第8話 たった1人の友達
凛花は少し考え込んだ後、ふと気がついた。最近、先生の作品や話に夢中になりすぎて、ほかのことはあまり話していないなと。そんな時、何気なく思いついた質問を口にした。
「先生って、彼氏いるの?」
静子は落ち着いた声で答えた。
「いないですよ。いたこともありません。」
その答えに、凛花は思わず目を大きく見開いてしまった。
「えっ、こんな美人なのに!?」
静子は少し照れたように笑いながら、「美人なんですかね?」と首をかしげつつも、続けて言った。
「まあ、興味もないので…」
まるで恋愛に対して特別な感情がないかのような表情を浮かべた。
「えー、そんなのもったいないよ!こんなに素敵なのに!」
凛子は驚いたが、すぐに話を変えることにした。静子が恋愛に興味がないということが少し不思議だったが、どうやらそれは静子なりの価値観があるようだと感じたからだ。
「じゃあ、友達はいるの?」
凛花は気になって尋ねた。静子はしばらく黙った後、ふっと笑顔を見せて答えた。
「いますよ。夏美先生です。」
「え!?なっちゃん!?」
凛花はその名前に覚えがあった。
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夏美先生——北村夏美は、夏美の通う高校の体育教師。赤っぽい茶髪のロングヘアーと薄ピンクのジャージ、そして琥珀のメガネが印象的だ。静子とは違ったタイプの美人でもある。凛花が演じているような活発な性格であり、生徒を自身の友達として接しているような、どこかおちゃらけた感じが目立つ。凛花が通う高校教師の人気投票をすれば、間違いなく彼女が1位になるだろう。それぐらい生徒から好かれている存在でもあるのだ。
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「いつも明るくて、なんか学生みたいなノリだよね。めっちゃ人気あるし。」
「はい、活発な性格でおちゃらけた感じですが、学生と接するのが得意で、まるで友達みたいに接しているんですよ。」
「わかる!なんかなっちゃんって先生っていうより友達みたいなんだよね!だから私もなっちゃんって呼んでるよ!」
「そうなんですね。凛花さんも、夏美先生と親しくしているんですか?」
「うん、体育の授業で結構よく話すよ!すごく面白い先生だから、話しててすごく楽しいんだ。」
凛花は話しながら、どこか楽しそうに口元を緩めた。
「何でも気軽に話せるし、本当に友達みたいな感じでさ。」
静子はその言葉を聞いて、少し安心した様子を見せた。自分の大切な友人である夏美が、凛花にもそういう影響を与えていることに、なんとなくほっとした気持ちになった。
「夏実先生は、本当に凛花さんと仲良くなれてよかったですね。」
静子は微笑みながら言った。
「きっと、凛花さんにとっても良い存在なんでしょう。」
「うん!すごくいい先生だよ、なっちゃん。」
凛花は目を輝かせながら答えた。
「でも先生がなっちゃんと友達って、なんか意外だな。性格が正反対って感じだし。」
静子はその言葉に微笑んだ。
「実は夏美先生って、私しか友達がいないらしいんですよ。」
その言葉に凛花は思わず目を見開いた。
「え!?めっちゃ友達いそうなのに、意外!」
「…ここだけの話なんですけど、私が同じ疑問を投げかけたとき、夏美先生は『友達を作るのは疲れるからあまり作りたくない』って言ったんです。」
耳打ちするように続けた。「内緒ですよ。」
凛花はその言葉を聞いてさらに驚いた。あんなに活発で元気ななっちゃんが、実はそんな風に思っていたなんて、想像もできなかったからだ。
「えー、そんなこと言うんだ!めっちゃ意外!」
静子は静かにうなずいた。
「私も最初は驚いたんです。でも、そう言っているからこそ、私と友達でいるのは心地よいのかなって、最近は少し思うようになりました。」
凛花はしばらく黙って考え込み、ふっと思いついたように言った。
「でも、先生となっちゃんって、すごくいいバランスで友達だよね。お互い、足りない部分を補い合ってる感じ。」
