第3話 百合過激派


 魔法少女による突然のスプラッター。


 よく考えても理解できない惨状を前にして貴族は逃げ惑い、令嬢たちが次々に気絶していく地獄絵図の中。さすがは次代の王として育てられただけあって我がお兄様――王太子殿下は一足早く冷静さを取り戻したようでした。


「……お初にお目にかかる。私はこの国の王太子、テイン・デーリッツだ。名前を伺ってもよろしいだろうか?」


 何とも爽やかなイケメンスマイルを浮かべながらお兄様が魔法少女に近づきました。


 幸いにして返り血こそ浴びていませんが、この世にグロテスクを振りまいた魔法少女にそんな笑顔を向けられるのですからお兄様の心臓はオリハルコンでできているに違いありません。あるいはヒヒイロカネ。


 身内びいきかもしれませんがお兄様は超絶イケメン。乙女ゲームのメインヒーローでもおかしくはありません。


 そして、そんなお兄様が声をかけている魔法少女もまた超絶美少女。これはもしかして乙女ゲームのような素敵な恋物語が始まったり――


 ……ん? 乙女ゲーム?


 私が首をかしげている間にお兄様が魔法少女に右手を差し出しました。ここがアニメの世界だったら白い歯が『キラーン☆』と光っているに違いありません。そして背後には薔薇の花が咲き乱れるに決まっています。


 そんなお兄様のイケメンスマイルを真っ正面から受けた魔法少女は――


「――イケメンは死ねぇ!」


 とんでもないことを口走りながらお兄様の顔面に右ストレートを叩き込みました。


 なんということを。イケメンを殴るなんて女子の10割を敵に回して男子の10割から賞賛される行為……じゃなかった。王太子を殴るなんて、いくら勇者(?)だからといって不敬罪不可避じゃないですか!


 他人事ながら私がアワアワと心配していると、魔法少女がお兄様を『ビシィ!』と指差しました。


「魔法少女ものに男は不要! 魔法少女は可愛らしい女の子と百合百合していればいいのです!」


「――過激派だ!?」


 何を口走っているのでしょうかあの魔法少女は!? というか『自分は百合な人間だ』というカミングアウトですか!?


 ……は! しまった! あまりのトンデモ発言についつい声を出してのツッコミを入れてしまいました!


 混乱の渦中にある貴族たちには聞こえていなかったみたいですけれど、魔法少女の耳には届いてしまったみたいです。犬耳っぽいから耳がいいのでしょうか?


 ゆっくりとした動きで魔法少女がこちらを向き、その紺碧の瞳で私の姿を捕らえました。そして、これまたゆっくりと口を動かします。


「……日本語?」


 はい? にほんご?

 口走った言葉にどんな意味が込められているのでしょうか? 確かめることはできませんでした。魔法少女に顔面ストレートをぶち込まれたお兄様が突如として高笑いをし始めたからです。


「くっ! くははっ! 見事だなマホウ・ショウジョよ! まさか俺の正体を見破るとは!」


 イケメンが悪役っぽい高笑いしてるー。いかにも小者っぽいセリフをほざいているー。やめてー。イメージが崩されるー。


 私の嘆きを踏みにじるようにお兄様(?)が言葉を続けました。


「くくくっ! 王太子の身体を乗っ取って影からこの国を支配してやろうと思っていたのに、まさかマホウ・ショウジョが現れるとは! だが好都合! 貴様を血祭りに上げて我が覇道の狼煙としてくれる!」


 覇道とか言ってるくせにやってることが『王太子の身体を乗っ取り影から国を支配する』とか。セコくてカッコ悪いですね……。


 対する魔法少女は決意を示すように右手を振り払いました。


「させません! 魔法少女は絶対に負けません! 魔法少女はみんなに笑顔と希望を届けるのですから!」


 グロテスクとスプラッターを届けるの間違いじゃありません?


「魔法少女の誓い、第一条! 魔法少女は決して負けない!」


 二条とか三条もあるんですか?


 魔法少女はいったんしゃがみ込み、足腰に力を込めはじめました。


「――ハニカミ☆」


 そして大ジャンプ。謁見の間のシャンデリアに達するほどの高さです。


「――スマイル♪」


 そのまま空中で回転、“ひねり”を加えたその技は、もしや――!


「――魔法少女 ♡ キーック!」


 ラ○ダー卍キック!?

 わぁ! わぁ! 劇中で一度しか使われなかった必殺技をリアルで拝めるなんてっ!


 …………。


 ……じゃなかった! お兄様!? お兄様が必殺技を食らいましたよ!?


 魔法少女のライダーなキックを受けたお兄様は往年の特撮怪人のように『びょーん』と吹っ飛び、着地。いったん立ち上がったあと大爆発しました。


 お兄様ぁ!?

 死んだ!? あれ絶対死にましたよね!?


お願い! 死なないでお兄様!

 あなたが死んだら私が女王をやらなきゃいけなくなるの!


 ……純真無垢に兄のことを心配するわたし。そんな私の願いがきっと天に届いたのでしょう。爆炎が晴れたあと、そこにいたのは原形を留めたお兄様でした。


 服は吹き飛んでいましたけど。

 服は吹き飛んでいましたけど。

 大事なことなので二回言いました。


 イケメンの全裸とか目の保養……じゃなくて、そう、治癒。治癒魔法をかけるために私はお兄様に近づき、『兄妹同士!』という鋼の意志でもってお兄様の裸体から目を逸らし、治癒魔法をかけました。


 治療中にお兄様は『私はもうダメだ……』とか『私が死んだら、ミラカにこの国を……』とかつぶやいていましたけど、そんな死亡フラグは治癒魔法で完全粉砕です。


 私には魔法の才能があるらしく、即死でもしない限り完全回復させられます。さすがは“悪役令嬢ミラカ”です。


 ……うん? 悪役令嬢?


 自分の言葉に首をかしげた私はまずお兄様を見て、周囲をじっくりと見渡し、そして最後に血染めとなった召喚用水晶に視線を囚われました。

 あのケバケバしい装飾。たしかにどこかで見たことがあります。死んだあとでも思い出しそうなインパクト。


 …………。


 …………………。


「……あれ? 私、悪役じゃないですか?」


 電気ショックを受けたかのように。私は前世でやった一つのゲームを思い出しました。


 そのゲームの名前は、ボク☆オト~again~。

 下位貴族の娘であるヒロインが王太子や宰相の息子といったイケメンたちと恋に落ちるテンプレ乙女ゲームです。


 勇者召喚の儀式に運良く招待されたヒロインは、そこで召喚された勇者に見初められて“聖女”としての力に目覚め、世界を救うため“魔王”との戦いに巻き込まれていく――と、いうのが大まかな流れです。


 そう。

 今日この場。勇者召喚の儀式こそが物語の始まりだったのです。


 ……いやまぁ、勇者じゃなくて魔法少女が召喚されている時点で『前世のゲーム知識? 何それ? おいしいの?』って感じですけどね。




 ちなみに。

 ゲームにおける私、ミラカ・デーリッツは悪役――悪役令嬢でした。


 その正体は千年を生きた吸血鬼であり、この国の女王となるため陰に陽にヒロインを追い詰めようとする悪役でした。ラスボスであるはずの魔王すら実際はミラカの操り人形で……。


 まぁ、私は間違いなく15歳であり、女王になるつもりもなく、魔王とも面識がないので、この時点でゲームとは乖離しているのですけれどね。








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