人間ブラウザの禁断モード

ちびまるフォイ

ブラウザのチート機能

「これが人間ブラウザ・IEかぁ」


ブラウザを導入すると世界が変わった。

授業を受けながら、別ウィンドウで友達と話ができる。


「便利だろ? 英語の授業でも役に立つぜ」


「ブラウザが? どうして?」


「翻訳機能使えばいいのさ」

「なるほど……!」


これまで自力でやってきたあらゆることも、

ブラウザを導入したことでだいぶ補助されるので助かる。


「こないだ貸したゲームは?」


「えーっと……どうしたっけ……?」


なにか思い出せないときは履歴をたどる。

自分ブラウザの履歴を開いて過去の記憶を開く。


「あ! 玄関の前に置きっぱなしだった!!

 ごめん! 明日には返すよ!!」


「まあそれがわかればいいよ。明日な」


ブラウザの便利機能はこれだけじゃない。

ブックマーク機能なんかもおすすめだ。


「見ろよ、クラスのアイドル▲▲ちゃんだ!」


その声が聴こえた方向を見る。

ブックマークされた女の子がハイライト表示されている。

遠くにいても場所がわかるので、常に目で追うことができる。


「ああ、やっぱりきれいだなぁ……」


人間ブラウザを導入してからというもの、

目の保養には事欠かないし、人生の充実度が上がった気がする。


「人間ブラウザを教えてくれて、本当にありがとう!」


「なんだいまさら」


「ブラウザ導入してもうパスワード忘れることもなくなった。ほんと感謝しかない」


「あらたまって言わなくても。それよりアップデートしたか?」

「え?」


「ブラウザアップデートだよ。最新のアップデートが来てる。

 早くアップデートしたほうがいい」


慌てて友達に言われてアップデート。

アップデートが終わっても自分の視界には変化を感じない。


「これなにが変わったの?」


「いろいろ機能が追加されたんだ。

 たとえば……これだ」


友達がひたいをゴツンとぶつけてくる。


「痛いな。なにするんだ」


「今ので同期されたはずだ。ブックマーク見てみな」


「え……? わ! なんか知らんフォルダができてる!!」


「最新アップデートで他人のブラウザ同士での同期できるようになったんだ。

 それで、そこの"C"ってフォルダを開いていみろ」


「これは……」


さまざまな情報がブックマークとして登録されていた。

これを開くだけで、なにをして、どうすればいいかがすべてわかる。


ただしそれは……。


「なあ、これからコンビニ襲わない?」


ただしそれは犯罪行為だった。

目出し帽をすっぽり被って深夜のコンビニ前に立つ。


「本当に……大丈夫なのか?」


「同期したブックマークも見ただろう? 計画は完璧だ」


「そりゃそうだけど……」


内容は緻密で具体的。穴なんか無いように見える。


「うし。いくぞ。さくっと襲って、ぱっぱと小遣いかせぎだ!」


「ええ……」


コンビニの自動ドアが開く。


「動くな。このカバンにレジの金を詰めろ!」


「ひいい!」


不意をつかれたコンビニ店員はのけぞる。

これも同期で得たシミュレーション通り。

人間ブラウザも"ダークモード"にし、悪いことしても良心傷まないようにしておく。


「す、すぐに詰めますぅ!」


コンビニ店員はせっせとレジの金をカバンに詰めた。

カバンを受取り、コンビニを退店すると目出し帽を燃やして終了。


「な? 簡単だったろ?」


「たしかに……」


「それにほら。これだけお金が楽に手に入った。

 こんな金額どれだけ働く必要があると思う?」


「まあでも……こんなことはもうやめよう。

 さすがにリスクが大きすぎるよ」


「へへ。まあ、スケープゴートが見つかるまではな」


「どういうこと?」

「こっちの話さ」


それから数日後が過ぎた頃だった。

自分の家に警察がやってきたのは。


「〇〇だな」


「え、ええ……警察がなにか?」


「コンビニ強盗の容疑で逮捕する!!」


「うそぉ!?」


短時間かつ用意周到に練った計画も、警察の前ではごまかせなかった。

どうやらコンビニに残っていた足跡キャッシュ情報からたどられたらしい。

現代の警察はおそろしい。


警察署には自分ひとりだけが連れてこられた。


「さあ、洗いざらいすべてを吐くんだ」


「では僕の生い立ちから。僕の生まれは離島の病院でーー」


「ちがう。犯罪の内容を、だ!」


「あのそれはそうなんですが……僕ひとりなんです?」


「なに?」


「もう一人いたはずでしょう。というかそっちが首謀者です」


「店のキャッシュに残っていたのはお前のブラウザIPログだけだ」


「そんなはずは……」


警察はまだ友達に接触していない。

こんな状態になっていることもまだ友達は知らないだろう。

平静を装いながら友達にブラウザ通話をかける。


「もしもし?」


「通話なんてめずらしいな」


「実は今警察で……」


「ははは。ついに捕まったか」


「そっちはどこにいるんだ?」


「家だよ」


「なんでお前だけ逮捕されてないんだよ! ずるい!」


「あっはっは。そりゃお前が"シークレットモード"にしてないほうが悪い」


「シークレット……?」


「ブラウザのアップデートさ。シークレットモードならキャッシュは残らない。

 履歴も残らないから、警察が俺のブラウザを改めても証拠が出ないんだ」


「そんな……!」


「お前もバカだなぁ。モードの切り替えもせず、

 犯罪のブクマをわかりやすく残し、履歴に証拠も残すんだもん。

 お前をスケープゴートにしてよかったよ」


「最初から僕を犯人にするのが目的か!」


「はっはっは。そりゃそうさ。

 コンビニ店員が強盗を通報しても犯人がいなくっちゃ。

 黒幕は見つからなくても、手近な犯人を提供すれば捜査は終わる」


「この……!!」


「ああ、あとこれもすでにシークレットモードだから。

 この通話を証拠にしようとしても無駄だぜ。

 それじゃ。もう会うこともないだろ。頑張れよ」


通話タブが一方的に閉じられた。

履歴なんか残らず、完全に足跡は辿れなくなった。


「いったい誰と連絡していたんだ?」


「僕を騙した張本人ですよ。くそ……やられた……」


「履歴は?」


「ないです。やつはシークレットモードですべて進めてました。

 ブラウザ同期したのも、すべて犯人にするためなんです」


「シークレットモード……それなら監視カメラにも映らない。

 キャッシュも残らないし、足跡も辿れない」


「僕は騙されたんです! 信じてください!」


「悪いが犯罪者の言葉は信じないようにしている」


警察官はぴしゃりと水をかけるように冷たい言葉を告げた。

自分の眼の前が暗くなっていく。


「ただーー」


「ただ?」


「人間は信用しないが、ブラウザは信用している」


「どういうことですか?」


「君の人間ブラウザの"戻る"を選択してみろ。何回か連打だ」


「こうです?」


その瞬間。

あらゆる景色が過ぎ去り、周囲の時間が一気に巻き戻る。


一瞬にして、ファミレスの過去の時間へと戻った。

友達は自慢げに提案した。



「なあ、これからコンビニ襲わない?」



僕の答えはひとつ。

今度はしっかり記録に残す。



「やっと証拠を掴んだぞ。これでお前も同罪だ!!」

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