「そうですね。私は感情を表に出さないし、面白いこともあまり言わないので、夏美先生と一緒にいると、私が気づかないことに気づかせてくれたり、何気ないことで笑ったりします。」
静子は微笑むような笑顔を浮かべた。凛花もその笑顔を見て、ふっと柔らかな気持ちになった。
「うん、なんか分かる気がする。なっちゃんって、すごく明るいけど、実はその明るさを支えてくれる存在が必要なんだろうなって。」
「そうですね。私と一緒にいることで、夏美先生が少し楽になっているのかもしれません。」
その言葉を最後にしばらく沈黙が続いたが、静子が続けた。
「実は、夏美先生に『どうして私と友達になってくれたんですか?』って聞いたことがあるんです。私、感情をあまり表に出さないし、面白いことも言わないので、正直なところ疑問に思っていたんです。」
凛花は興味深そうに聞いていた。
「それで、なんて答えたの?」
静子は少し照れくさそうに、でもどこか懐かしむように言った。
「そしたら、夏美先生は『そこがいいんだよ、一緒にいて飽きない』って言ったんです。未だにどういう意味か私には分からないんですが…。」
凛花は少し考え込んでから言った。
「『飽きない』って、先生があんまり感情を表に出さないからかもしれないよ。逆に言うと、感情の起伏が少ないから、ずっと一緒にいても安心感があるのかな。」
静子はどこか納得したような表情を浮かべた。
「なるほど、そういう解釈もあるんですね…。」
「なんだかんだで、先生のこと好きなんだろうな、なっちゃんは。」
凛花は無意識に笑顔を浮かべていた。静子は静かに頷く。
「はい、そうかもしれませんね。」
その目は少し遠くを見るようであった。
「先生、なっちゃんに作品を見せたことあるの?」
「ありますよ」
静子の顔に少し照れくさそうな表情が浮かぶ。
「でも、正直言って、あんまり理解してもらえなかったみたいです。」
「え〜、なっちゃんわからなかったんだ。あんなに元気で明るい人だから、絶対に感性も豊かだと思ってたけど、意外だな〜。」
「夏美先生は感受性が高いというより、どちらかというと実用的なタイプで、物事をシンプルに考える方だからかもしれません。」
凛花は少し考え込む様子を見せた。
「でも、もしかしてそれがいいんじゃない?作品って、感情的に反応する人もいれば、理論的に見る人もいる。なっちゃんはきっと、何か違う視点を持っているんだよ。」
静子はその言葉に感心した様子だった。
「そうですね、夏美先生は常に新しい視点で物事を見ようとしていますから、私の作品に対しても独自の解釈があったかもしれませんね。」
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その後、凛花は放課後カウンセリングが終わると、いつものように静子にお礼を言って部屋を出た。歩きながら、ふと何かを思い出したようにポケットからスマホを取り出し、BABOの新しい動画をチェックしてみると、新たに一つ投稿されていた。
タイミング的に予約投稿だろう。
「へ~。先生ってそのまま投稿するんじゃなくて、予約して投稿するタイプなんだ~」
何気ない発見に少しの満足感を覚えつつ、新しい動画の視聴を楽しみに学校を出るのだった。
家に帰るまでの道のり、凛花はその日の話題を反芻しながら歩いた。なっちゃんと先生の友情について、そして自分が今感じていることについて、頭の中を整理していた。
自宅に到着した凛花は、早速先生の最新の動画を観ようと決め、スマホを手に取った。その瞬間、ふと先生が言った言葉が頭の中で響いた。
——私の作品を見てくれる人が理解してくれるって、すごく嬉しい。
その言葉に、凛花は何か温かい気持ちを感じた。
「これからも、たくさん見て、理解して、伝えていきたいな。」
そう心の中で呟きながら、凛花はスマホを開いて先生の作品を再生した。
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