3 パオロとフランチェスカ:【陸斗】
府玻くんがいた!
「あー! 府玻くん!」
僕が呼び止めたら、府玻くんはこっちを見ずに走り出した。逃げてる? こっちを見ずに? 僕も後を追った。
「府玻くんってば! 比留間だよ、前の席の」
後ろから言うと、府玻くんは後ろを振り向いて止まった。
「は? お前何? めちゃ驚くじゃん! 何なの?」
府玻くんは怒っていた。そりゃそうか。街でこんな声かけられたらいやだよね。
でもこうやって並ぶと、府玻くんがすごく背が高いことに気付く。僕は府玻くんを見上げている。
「ごめんよ……見かけて嬉しくてさ、つい声かけちゃった」
僕は息を切らしていたのに、府玻くんはクールな顔をして睨んでいた。わー最悪だ。
「だからっていきなり大きな声で名前呼ぶなよ。最悪だろ」
「ごめんってば……。何してたの? 始業式お昼までだったのに。遊んでたの?」
「別に関係ないだろ」
「そっか。僕は映画を観てたんだ」
……ってそんなことはどうでも良いか。なに自分の話してんだろ。
「へぇ……映画って何観てたんだ?」
あれ、興味持ってくれた。
「リバイバル上映だよ。『ある日どこかで』っていう、一九八〇年に公開された作品なんだけど……知らないよね」
伺うように府玻くんを見ると、意外にも嬉しそうな顔をした。
「知ってる。あれは映像の色が好きだ。まるで印象派の絵のようで……。お前、けっこうマニアックだな」
「映画好きなんだ。……なるほどね、印象派か。さすが府玻くんだ」
「今やってんだ。俺も今度行こうかな」
「あー! じゃあさ、一緒に行かない?!」
僕は嬉しくなってつい誘ってしまった!
「へ? お前、今見てきたんだろ?」
「好きな映画は何度でも観られるよ。この映画が府玻くんの目にはどんな色でどう描かれたのかも聞きたい」
「……絵じゃないんだから。わかったよ。観に行こう」
僕は無言でガッツポーズをした。
「なんでガッツポーズした」
府玻くんは呆れていた。なんだ、全然感じ悪くない。たとえ悪い人たちとつるんでたとしても、僕の目の前にいる府玻くんは普通に芸術オタクじゃないか!
「府玻くんはこれから帰るの?」
「ああ……寄ろうかなと思った所があったんだけど……比留間に会ったら、ちょっと行く気が失せたから帰る」
「え! ごめん!」
何か悪い気をさせたかと思って僕は謝った。
「別にお前のせいじゃないよ。……気分だから」
府玻くんはバツが悪そうにした。
「府玻くんは、お家どこ?」
「お前なんでそんな俺に執着してくんの?」
――執着……。そっか、僕は今すごく府玻くんに圧かけてる。
「府玻くんがかっこいいから、仲良くなろうと思って。せっかく席が前後なんだし。しかも僕はモデル依頼されてるし」
「あー」
府玻くんは目線を上にした。これはモデルの話忘れてたって素振りだ。マジか。
「……俺の家は隣の駅。でもここからはいつも歩いて帰ってる。家はひとりで住んでるから」
「ひとり暮らし! 越境チームなの?」
「違う。俺んちは父親しかいなくて、いまは転勤で神戸にいる。俺はウチの高校に行きたかったから単身赴任させてる」
府玻くんはひとりで住んでるんだ。兄弟はいないのかな。うちは兄弟も多いしうるさいからなぁ。
「偉すぎだよ。僕はこの辺で、もう少し奥行ったところ。あの坂を登って……」
府玻くんは僕の話はほぼ聞かずに「あ、そう。俺帰るからー」と言って歩き出した。さっきは歩いて帰ってると言いながら、駅の改札の方へ向かったんだけど……。
あ、明日も学校でって言いそびれた……って、あれ? 明日は……!
そう思って思わず僕は府玻くんの後を追った。
「電車じゃん。すげえテキトーじゃん! 歩いて帰らないの」
「またついてきた。なんだよ」
府玻くんが立ち止まったので、捕まえておこうと腕を掴んだ。
「府玻くん! また明日ねって言いそびれたと思って府玻くんを追いかけたら、明日は土曜日じゃん! 明日一緒に映画観ない? 仲良くなったよしみでさ。連絡先とか交換しようよー」
「すげえな! 全部が全部いきなりじゃんか!」
「ごめん……府玻くんとはこんな機会はないかもとか思ってるからか、なんか凄く焦るんだよ。」
僕は自分がおかしくて笑ってしまった。ふと府玻くんを見たら、つられたように笑っていた。切れ長の美しい目は、笑うと線のようになる。クールな表情から笑うとこんな風に幼くなって、その場の空気も柔らかくなるんだ。初めて見る府玻くんの笑顔に見惚れてしまった。とりあえず怒ってない、良かった。
「めちゃ変なやつ。……お前、可愛いな」
は? 可愛い! ……何だろ。こんな自分貫くようなカッコイイ人に、サラッと可愛いとか言われて、凄くドキドキした。これは府玻くんはモテるだろうなぁと思ったら、ついでにモヤモヤもした。
「じゃあ、連絡先!」
僕はすかさずスマホを差し出すと、府玻くんも案外すんなり出してくれた。連絡先ゲット! 僕はまたガッツポーズをした。
「いちいちガッツポーズして……。何、俺はなんかのチェックポイントなの?」
府玻くんはまた笑った。まるで僕は府玻くんの大ファンのようだ。でもそれは正しい。完全に府玻くんのファンだった。
「僕、がんがんメッセージ送るから」
「返事しないよ、俺」
「あー……、でしょうね」
「で、帰っていい?」
忘れてた。気付けばここは駅だ。改札の前でずっと立話をしてた。いや、待って、明日の待ち合わせ時間を……。
「明日の時間決めようよ」
「決めていいよ。連絡して」
そう言って手を振って改札に入って行った。「連絡して」って言われた事が僕の心に響いた。府玻くんに、この後連絡していいんだと思ったら、なんか勝ち組の気分だった。
帰ってから、上映時間を調べて府玻くんにメッセージをした。
「上映時間が三時なんだけど、一時くらいにランチ一緒にしない?」
「二時半に駅での待ち合わせ。昼飯はナシ」
とメッセージが来た。ランチは無しか、と思ったけど調子よく「了解です」のスタンプを送っていた。
……でもこれ大丈夫? これ、府玻くんはちゃんと来るかな。すごい夜更かししそうだよね。勝手なイメージだと、前の日クラブとかでめっちゃ遊んで、ナンパしてきた女の人の家とかで昼ぐらいに起きてそう。
えーすごいヤダ。何が嫌だって……女の人の家にいるかもっていう想像自体がめっちゃ嫌だ。確かに、誘う時に「彼女がいるかもしれない」なんてことを考えていなかった。府玻くんに彼女がいても良いはずなのに、僕はそれが嫌でたまらなかった。僕の中の府玻くんは、そんなことにかまけてはいないはずなのだ。
僕は府玻くんのファン過ぎて、めっちゃ自分勝手な想像に苦しんでいたら、寝る寸前にメッセージが来た!
「昼に電話して起こして」
――起こす!
憧れの府玻くんを起こすなんて大役を仰せつかったもんだから、ドキドキして眠れないじゃないか。……と思ったのは束の間。なんで僕が起こさなきゃなんないんだよ。やっぱり朝起きられないタイプかよ。気分は一転。人に起こさせるとか、こいつクズかも……なんて疑惑が沸々と沸き上がり、スマホ握りしめた。なんか、むかつくかも。
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