10 ピアノを弾く妻イーダのいる室内:【陸斗】

 府玻家は物が少なく、整然としていた。お母さんがいた頃は一戸建てに住んでいたが、今はそれを売り、このマンションを買ったらしい。白い壁にダークブラウンの家具が統一されている。リビングダイニングが見渡せるキッチンにダイニングテーブルがあり、そこで食事をしているのだろう。リビングにテレビとステレオ。それに向かうソファー。ローテーブルにはスケッチブックと鉛筆が無造作に置かれていて、昨日のまま放置されているのがわかる。

 二つ並んだ部屋は、一つは単身赴任中のお父さんの部屋でドアが開きっぱなしになっていた。その隣の部屋はヒカルの部屋で、そこもドアが全開だった。

 そして、猫! これには驚かされた。キッチンカウンターの麓に猫トイレがあり、ソファーの隣には猫ベッドがあり、リビングの窓際にはキャットタワーがあった。しかし猫ちゃんはヒカルのベッドで香箱座りをしているのが見えて、覗くとジロリとこちらを見た。どの部屋にも猫が入れるように、ドアが開いたままになっているのか。

「猫、凄い度胸だろ。普通猫って知らない人が来たら逃げるんだけど。両親が助けた猫で、俺の兄弟だよ」

 猫のトイレを確認して、猫臭くないかを心配するヒカルは可愛い。窓が全開で、換気してるからかもしれないが、この部屋が五階とはいえ防犯意識が皆無だ。

 ヒカルは「猫がいただろうから」と言って、ソファーをコロコロをしてから僕を促した。家なのだから部屋着に着替えればいいのに、ヒカルは制服のままだった。

「リビングで絵を描くの?」

 何となく違う話を話しようと始めた。当初話し合おうとしていたことにたどり着くのか。でもちゃんとお互いのことを……。

「部屋でもリビングでも何処でも」

 僕にお茶を出してくれて、隣に座るヒカルを見ると、ちょっと照れ臭そうだった。僕はヒカルに触れようとしたけど、

「ダメ、今は触れられるのキツい」

 と言って照れながらも拒否してきた。

「何それ」

 僕はその反応が可愛くて笑った。

「俺はずっと同性にしか惹かれないんだ。多分、陸斗のことは始業式の自己紹介で顔を見て……だと思う。でもお前に対して最初、面倒にしてたのは本当に面倒だったから。でもお前がしつこいから、お前が押せば押すほど俺の中に食い込んできた。俺は気持ちに気付きたくなかった。俺は敬親さんのことが好きだったと思ってたし。でも頭から陸斗が離れなくなって、俺はお前の絵を描こうとしたことで気持ちに気付いた。お前の押し勝ちだ。完璧な堕ち方でお前にのめり込んでる。キスしたらそれ以上を欲しくなる。でも陸斗のことを大事にしたいとも思う。その葛藤がすごい」

 そのあと、ヒカルは小さな声で「参ったな」と言って笑った。

「僕は別に良いよ。それ以上のことも構わない」

「お前、何するか知ってんの?」

「だいたい。一般知識くらい」

「ダメダメ。お前泣きそうだし、逆も無理だろ」

「何それ。だってヒカルとだよ。好きなんだからそうなるのは必然じゃん。僕はキスもしたいし触りたい」

「お前自分がどっちやりたいとか、わかってるの?」

 どっちやる? 僕は……これを口にして良いのかわからない。何だか恥ずかしくなってきた。

「ヒカルは、経験がある?」

「ある。三つともどれも」

 ……ん? 三つって何だ? えーと、男の人に……される、する……え? ――と、僕が目線を上にして考えていたらヒカルがクスッと笑った。

「男に挿れる、挿れられる、女にも挿れた。……消すべき過去だよ。だから、俺はお前を抱きたいんだけど、あの負担をお前にかけさせたくないんだよ。お前が大事だから!」

「……よ、よかった……」

「何が!」

「僕はヒカルにされたいと思ったんだけど、もしヒカルに『抱かれたい』って言われたら困るなと思ってたんだ。良かった~」

「そこかよ! お前、絶対に途中で痛いから嫌だって言って泣く」

「泣かないよ。だって好きな人だよ?」

「なんだそれ。すげえしたがるじゃん。……わかったよ。その時が来たら、ね」

「わー! 楽しみ。その時っていつだ!」

「遠足とかじゃねえんだから」

 その日はお互いの話をしていたら、夜になっていた。それでも二人でいたかった。

 僕は身の上を話した。大企業御曹司とはいえ、元々は父親の愛人の子供だった。僕が幼少期に本妻が亡くなり、母が後妻として家に入ったのだ。今の家族が本当に優しくて素晴らしい人たちだったし、僕が継ぐ意志を元々持たなかったこともあるかもしれないが、家族が仲良くて全てに感謝している。企業を継承する兄や姉とは母親違いだ。それでも可愛がってくれて感謝している。そして、僕には財団管理の道が与えられた。

「お前も大変だな」

 真剣に僕の話を聞いてくれるヒカルは、深い愛を持っていると思った。そして、素直で可愛い。

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