第7話 理解者は止まらない

1週間後、放課後カウンセリングの時間がやってきた。いつものように凛花が部屋に入ってきたが、その表情には明らかに疲れがにじんでいた。目をこすりながら、椅子に座ると、静子は思わずその様子に気づき、心配そうに尋ねた。


「また夜更かししたんですか?」


静子が優しく声をかけると、凛花は目を半分閉じたままで「うん」とだけ答えた。


その顔色からは、昨夜の寝不足が見て取れた。


「寝なきゃダメですよ。」


静子が注意するように言うと、凛花は少し不満そうに肩をすくめ、しかし口元には笑みが浮かんでいた。


「だって、先生の動画面白いんだから仕方ないじゃん。」


凛花は、それを理由にして、笑いながら答える。その無邪気な返しに、静子も思わず微笑んだが、心の中でまた少し心配が募った。


「でも、体調崩しちゃったら元も子もないですからね。」


静子はやや真剣に言ったが、凛花はそれには気づかないふうに、興奮した様子で続けた。


「昨日で先生の動画全部見ちゃったよ!」


声を弾ませながら話す凛花に、静子は驚きの表情を浮かべた。


自分のチャンネルには、122本もの動画が投稿されている。そのほとんどが7分程度で、3分ほどの短い作品もあれば、長編のものも多い。だが、それをわずか1週間ほどで全て視聴したというのだ。静子の心の中で、凛花がどれほど自分の作品に夢中になっているのか、その深さがひしひしと伝わってきた。


「全部?」


静子は目を見開き、信じられないというように聞き返した。


「うん!昨日、夜遅くまでかかっちゃったけど、気づいたら全部見終わってたよ。ほんとにどれも面白くて、他の動画が気になって、つい、つい…」


凛花は少し照れくさい笑顔を見せながら言った。


静子はその言葉に一瞬言葉を失った。自分の動画が、こんなにも彼女を惹きつけていたなんて、正直なところ、予想もしていなかった。


自分でも「よくわからない」と言われることが多い作品が、こんなにも彼女を魅了しているのかと思うと、静子は嬉しさと驚きが入り混じった複雑な気持ちになった。


「でも、そんなに見てくれたんですね…」


静子は、改めてその事実を噛み締めるように呟いた。


「ちょっと照れくさいですね。」


静子が静かに笑うと、凛花も嬉しそうにうなずいた。


「めっちゃいいよ、あの動画。最初は意味が分からなかったけど、何度も見てるうちに、どんどん引き込まれちゃって。先生の作品、ほんとにすごい。」


凛花の目は、今までに見たどんな作品よりも輝いているように感じられた。


静子はその言葉を聞いて、心の中で少しだけ胸が熱くなった。


「ありがとう、凛花さん。そう言ってもらえると、本当に嬉しいです。」


静子は静かな声で感謝を伝えながら、自分の作品が誰かに理解され、こうして心から楽しんでもらえていることが、何よりも自分にとって価値があることだと再認識した。


「でも、ほんとに寝ないとダメですよ。体が資本ですからね。」


静子は再度、優しく凛花に注意を促した。彼女の疲れた様子を見て、少しでも早く休むように伝えたかった。


凛花はちょっとだけ肩をすくめて、「わかってるけど、ついつい…」と苦笑したが、それでもどこかで静子の言葉に納得した様子だった。


「まあ、でもこんなに楽んでくれる人がいるのは、嬉しいです。」


静子は再度、微笑みながら言った。その笑顔には、静かな喜びが滲んでいた。


凛花はそんな静子を見て、少し照れたように顔を赤くして、ついに「じゃあ、今日はもう少しだけ話していい?」と提案した。


静子は優しくうなずき、「もちろん、今日はまだカウンセリングは終わりませんから。」と答えた。


そうして二人は、また穏やかな時間を共有し始めた。


-----


静子は少し考え込みながら、凛花に尋ねた。


「私の1番好きな作品を教えてくれませんか?」


凛花は迷うことなく答えた。


「『不思議な男の憂鬱』かな。」


その言葉に、静子は少し驚いた。自信作ではあるが、あの作品は非常に難解で、自分の理解者である視聴者すらも困惑するような作品だったからだ。それにしても、凛花がその作品を選ぶとは思ってもみなかった。


「そうなんですね…」


静子が少し意外そうに反応した後、静かに続けた。


「あの作品って、少し難解だと思うんですけど。」


「そうだよね。でもね、あれって面白くてさ〜。」


凛花はにっこりと笑いながら続けた。


「あの作品ってさ〜、もしかして解釈が3つ用意されてるでしょ!」


静子は少し目を見開き答えた。


「はい、あの作品は3つの解釈ができるように作っていて、それ以上の解釈はできないように作られています。そして、その中の解釈の1つに正解が隠されています。」


静子は冷静に説明を加えた。あの作品の意図として、確かに3つの解釈が存在し、そのうちの1つが唯一の正解だということは、彼女自身も十分理解している。


すると凛花は少し苦笑いを浮かた。


「じゃあ、私の解釈は間違ってるね


静子はどういうことかと尋ねると、凛花は話し始めた。


「何回か見たら、確かに3つの解釈ができることに気づいたんだけど、もっと見てみたら、4つ目の解釈が浮かんでさ〜。」


静子はその内容に耳を傾けながら、驚きが顔に現れた。4つ目の解釈、しかも自分が全く想定していなかった視点からの解釈が出てきたからだ。


凛花が説明を終えると、静子は驚いた顔を戻せなかった。


「それは…予想外ですね。でも、確かにその解釈は理にかなっています。」


彼女自身、あの作品に込めた意図はもちろんあったが、凛花が提示した解釈が全く新しいものであることに、驚きと共に感心した。


凛花は少し微笑みながら言った。


「あの3つの解釈の中に答えがあるなら、私のは間違いだね。」


「たしかに間違いですが、ある意味では正解かもしれません。」


静子は、自分が設定した3つの解釈を越えて、凛花が見つけた第4の解釈がどこかで間違いなく、深い部分でつながっている可能性も感じていたのだ。


「私が意図していた3つの解釈は、確かに1つだけが正解です。でも、凛花さんが感じたように、あの作品が引き出した感情や考えが違った角度からも意味を持つなら、それはそれで価値があることなんです。」


静子は静かに、そして少し誇らしげに言った。彼女自身も、ただ単に「解釈が1つ」とするのではなく、視聴者に与えられる多様な反応こそが、この作品の深みであり、意味を持つと考えていた。


「へぇ、先生の考え方も面白いね。」


凛花はどこか楽しげに笑った。


「でも、私の解釈が正解じゃないってこと、わかってるよ。」


凛花は自分の考えを否定しながらも、どこか満足げな表情を浮かべていた。自分が見つけた第4の解釈が間違いであるとわかっていても、どこか自信に満ちた様子だった。


静子はその微笑みを見て、心の中でほっとした気持ちを覚えた。このカウンセリングの時間が、単なる悩みを聞くだけのものではなく、彼女と凛花が作品を通じて心を通わせ、また新しい視点を見つけ出す時間になったことを、心から嬉しく感じていた。


「凛花さん、ありがとうございます。あなたの考え方も、とても新鮮で面白いです。」

静子は感謝の気持ちを込めて言った。


凛花は照れくさそうに肩をすくめ、「どういたしまして」と軽く返すと、再び静かな時間が流れ始めた。

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