12 病めるバッカス:【陸斗】(センシティブあり)

 その夜、僕たちは部屋から猫を追い出してしまい、ヒカルの部屋のベッドで抱き合った。

 初めて触れられる感覚。慣れたヒカルの優しく暖かい手つきに、僕は息が荒くなるばかりだった。手だけではなく、唇や舌でそう触れるのかと、初めて知ることばかりだった。あまり思い出せない。体が熱く、いやらしく気持ち良くて思わずのけぞる自分の体が恥ずかしかった。

 僕の体を抱えて格闘するヒカルも、気遣って声をかけてくれるのも全部カッコよかった。けっこう指を奥まで入れられ、「半分くらいは大丈夫そう、多分いいところには当たる」と確認していた。これについては後々教えてもらった。「その時」は、目に火花が飛ぶほど、脳内がチカチカした。ヒカルがそんな声を出すことも、僕自身の声も初めて知った。痛いとか異物感とか、そのことはぶっ飛んだ。ただ、ただ、幸せで気持ち良くて、気持ち良くて、気持ち良くて……世界が真っ白に見えた。僕は病みつきになりそうだった。僕は息を荒げて上に重なるヒカルの首に腕を回すと、ヒカルが僕の背中に腕を滑り込ませて、二人できつく抱きしめ合った。大汗をかいた体を密着させて、二人で呼吸を整えた。

 あんな身の上話を聞かされたから、たまらなくヒカルが好きになった。彼の芸術の中に入りたいと思った。

 

 それから数か月間、ヒカルはできるだけ登校していた。眠いくらいのことなら頑張って学校に来るようにしたと言っていた。

 夏休みには親に「ひと夏、美術の勉強に使いたい」と伝え、実はずっとヒカルの家に住んでいた。ヒカルのことはもう知っていたので、親は薄々わかっていそうだったけど何も言わなかった。

 つまり、僕らは夏休みに同棲していたのだ! その期間、若者が恋人と一緒に一つ屋根の下にいるのだから、もちろんすることはこれしかない! ヒカルが絵を描きたいと言ってNGを出されることもあったけれど、僕はすっかりヒカルの体の虜になってしまった。こんなに気持ちの良いことも、ヒカルのことも離したくなかった。

 だって、僕らはどんどん美しくなっていった。アトリエのメンバーに「なんだその艶、けしからん」と怒られたくらいだ。

 秋になって、ユニットメンバーの映像アーティストであるサクタさんと僕でひとつの映像を作っている。「天女」がテーマで、男の天女になる予定だ。布アーティストの咲子さんが半透明の柔らかい布を使って羽衣を作ったり、アトリエをさまざまな布で飾り付けたので、きれいな映像になると思う。

 咲子さんが白いワンピースのような丈の長いシャツと白いパンツを用意してくれた。羽衣の布でダンスをしたらふわりと布が舞って綺麗だろう。サクタさんが持ち込んだ扇風機でアトリエに風を起こすと、羽衣の布が靡いてきれいだ。

 サクタさんが連れてきたポージングの先生に体の動きを作ってもらった。「陸斗、きれい!」とみんなに乗せられて、僕が調子に乗っているうちに撮影が終わった。加工前の画像を見ても我ながらきれいだったし、見ていたヒカルも納得の一品になって嬉しかった。サクタさんってすごい。

 撮影の片付けをしようとしていたら、ヒカルが「陸斗、綺麗だから描かせて」と言って、窓に近いヒカルの席に連れて行かれた。夏休みに部屋で一緒にいる時も、突然「描かせて」とモデルになることが多かった。色を塗って最後まで完成させたり、デッサンだけで終わったりと仕上がりは色々だったけど、描いている時のヒカルはとても神々しかった。鋭い目で捉え、丁寧に描く。その姿を簡単な言葉にすれば「セクシー」だった。その姿を見るたびに、僕はドキドキしていた。

 ヒカルは僕の伸びた髪に触れ、耳にかけた。一度席に座って僕を眺める。

「陸斗、素敵だ。背を向けて、振り返って。目線をこっちに」

 ヒカルはそう言い、水彩用紙をイーゼルに乗せて鉛筆を走らせたが、すぐにまた席を立って僕のところに来る。顎を少し持ち上げては席から眺めて、少し腕組みして考えたと思ったら、

「脱ごう。お前の体、綺麗だから」

 と言って、僕の衣装のブラウスのボタンを外してシャツを肩から外した。そのあとまた考えて、さっき使った羽衣を手に取った。

「上を全部脱いで、これだけ纏ってみよう」

 そう言ってブラウスを脱がせて、羽衣を羽織った。

「窓の枠に布持ったまま触れて。体勢キツい?」

「大丈夫」

「ちょい我慢な」

 そう言って、サラサラと鉛筆が音を立てて紙の上を走る。アトリエの中はザワザワしていたけれど、僕とヒカルだけは世界が隔離されていた。僕が窓の外に目をやると、

「陸斗。俺を見てろ。目を逸らすな」

 と鋭い言葉が飛び、僕はヒカルを見つめた。ヒカルは描きながら、

「お前の肩から背中、腰、脚の付け根のラインが芸術的なんだよな、いつも見て思うよ。本当は下も脱がせて描きたいところなんだけど」

 と呟いた。つい僕は「そお?」といつも通り返したけど、それって寝てないとわからない問題発言だったと思った。

「ヒカル、それ、大声で言っちゃダメでしょ」

「あ、そう」

 そう返して何食わぬ顔してサラサラとまた鉛筆を走らせたが、周りに目線をやると、敬親さんは思わず頭を抱え、他のメンバーは苦笑いしながら顔を覆っていた。

「陸斗、顔。目」

 すぐさまヒカルが注意を入れたので、僕は「はい」と言って向き直った。

 サクタさんが、ハッとしてカメラの準備をして、「絵になるから」と三脚で映像を撮り始めた。

 ヒカルの鉛筆捌きは早い。デッサンが終わると「ありがとう」と言って少し休憩を入れてくれた。そのあと、座ったままメモ帳をとって少し読み込んだ。

「陸斗。今何食べたい」

「アイス。そこのお店の。抹茶のサンデーがいい」

「だと思ってた。陸斗の一番好きな食べ物だもんね。終わったら買ってあげる。陸斗、戻って」

 僕は再び同じポーズをとり、窓の外を見つめた。絵の具を何色も出して、水分を加えながら色を作り、筆で塗って行った。ヒカルの描くスピードは圧巻だ。決して雑ではなく、その手捌きは天才的だ。

 ヒカルの少し後ろからイーゼルを覗いた咲子さんの顔がパァッと明るくなり、思わず両手で口を覆ったのが見えた。そのリアクションに他の三人も覗きに来た。それぞれが嬉々とした顔をし、敬親さんが僕にグーサインをして見せた。僕には作品が見えなかった。どう描かれていたのだろう。

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