつもりは毛頭ございませんとも。
お母様から睨まれた私は見送ることしかできず……。研究者魂を燃やしたお母様はウキウキとした足取りで謁見の間から出て行ってしまい、必然的にここで一番偉い王族は私になりました。なってしまいました。
異世界に召喚したことの説明や魔王討伐のお願いを魔法少女さんにしなければいけませんが……ま、まぁ、きっと大丈夫でしょう。
まだここには交渉ごとが得意な宰相や、転移魔法に詳しい魔導師団長、不思議なことが起こったら『神の御意志です』の一言で片付けてしまう神召長がいるのですから。バカではないけど優秀でもないという立ち位置を目指している私に出る幕はありません。
さっそく宰相と魔導師団長が魔法少女と会話をはじめました。……が、少し変です。お互いに同じ言語を使っているはずなのに、会話が通じていないような……?
たとえば、
「私の名前はリル。魔法少女です」
「ここはデーリッツ王国です。あなたの名前は何ですか?」
「ここはどこですか?」
とまぁ、先ほどからこんな噛み合っていないやり取りをしているのです。
これではまるで、まったく別の言語を喋っているようではないですか? 私の耳には同じ言葉を喋っているように聞こえるのですが……。
あ、困惑した様子の魔法少女がキョロキョロと辺りを見渡し、私を見つけたところで止まりました。どこか嬉しそうに、そしてすがるような顔をしながら私に近づいてきます。
「――あの! あなた私の言っていることが分かりますよね!?」
「へ?」
魔法少女は私の目と鼻の先で止まり、期待を込めた瞳で私を見つめてきました。
頭にある犬耳は元気いっぱいに天を指していて、お尻から生えた尻尾はぶんぶんと勢いよく振られています。
「…………」
その様子は、前世、実家で飼っていた犬が『待て』をしている姿にそっくりで。
「……よ~しよし」
気がつくと、私は魔法少女の頭を撫でていました。
おぉ、犬のようなフサフサ感はありませんが、すべすべです。ものすっごいキューティクル。癖になりそう。
じゃなかった。
「す、すみません! 初対面なのに頭を撫でるなんて!」
いや顔見知りになっても頭を撫でるのは『アウト』でしょうけど! 頭を撫でるなんてよっぽど親しい間柄じゃないとやりませんし! 家族とか! 恋人とか!
頭を撫でられた魔法少女に不愉快そうな感じはなく、むしろ嬉しそうで――いえ、自分の都合のいいように解釈してはいけませんよね。
「こほん。えぇっと、魔法少女様?」
私が仕切り直しとばかりに咳払いをすると、魔法少女はにっこりとした笑みを浮かべました。
「リルです」
「へ?」
「私の名前はリルです」
「あ、はい、そうですか……」
なにやら笑顔に妙な“圧”があるような?
「えっと、リル様?」
私がそう口にするとリルは嬉しそうに目を細めました。犬耳がぴょこぴょこと動き、尻尾は千切れそうなほどの勢いで振られています。
やばぁい、子犬系美少女(ただし身長は高い)とか破壊力が高すぎですね。百合な趣味はないはずなのに、百合でもいいかと思えてしまうほどに……。
と、私が新しい世界の扉を開きかけていると、周囲のざわめきが耳に響きました。
『おぉ! ミラカ殿下が異世界の言葉を話されているぞ!』
『ま、まさか、ミラカ殿下が伝説に謳われる“ますこっと”なる者なのか!?』
『常にマホウ・ショウジョの側にあり、世界を救う手助けをしたと伝わる、あの!?』
なにやら聞き捨てならない会話が聞こえてきます。
え? 私って母国語話しましたよね? ここで言う母国語とは前世の日本語ではなく、我がデーリッツ王国の公用語で……。
それに、ますこっと? マスコットキャラのことですか? いや私あんな謎生物じゃないんですけど? 確かにマスコットには途中で人間に変身する子もいますけど、私は最初から人間――
――いや、吸血鬼でしたね。
しまった私自身も謎生物でした。
う~ん、(伝承通りなら)狼やらコウモリやら、果てには霧にまで変身できるのですからマスコットキャラにもなれるかも? ……じゃなくて。
「あの、リル様。私って、今、日本語喋ってます?」
「はい、喋っていますよ。他の人とは言葉が通じないのでどうしようかと思いました」
「……うん?」
おかしい。私は今この国の言葉を話しているというか、日本語なんて前世で死んで以来使ったこともないのに。
私が疑問符を浮かべていると、リルが嬉しそうに私の手を握ってきました。なんだか子犬に懐かれた気分です。ステッキ一本で狼男(?)を真っ二つにする魔法少女が相手なのに。
「……よ~しよし」
はっ!? 無意識のうちにリルの頭を撫でていました!?
もちろん無礼きわまりないので私はすぐにやめようとしたのですけれど、手を止めたらリルが悲しそうな目で見つめてきて……。結局、リルが満足するまで頭をなで続けることになりました。
謁見の間にまだ残っていた貴族や令嬢たちの前でね。くっ、なんという羞恥プレイでしょうか……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・☆評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます