41話

 食事会を終えて、明日は早くに出発なのでそろそろ就寝するかとベッドに近寄ったのと同時にドアがノックされた。


 「こんな時間にごめん。俺だよ、トーイ。少しだけ、話せないかな?」

 「うん、どうぞ」


 許可を告げてドアを開けようとそちらの方へ向かうと、想像より早くトーイが入ってきたので衝突しそうになる。ビックリして咄嗟に目を閉じたが痛みはない。


 「ご、ごめん! 近くに居るとは思わなくて」

 「う、ううん! 私こそごめんね! その、もう離しても大丈夫だよ?」


 目を開けて視界に入ったのはトーイの服越しにも分かる鍛えられた胸板の存在。それを意味する体勢に気付いて慌てて、離れようとするが力強くわたしを抱きしめる腕が弱まる事はない。


 「……行かないで。このまま、話をしてもいいかな」

 「……うん」


 弱まるどころか、まるで逃がさないとでもいうように抱きしめられた腕に力が入る。わたしからこういった体勢にするのは頻繁にあったけど、トーイからのアクションは初めてで心臓がどくどくと騒がしい。


 「前世での火事は……俺の火の不始末が原因だったんだ」


 そうしてトーイはぽつりぽつりと前世の最期を語り出した。

 あの日、火の当番だったのにうたた寝をしてしまい、その間に気を遣った謙太が代わりに薪を入れようとしたが失敗して火が建物に飛んでしまった事。瓦礫の中から紅輔も朱音も助けられなかった事。そして、亜美歌も救えずに自分自身も命を落とした事を静かに告白した。

 驚かなかったといえば嘘になるが、ただ確実に言えるのは一つだけ。


 「もしかして、トーイ君は今までずっと自分のせいだと思っていたの?」

 「え……?」


 わたしの問いかけにトーイは驚いた表情を浮かべる。

 そもそも、トーイがうたた寝をしてしまったのだって前日に兄と交代制でわたしの看病をしてくれていたからだ。そのうたた寝が火事の原因だと言うのなら、元を辿ればわたしが熱を出してしまったせいでもある。


 「トーイ君が寝ちゃったのはわたしの看病疲れもあったでしょ。それなら原因は私になる。トーイ君は私の事を憎んでる?」

 「まさか! そんなはずがない!」

 「なら、私も一緒だよ。トーイ君は悪くない。……今まで気付けなくてごめんね。一人で抱えてたの辛かったよね」


 そう言ってラビルより一回り近く高い背にそっと両手を回して優しく抱きしめ返すと、トーイの体がわずかに小刻みに震える。


 「君は……どうして、そんなに優しくしてくれるんだ? 俺にはそんな優しくされる資格なんて無いのに……」

 「そんなの簡単だよ。……私はトーイ君の事が好きだから」


 震えていた体がぴたりと止まる。

 ついに言ってしまった。でも、今言わないと後悔する気がした。トーイがまるで、どこか遠くへ行ってしまうような気がしたのだ。

 ラビルちゃんと弱々しい声で名を呼ばれたその瞬間、 脳裏に最期の記憶が蘇る。

 あの火事の日、兄がわたしを庇って瓦礫の下に埋もれてしまった。

 血だらけになりながらも、わたしを守ると言ってくれた兄の姿。

 瓦礫の向こうから必死に兄の名を泣き叫ぶあみ姉。

 ーーそして、絶対に助けるからと叫ぶとも兄の声。

 建物には完全に火が回っていて、その上、瓦礫まで崩れ始めていてこのまま残れば助からない事なんて子どもながらに分かりきった事だった。

 それでも、あみ姉もとも兄もドアの外から離れなかったのだ。自分達の命すら顧みず、ただ兄とわたしを救う為だけに。トーイは自分の命を掛けて、ラビルを救おうとしていた。そんな恋しい人を責められる人間が居るのならむしろ、教えてほしいくらいだ。


 「俺の事を……憎んでないの?」

 「あみ姉もとも兄も、自分達まで危ないって分かっていたのに必死に瓦礫を退かそうとしてくれてたよね。そんな人を憎むはずがないよ」


 それじゃあ、と震える声でトーイ君は続ける。


 「俺は……ラビルちゃんに、気持ちを伝えてもいい、のかな……?」

 「うん。トーイ君の本当の気持ち、私も聞きたいな」


 触れ合った体から心臓の音が煩いほど聞こえてくる。それはもう、どちらの音か分からない。


 「俺は……いや。俺も君が好きだよ、ラビルちゃん。前世からずっと、好きだったんだ」


 待ち望んでいた言葉に胸が痛いほど高鳴る。

 まっすぐに見つめてくる綺麗な青の瞳に視線は囚われる。

 そして、どちらからともなく自然と顔が寄っていき、そっと唇を重ねた。

 小鳥が啄むような軽い口付けだったけど、心は満たされた。トーイの本音がやっと聞けて転生してから今日が一番ラビルにとって幸せな一日となったのだ。


 「……絶対に王太子には君を渡さない。なんとかして、王太子との婚約を解消しよう」

 「うん! 一緒に頑張ろうね!」


 そうしてまた、そっと唇を重ねるのだった。




 

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